「Otter」というサービスをご存知だろうか。シリコンバレーを拠点とするスタートアップ、Otter.aiが開発した音声認識AIサービスで、英語音声を自動で文字起こしするというものだ。
2020年1月、NTTドコモ(以下、ドコモ)は、Otter.aiへの出資を発表。日本での事業展開を目指し協業を開始した。日本語への対応に向けて技術的に連携するほか、ドコモが持つ翻訳サービス「みらい翻訳」とかけ合わせ、英会話を即時日本語に変換するサービスも視野に入れているという。実現すれば、言葉の壁を軽々と越え、世界中のコミュニケーションを変革させるかもしれない。
協業開始から約半年。事業を推進するNTTドコモイノベーション統括部の原尚史氏、石川雅意氏、清藤亮氏の三名に、海外スタートアップとの協業を成功させる秘訣から、「Otter」が描く未来像まで、話をうかがった。
取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 写真:玉村敬太
会議を高精度にテキスト化。ビジネスの生産性を向上させる「Otter」とは
HIP編集部(以下、HIP):「Otter」とはどのようなサービスなのでしょうか?
清藤亮(以下、清藤):英会話を高精度に、リアルタイムで文字起こしするサービスです。Googleなど他社のサービスは短い会話の書き起こしが主ですが、「Otter」は会議や講演、取材など長丁場の会話もテキスト化することができます。
HIP:会議の議事録やインタビューの文字起こしなど、多様な活用方法がありそうです。
清藤:そうですね。リアルタイムで書き起こすだけではなく、会話の流れや単語を解析することで内容を理解し、誤りを自動的に修正することも可能になりました。また、声紋登録をすることで話者を認識することもできます。高精度の文書作成ができるので、議事録づくりや講演の書き起こしなどの時間を大幅に短縮できる。生産性向上を支援するサービスになっていくと考えています。
HIP:日本ではどのようにサービス展開をするのでしょうか?
清藤:じつは、英語が公用語の企業にはすでに提供を開始しています。嬉しいことに「さまざまなサービスを比較したうえで『Otter』が一番使いやすい」というお声もいただいています。
同時に、ドコモが設立した機械翻訳の専門会社・みらい翻訳との連携も進めているところです。実現すれば、「Otter」で作成した英語の議事録をみらい翻訳で日本語に変換することができます。ふたつのサービスをパッケージにして商品化することなども検討中ですね。
HIP:既存サービスとのかけ合わせで、事業の幅も広がりそうですね。「Otter」が日本語に対応する予定はありますか?
石川雅意(以下、石川):日本語の会話にも対応してほしいというお声を多数いただいていますが、英語に比べて言葉のバリエーションが多いため簡単ではありません。ポイントは日本語の音声と連動するテキストの、良質なデータをいかに集められるかです。Otter.aiの技術は非常に優れていますので、あとは我々がどういうデータを提供できるかにかかっていると思います。そのために、いまはユーザーとなりそうな企業へのヒアリングを進めながら、営業戦略や日本でのさらなるサービス展開の方法を練っているところですね。
経済合理性より「同志」であることが、協業を成功させるコツ
HIP:Otter.aiと協業に至るまでの経緯を教えてください。
石川:まず、協業検討以前の社内の流れからいうと、2014年に我々の所属するイノベーション統括部が新設されました。社員発の新規事業創出をミッションとした部署で、みらい翻訳もここから誕生したサービスです。
スタートから5年が経ち、ゼロから事業をつくり出すノウハウが蓄積できたという手応えがありました。これを活用すれば、他企業とのコラボレーションでまったく新しい事業を生み出せると考え、協業への取り組みをはじめたのです。国内のスタートアップとの協業で実績を重ねたあと、海外のスタートアップとの協業にも取り組もうと今回のプロジェクトに踏み切りました。
HIP:社内で下地を整えてからOtter.aiとの協業をスタートさせたのですね。
石川:はい。Otter.aiと初めてコンタクトを取ったのは2019年の夏です。シリコンバレーに非常に優秀で光るスタートアップがあると聞き、連絡をとりつけました。そこから会社とのシナジーや、国内での需要を社内で調査・検討する一方で、Otterとともに協業のディスカッションを進め、2019年12月に投資に至ったという流れです。
HIP:Otter.aiとの協業を決めた理由は何だったのでしょうか?
原尚史(以下、原):まず、技術的に優れていることです。その分野の2、3番手ではなく、1番手であることが重要だと考えています。やはり、グローバルマーケットで渡り合える競争力がないと国内での事業展開もうまくいかないですから。
原:さらに重要なのは、ドコモのR&Dを中心に取り組んでいるデジタル世界とリアル世界とを融合させる方向性とマッチする企業やサービスであること。その方向性に合致するかどうかは、経済合理性よりも優先すべきだと考えています。
HIP:それはなぜですか?
原:仮に経済合理性のみを考慮してパートナーシップを結んだとしても、事業を進めるなかで必ず何かしらの困難に直面します。そのときにビジョンが合っていない、さらに言えば「同志ではない」メンバーがいると、内部分裂を起こしかねない。特に、変化が激しいいまの時代は先を見据えることが難しいだけに、遠くのビジョンを達成しようという目標を共有することが重要です。