大企業のアセットやナレッジを使った、本気の部活を実現したい

HIP：お話をうかがっていると、山田さんの新規事業にかける強い思いが伝わってきます。なにがそこまで山田さんを駆り立てているのでしょうか？

山田：やはり、危機感だと思います。弊社のような大企業は、既存事業のスケールが大きいので、どうしても社員が既存事業に「ぶら下がり」がちなんです。そして会社に対してどこか他人事、誰かが決めてくれるだろうというマインドになってしまう。なにか悪いことが起こると誰かのせいにする。その雰囲気に入社当時から違和感を抱いていました。このままじゃ、いつかこの会社はなくなってしまうんじゃないかと。

私は「レジリエンス」という言葉が好きで、つねに胸に秘めて仕事をしています。いまは万全に見える会社も、いつ大きな危機に見舞われるかわからない。そのときに備え、なにが起こってもしなやかに回復していく力を養っておかなければならない。

そのために重要なのは、社員一人ひとりのベンチャーマインドだと思います。全員が会社にぶら下がっているようでは、レジリエンスなんて育ちようがないですから。

HIP：セブン＆アイ・ホールディングスは、山田さんと同じような大企業の新規事業部署・担当者が集まるインキュベーションセンター「ARCH（アーチ）」に会員企業として参画しています。ARCHに期待することはありますか。

山田：いろんな大企業の新規事業担当者が集まって、部活みたいな動きができたらいいなと思っています。

大企業にとって、ぶら下がりマインドは問題ですが、既存事業というのはやはり重要。そのフィールドで毎日そつなく業務を遂行する人はいたって「普通」なんです。

いっぽうで、既存事業にいれば安全かもしれないのに、私みたいに勝手に強い危機意識や目的を持って新規事業にチャレンジしたい人もいるんです。ある種の「変人」だと思うのですが、ほかの大企業にもたまにいるんですよ、変な人が（笑）。

でも、こういう変人が一定数集まって、大企業のアセットやナレッジを活用して本気でなにかをやろうとすれば、いままでにない価値を生み出せるような気がする。絶対に面白いことになる。

実際、ARCHで知り合った静岡新聞社の方とタッグを組んで、静岡の面白人を紹介してもらい、静岡版D-Stadiumを2021年1月からスタートしました。

やはり地域のことはその地域で暮らす人が一番詳しいし愛がある。このプログラムを通して、静岡の子どもたちと地元の企業や大人たちがつながったり、知り合えたりするきっかけをつくれたらうれしい。

企業にとっても莫大なお金をかけて既存事業のPRをするより、こういったプログラムを通して子どもたちと本質的につながることは、未来への投資になるはずです。今後はほかの都道府県でもできたらいいなと思っています。

社会全体で子どもたちを育てるエコシステムをつくりたい

HIP：これから「D-Stadium」が教育業界に起こすイノベーションに期待しています。最後に今後の展望をお聞かせください。

山田：もちろん民間企業のビジネスですので、事業としての成立を目指すのは言うまでもありません。とはいえ、やみくもに受講生を増やしていこうとは考えていません。それを拙速にやると、質の低下につながってしまうので。ですから、当面は持続していけるだけの数字を目指しつつ、コンテンツのクオリティーや価値、認知を高めていきたいと思っています。

そして、ゆくゆくはこの仕組みが私たちの手を離れ、自走していくようなモデルをつくりあげることが目標ですね。

HIP：自走に向けて具体的なイメージはありますか？

山田：私たち以外にも、さまざまな企業が参加したり、あるいは学校教育の現場にもこの仕組みが導入されたり。また、それをサポートしてくれる地域の人々も増えて、社会全体で子どもたちを育てていく。「みんなで次世代の人づくりをしていくんだ」という認識を共有できるようになれば、大成功だと思います。

そして、そんな環境のなかで学んだ子どもたちが大人になり、今度は自分が新たな人づくりの担い手になる。そんなエコシステムが回りだすと、とてもいい社会になるのではないでしょうか。