INTERVIEW
セブン&アイが教育分野へ?中学生向け新規事業D-Stadiumとは
山田智樹(株式会社セブン&アイ・ホールディングス経営推進部)

INFORMATION

2021.02.22

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2020年、流通大手のセブン&アイ・ホールディングスが、中学生向けのオンラインアカデミー「D-Stadium」を開講。全国の子どもたちが多様な生き方・考え方に触れられる学びのコミュニティーをつくろうとしている。

仕掛け人は、同社で新規事業開発を担う山田智樹氏。経済産業省主催の「始動NextInnovator2015」のシリコンバレー派遣メンバーを経験後、セブン銀行で「脱コンビニATM」をコンセプトに新しい使い方を模索するなど、一貫して大企業内のイノベーション創出に取り組んできた。

現在はセブン&アイ・ホールディングスで、教育という未知の分野に挑む山田氏。その背景にある思いや、大企業からイノベーションを生むために必要な姿勢についてうかがった。


取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 撮影:玉村敬太

全国の子どもたちに「つながる機会」を

HIP編集部(以下、HIP):まずは「D-Stadium」について教えていただけますでしょうか。

山田智樹氏(以下、山田):中学生が多様な生き方をする大人「面白人」にインタビューしたり、自分の思いを正直に記事で表現したりする、「文章」を軸に置いたオンライン教育プログラムです。

D-Stadium

山田:最大の目的は、子どもたちに多様な価値観や情報に出会ってもらうこと。というのも中学生って、将来に向けた進路を考えたり、身体が成長したり、急にいろんな選択を迫られるにもかかわらず、与えられる情報や時間があまりにも少ない。

地方、とくに離島の子どもはさまざまな大人の生き方に触れる機会が少ないですし、都会の子どもであっても環境は人それぞれ異なります。結果、自らの考えの幅を狭めてしまい、本来あったはずの可能性を閉じてしまいかねない。

そこで、将来に向けた進路を選ぶ最初のターニングポイントである中学生の間に、できる限り多種多様で面白い大人、そして全国の同年代とつながる機会をつくりたいと考えたんです。

HIP:大人の「面白人」が一方的に話をするのではなく、子どもたちが主体的にインタビューをするというのもユニークですね。

山田:この手の教育コンテンツで陥りがちなのが、キラキラした大人を連れてきて、一方的に話させてしまうこと。そういう私たちも最初はやってしまったのですが、ほとんどの子どもたちは5分で飽きてしまうんですよね。

いくら話が面白くても講義・視聴型コンテンツでは限界があると感じました。子どもたちの興味関心を引き出すには、やはり心理的安全性を担保した対話の場が必要だと考えたんです。

一方的な情報はいまやYouTubeなどで誰でも入手できますが、対話の場は中学生個人の努力ではつくることができません。今後、生徒1人1デバイスの学習環境が当たり前になったとき、視聴型コンテンツだけが充実すると「個別」教育を目指すはずが「孤別」教育になってしまいます。

山田智樹氏

HIP:なるほど。そして、インタビューの内容を自分視点の主観的な記事でアウトプットするというのも特徴的ですね。

山田:みなさんも経験があると思いますが、考えていることや感じていることを言葉や文章で表現するとスッキリしたり、思考が整理されたりしますよね。第三者に伝わるように工夫するプロセスで、自分自身の考えへの理解が深まるんです。

また、特徴的なのが20人くらいの「面白人」のなかから「現在の価値観に合う人(近い人)」と「現在の価値観では理解できない人(遠い人)」を一人ずつ選んで、自分自身の正直な気持ちをぶつけてインタビューしてもらうんです。

そうすると面白いのが、近い人へのインタビューはアドリブで話せるし、さらさらっと雑談みたいに終わって、メモも少ないんです。でも、遠い人へのインタビューって、ものすごくメモを取って真剣に聞くんですよ。

そもそも知らないことに向き合うわけだから、取材準備もしっかりするし、質問でもたとえばレスリング日本7連覇の記録を持つ「面白人」に対し、デジタルガジェット好きな鉄道オタクで運動には一切興味がない中学2年生が、「ぼく、運動が嫌いなんですよ」「格闘技って痛くないですか?」ってところからスタートするんです(笑)。

聞かれたほうも、そんな視点からインタビューされた経験がないので、過去の人生まで遡って、「自分も子どもの頃は太っていて走るのが嫌いでした」「だから、学級委員になって、マラソン大会をなくして縄跳び大会に変更しました(笑)」など、真剣に答えるわけです。

そういう対話をとおして、子どもたちが新たな価値観や生き方を見つけ出し、「レスリングそのものには最初は興味なかったけど、与えられた状況をあきらめるのではなく、状況を好転させるためにあらゆる努力をしている姿がとても参考になり、レスリングにも興味がわいてきた」と、力の入った原稿に仕上げてくれるんです。その姿からこちらが学ぶことも多いですね。

面白人 金久保武大さん

HIP:約1年にわたり運営してきて、子どもたちや保護者からの反応はいかがですか?

山田:まだ途中段階ですが、反響はとてもいいです。とくに保護者さまへのアンケートをとると、フリーコメントの欄にびっしりと子どもたちの変化を書いてくれるんですよ。

主体的に学ぼうとする姿勢が生まれることで、学校の成績が上がった、先生に褒められたというだけでなく、夕飯のあと部屋にこもってなにかに熱中するようになったとか。子どもの知識や興味の幅が広がったことで、これまでにない親子の会話ができるようになったという感想もあって、一定の効果は出ているんじゃないかと思います。

また、子どもたちへのアンケートでも「本当に楽しい」という声が多いですね。その言葉の裏に、やはり子どもたちはつながりを求めていたんだろうなと感じます。自分が知らない世界に触れたいという思いを、多くの子どもたちが持っている。そこに「面白人」というコンセプトがハマったんだと思います。

面白人 吉野慶一さん

社会課題の解決には「人づくり」が欠かせない

HIP:そもそもなぜ、セブン&アイ・ホールディングスが教育事業に取り組むことになったのでしょうか?

山田:私たちの本社は東京にありますが、セブン-イレブンの店舗や事業所の約7割は首都圏以外にあるんです。店舗の出店や運営とは違ったかたちでそれらの地域と関わりを持ち、新しい価値を提供していくことは、結果的に既存のお客さまを大切にすることにもつながると考えました。

HIP:地方へのさらなる価値提供の手段として教育を選んだと。

山田:そうです。地方が抱えるさまざまな社会課題を根本的に解決するためには、教育を通じた次世代の育成は欠かせません。特に地方は都心部に比べると、子どもたちが新しい世界を知る機会が限られている。それを是正するためにも、弊社のように地方で商売をやらせてもらっている大企業がきちんとコミットしていくことは、とても重要だと考えています。

また、そこで成長した子どもたちが地域の課題を解決し、経済を盛り上げてくれるようになれば、われわれの本業にもプラスに働くでしょう。単に社会貢献というだけでなく、長い目で見れば事業としても十分にやる意義はあると考えています。

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