「EdTech(エドテック)」が注目を浴びている。EducationとTechnologyの頭文字を組み合わせた造語で、教育とICTの融合によるイノベーティブなビジネス領域を指す。テレビCMでスマートフォンを使った生徒向けの動画授業などが頻繁に流れているので、馴染みが深いかもしれない。そんななか、生徒への学びだけでなく、教師や学校全体、保護者も含めて、新時代の教育環境をサポートするのがClassi(クラッシー)株式会社だ。
ベネッセとソフトバンクが共同で立ち上げたClassiは、社名と同じ教育プラットフォーム「Classi」を展開。生徒が学校生活で得た学びを記録し、振り返ることで主体的に学ぶ力を育成する「ポートフォリオ機能」や、クラスや部活、保護者のグループなど、範囲を設定してコミュニケーション、ファイル送信、アンケートなどが行える「校内グループ機能」、生徒の理解度に合わせた問題を出題するウェブテスト、約30,000本の動画と問題を組み合わせて学習ができる「アダプティブラーニング」など、さまざまな機能をクラウドサービスとして提供している。昨年末時点で「Classi」は、全国5,000校の高校のうち2,100校超、およそ4割が導入しているという。それも、会社設立からわずか4年でだ。
この快進撃は、長年にわたり教育の現場で積み重ねたベネッセの知見とICTでスピード感ある新規事業を次々と展開するソフトバンクの共創があってこそ。まったくジャンルが異なる両社は、どのようにして教育分野にイノベーションを起こしたのか。その取り組みと目指す未来について、ソフトバンク出身で代表取締役副社長の加藤理啓氏と、ベネッセ出身で取締役の井上寿士氏に話を聞いた。
取材・文:笹林司 写真:豊島望
シャイな生徒でもリーダーになれる。Classiが提示する新たな学びのかたち
HIP編集部(以下、HIP):「Classi」とはどのようなサービスなのでしょうか。
加藤理啓(以下、加藤):「子どもの無限の可能性を解き放ち学びのかたちを進化させる」という理念のもと、生徒の学習だけでなく、先生の授業や校務をサポートするプラットフォームを提供しています。主にスマートフォンやタブレットを使って、校内外のテスト結果や授業、自宅学習の様子などの生徒情報を一元管理して共有。学習指導とコミュニケーションを最適化するサービスです。
加藤:たとえば、学習サポートに関しては、生徒の学力や得意・苦手分野に応じてパーソナライズされた宿題を出せるようにしています。ほとんどの学校では、先生一人で30~40人を教えていますが、「Classi」では、進研模試をはじめとするベネッセが持つ学力測定のノウハウを活かして、生徒一人ひとりのテスト結果を解析。英語でも数学でも、その生徒の学力や苦手分野に合わせた問題が出題されるわけです。
また、従来の学習だけではなく、「プロジェクト学習(PBL)」のサポートにも力を入れています。プロジェクト学習とは、生徒自らが問いを立て、その解決方法をディスカッションするという能動的な学び。先生一人が解のある問題を使って40人の生徒に一方通行で教えるのではなく、地域やグローバルの課題を知り、4~5人のチームを組んで問いを立て、その解決方法をディスカッションします。2020年より順次実施される新学習指導要領でも、そのような「主体的・対話的で深い学び」を実現する授業が求められるようになります。
HIP:コミュニケーション機能とは、具体的にどのようなものですか?
加藤:ビジネスチャットの「Slack」に近いもので、生徒、先生、保護者のあいだでインタラクティブなやり取りができます。たとえば、プロジェクト学習のシーンでは、生徒は学校でお互いの顔を見ながら課題ややるべきことを話し合い、その後、個別でタスクを設定。放課後、家でタスクに着手しつつ、進捗状況や成果をプロジェクトメンバーに共有・報告して、フィードバックをもらいます。ウェブ上のやりとりなので、他人の前で発言するのが恥ずかしいという生徒でも、気軽に発言することができます。
井上寿士(以下、井上):多くの学校とおつき合いをさせていただくなかで「活気ある良い学校」には共通することがあると感じています。それは、ホームルームだったり、選択授業の科目別クラスだったり、部活動だったり、生徒会や委員会だったりと「子どもに居場所があること」です。学校が居場所となる拠り所をたくさん用意しておけば、子どもは自分が活躍できる場所を見つけられて、いきいきと学校生活を送ることができます。
実際に「Classi」を導入している学校からは、「『Classi』のコミュニケーション機能を使った校内グループでは、学級委員や部活のレギュラーなど、目に見えてリーダーシップを発揮するタイプの子どもだけでなく、大人しい子どもでも意外なほど発言をする」といった感想も多くいただいています。
HIP:ウェブ上で生徒同士のコミュニケーションが可視化されることは、先生にとっても負担が軽くなりそうです。先生へのサポートという面で意識していることはあるのでしょうか。
井上:私たちは、「先生をサポートする」という立ち位置を取っています。たとえば、最近話題にあがる教師の激務問題。現在、多くの学校では、授業の出欠、定期テスト、模擬テスト、進路相談など、子どもに関する情報やデータが散在しています。これらは、どれも教育方針を決めるために重要な情報ですが、現状は先生が人力でデータを統合しており、その作業は大きな負担になっています。
加藤:「Classi」は、ITでできることはITに任せるような仕組みです。たとえば、先生の大事な業務のひとつとして、生徒の様子を把握することがあります。これは、いじめの兆候を見極めることにもつながります。生徒たちに意見を求める際、従来は紙でアンケートを取って集計していましたが、スマートフォンやタブレットを使えれば、集計作業の時間と手間が大幅に削減されます。
テスト結果なども、その都度、手入力する必要がありません。「Classi」では、自動的に情報が蓄積されていくので、推移などが一目で確認できて、進路指導に活かせます。これにより、先生の負担を大きく減らすことが可能です。
「やるならど真ん中でやれ」。孫正義氏の言葉で腹が決まった
HIP:教育サービスといえば塾や家庭教師、自宅学習教材といった手段もあります。「Classi」はなぜ学校教育に着目したのでしょう?
加藤:じつは、私が教育事業をやりたいと考えたときに、頭に浮かんだのはソフトバンクグループの孫正義代表が言われた「やるならど真ん中でやれ」という言葉。本当にその領域でイノベーションを起こしたいなら、外側ばかり攻めていても意味がない。その根源から変えることが必要です。
教育のど真ん中とは塾や家庭教師ではなく、学校です。子どもたちは、24時間中、40%以上は学校で過ごしている。家庭学習や塾は5%程度です。であれば、学校や先生という場をより上手く活用して、生徒の持つ力を引き出すことが、日本の教育を変えることにつながるはずだと考えたんです。
HIP:ソフトバンクにとって、教育事業はあまりなじみのある分野ではありません。最初はどのようなことから始めたのでしょうか。
加藤:正攻法です。実態を把握するために学校に足を運んだのですが、そもそも、企業のように情報システムの専任者さえいなかったりすることがほとんど。たらい回しにされて、担当の方に会えないことも珍しくありませんでした。簡単ではなかったですね。
運良く会えても、「ITのニーズはない」とか「予算はない」とかないないづくしです。そこで、聞き方を「お困りごとはありませんか?」に変えたところ、不満や課題が噴出。ITを使った業務効率化のニーズがあることはわかりました。
そうやって、いろいろな学校関係の人に会っているうちに、「ベネッセには、学校カンパニーという部署がある」という話を耳にするようになりました。ベネッセといえば自宅学習の進研ゼミのイメージが強かったので、学校と関わりがあるとは考えてなかったのですが、「学校カンパニーは創業事業で、全国の高校の90%以上とおつき合いがある」と関係者から教えてもらって。すぐに担当者に会いに行きました。
井上:学校カンパニーには、私も所属しています。ここでは、高校を中心に導入いただいている進研模試などの結果をもとに、アセスメント結果を踏まえたうえで日々の学習や授業の受け方などを学校にアドバイスすることも行っています。「『いま』だけを変えようとしても教育は良くならない。半歩現実、半歩未来を見据える」という理念のもと、先生方と協力し合って活動しています。