まずはピュアな姿勢が大事。新規参入する業界のために動けば結果もついてくる
HIP:新たに事業を始めるなかで、専門性を持ったパートナーをどのように仲間に加えていくのでしょうか。そのコツなどあればお聞かせください。
加藤:ときと場合によりますが、新たな業界に参入する際には、利己的になり過ぎないように注意しています。先ほどのディスラプターの話とも関連しますが、まずは業界のために、ユーザーのために価値のあるものはなにか、というスタンスが重要だと思います。
具体的には、ビジネスの成功やマネタイズを目先の目標にしないようにしていますね。もちろん、最終的にはそこを目指すのですが、最初の一歩目から利益だけを追求するのは、正しいやり方とはいえない場合もあって、業界とユーザーのために行動していけば、自然と協力してくれる人も増えていくのではと考えています。
HIP:加藤さんは「MEET YOUR ART」以外にも、クリエイターエコノミーの領域で複数の事業開発やバーチャルエンタテインメント事業の「バーチャル・エイベックス」など、多くの新規事業を見えるかたちで動かしています。スピード感を持って取り組むための秘訣はありますか。
加藤:私たちのような、企業の中の新規事業組織の成功確率と持続可能性を上げるために、組織運営上重要だと考えていることは2つあって、1つは新規事業の担当者を取り巻く環境に関することです。私は、新規事業開発を担うエイベックス・ビジネス・ディベロップメントの代表だけではなく、エイベックス・グループの執行役員も兼任させて頂いています。
新規事業部門の責任者が、本体の役員でもあることは意思決定の速さにつながります。新規事業開発部門がもう少し下層にある場合は意思決定のフローが階層的になってしまうこともあると思います。責任者が経営層である、ないしは経営層とフラットに議論できるところにいる事は、とくに新規事業開発部門がゼロイチの段階では非常に大事だと考えています。
「ポートフォリオ」の考えがビジネスを成功に導く?事業を並走させリスクを分散
HIP:責任者自らが新規事業を生むことも、社内の組織風土にも効果がありそうですね。2つ目の秘訣はなんでしょうか。
加藤:2つ目は、新規事業を「ポートフォリオ」として考えるという方法です。
HIP:この場合のポートフォリオというのは、進行している新規事業を組み合わせて捉えるという意味でしょうか。
加藤:はい、そうです。新規事業は、短期かつ直接的に会社の本業に対して価値貢献できるものと、中長期で構える必要があるが、将来的に大きな売上や価値を会社にもたらすことができる可能性のあるものなど、いくつかのセグメントに分かれます。
前者に関しては、たとえばクリエイターエコノミーにおける事業開発やバーチャル・エイベックスなどを指しているのですが、ここは我々が持っているノウハウをそのまま使えますし、いままで感じていた課題感に対しての打ち手や、経験に基づく熱量の高い事業アイデアを明確に持っているスタッフが複数います。なので、最優先的に事業開発を行い、短期的に成果もあげていく。
一方で、新しい市場への挑戦にも夢があって。ただ、アートを含めた新しい領域における事業開発は、チームビルディング、リサーチにも一定時間がかかりますし、成功確率も前者に比べると低いかもしれないし、グロースにも時間がかかる。でも既存の領域以外の市場へ踏み出すことは大きな成果につながる可能性があるからやりたい。
だからポートフォリオで、前者と後者を適切なポートフォリオで分散させて、投資と回収の期間をズラしながら、組織全体としての単年PLを整えていく。さらに、場合によっては全てを社内資本に依存せず、外部調達と連携でリスク分散と成長スピードの加速を狙う。
HIP:たしかに、全体を見る視点は重要ですね。
新規事業部門はもともと売上がゼロの状態からの立ち上げなので、これだけでも非常に難しいことなのですが、少なくともこの目線を持つことで5年後の市場にだけ賭けるより持続可能になると考えています。
日本を面白くするためには、大企業同士のコラボが不可欠。ARCHに託された期待とは?
HIP:パートナーを探すという点で、インキュベーションセンター「ARCH」に入居した利点はありましたでしょうか。
加藤:ARCHに入居してあらためて感じたのは、日本の大企業が持つ技術やサービスは素晴らしいということ。日本の場合は、大企業同士のつながりによってマーケットを変える可能性が、まだまだ残されていると思いますね。
HIP:後述するイベントには、テレビ朝日やJ-WAVEといったARCHの入居企業も参画されていて、そのきっかけはARCHでの出会いだったとうかがっています。
加藤:そうですね。こうした出会いが偶発的に起こるのは稀ですので、ARCHのように場を意識的につくるというのは、意味のある取り組みではないでしょうか。
日本を面白くするためには、大企業同士のコラボレーションが不可欠で、その装置としてARCHがこれからも機能することを期待しています。
チャンネル登録者数10万人を目指す「MEET YOUR ART」。現状の手応えは?
HIP:現状での事業の手応えはいかがでしょうか。
加藤:アート業界の「No,1動画メディア」に向けて、着実に段階を踏んでいると思っています。メディアは、多くのアーティストやギャラリーと日々お付き合いできるメリットがあります。
ここで積み重ねた関係性は、アート業界の中と外をつなぐ、「ゲートウェイ」としての役割を果たすことにもつながります。イベントをご一緒したり、クライアントやミュージシャンとのコラボレーションを橋渡ししたり、新しいテクノロジーを活用したコンテンツの提案をしたり、既存の案件だけでなく、新しい関わりが増えていくはずです。
HIP:事業成長に関しては、計画通りに進んでいるのでしょうか。
加藤:2022年度のKPIが重要で、マイルストーンも置いています。まずは、5月に開催するフェスティバルを成功させること、そしてYouTubeチャンネル『MEET YOUR ART』の登録数10万人を目指す。ここまで到達すれば、見えている景色がグッと変わってくるはずです。
5月開催予定のアートとカルチャーの祭典『MEET YOUR ART FESTIVAL 2022』
HIP:5月に開催される『MEET YOUR ART FESTIVAL 2022’New Soil’』の詳細を教えて頂けますでしょうか。
加藤:「MEET YOUR ART」が開催する初めてのフェスティバルで、もちろんアートを中心にしているんですが、アート、音楽、食、ファッション、ライフスタイルといった隣接するカルチャーが恵比寿ガーデンプレイスに一堂に会すミックスカルチャーのフェスティバルとして実施します。
「MEET YOUR ART」は既存の概念に捉われない方法でアートを発信してきたわけで、そんな私たちが開催するフェスティバルだからこそ、アートフェスティバルの概念を超えてアートを軸に、ミックスカルチャーにすることで、いろいろな方にご来場頂いて、通常のアートイベントとは違う方法と規模感でアートへの接点を作って行ければと考えています。
HIP:テーマは「New Soil」となっていますね。
加藤:このタイミングでアートを中心としたフェスティバルを行う上での世の中に提示するメッセージとして「New Soil(あたらしい土壌)」を掲げました。多様なカルチャーを一堂に会して「再接続」することに加えて、「人間と自然の再接続」にまで解釈を広げて、アートやフェスティバルを通じて「サステナビリティ」を表現・提案する実験の場になることを目指しています。
いずれにしても今までにないアートフェスティバルを構築して、皆さんに楽しんでアートに触れていただければと考えていますし、いままでオンラインベースで展開してきた「MEET YOUR ART」のコミュニティがリアルな場所に集結して、より強固になることにワクワクしています。この取材に関わっていただいた皆さん、インタビューを読んで頂いた皆さんは必ずご来場ください(笑)。
メディアの認知とコミュニティを拡大し、日本の若手アーティストを世界に発信できるように
HIP:出演するゲストも豪華ですね。これから「MEET YOUR ART」が目指すビジョンを教えてください。
加藤:繰り返しになりますが、メディアとしての『MEET YOUR ART』を確立させること。そして、『MEET YOUR ART FESTIVAL』の開催を通して、リアルフェスティバルでもいままでとは異なるセグメントのお客さんによるアート購入など、アーティストや業界に対して価値貢献をしながら「MEET YOUR ART」のコミュニティをより強固にしていくこと。
これができると様々な事業展開に繋がっていくと思いますし、イベントをパッケージ化できれば、エイベックスの社内シナジーを効かせて、日本の若手アーティストを世界に発信できるようになるかもしれない。オンラインとリアルの両輪で、認知を拡大するサイクルが生まれれば、アート業界にも、会社にも良い影響を与えられると信じています。