視聴率はKPIじゃない
- HIP
- 「日テレ」は開局70年を迎えた老舗、かつ1,300人を超える社員を抱える大企業です。『Z STUDIO SENSORS』という実験的な番組づくりにチャレンジできているのはなぜでしょうか?
- 井上
- そもそも「深夜枠」では、視聴率にそこまで囚われずに実験的な番組づくりが可能でした。『Z STUDIO SENSORS』も、その文脈の上で成り立っている部分はあります。
ただ、『Z STUDIO SENSORS』でやりやすい点は、難しい話題であっても視聴者向けに噛み砕きすぎなくていい、ということですね。 - HIP
- テレビ番組は視聴率を最大化するために、難しい話題もまったく予備知識のない人を想定してつくる必要があるのでは?
- 井上
- もちろん視聴者の皆さんに楽しんで見てもらえるよう、番組はしっかりつくります。ただ、必要以上に噛み砕くことに苦心する必要はないのです。なぜそれができるかというと、そもそもこの番組のターゲットが感度の高いビジネスマンや次世代のクリエイターなどのアーリーアダプターだからです。そういうものとしてつくるというコンセンサスが社内で取れているのです。
- HIP
- そのコンセンサスとは、どういうものなのですか?

- 井上
- ぼくらの部署は「エンタメにまつわる新しいビジネスを生み出すこと」が目標として設定されています。であればこそ、日テレ単体では達成できず、他の企業やクリエイターさんと協業していくことが必要です。そのためには、新しいことに取り組むファクターが集まってくる「場」が必要です。『Z STUDIO SENSORS』は、まさにそういう「場」になっていきたいと考えています。
- HIP
- 「場」というと、どんなイメージなのでしょう。
- 井上
- より端的に言えば、この番組を観た企業やクリエイターから「われわれと組みませんか」と言っていただけるような、ブランドをつくるということですね。
- HIP
- なるほど。これまでの情報番組は「すごい人のすごさを伝える」ものだったからこそ、何をどう取り上げるかはテレビ局の内側に閉じられていた、ということかもしれません。一方で、『Z STUDIO SENSORS』の場合、異なるニュアンスがあるわけですね。
番組のトークセッションには、各ジャンルのトップクリエイターが参加。『Z STUDIO SENSORS』では、ゲストとして参加してもらった延長線上に新たなコラボレーションが生まれることも期待している
- 井上
- トークセッションに出演いただく方はもちろんぼくたちからお声がけしていますが、「番組を見ました」とご連絡いただくこともあります。今後イベント企画も増えていくなかで、お客さんとしてその場に来ていた方からいただく「わたしはこんな企業に勤めていて、こんなことを考えている。一緒に協力できないですか」というお申し出も含め、ボーダレスに拡げたいと考えています。
- HIP
- 出演者と観客の関係性を曖昧にして、外部からの声も受け入れる。かつ、単に情報を伝えるのではなく視聴者との「共創」を重視したいというわけですね。
- 井上
- はい、もちろんです。そのためにやっていますので。

- HIP
- そうした「共創」の先に、さらに長期的なビジョンもあるのでしょうか?
- 井上
- これまで日テレが培ってきたエンタメ制作のクリエイティブリソースを「テレビの外」に横展開し、ビジネスとして収益化していくことですね。縦型ショートドラマも、ウェブトゥーンも、音楽配信事業も、どれもテレビではないけれど「エンタメ」です。そういったテレビの外の領域をエンタメの力で盛り立てて、新たなビジネスをつくっていくことを目指しています。
「コンテンツ性」が重要
- HIP
- 大企業の新規事業開発にイノベーションが求められる一方で、そもそも若手社員からすると意見が通りづらいという話もよく聞きます。井上さんは今年30歳と、社内では若手に属すると思いますが、そうした障害を感じたことはありませんか。
- 井上
- こと『Z STUDIO SENSORS』に関しては、企画を通すためにめちゃくちゃ議論して頑張った、という感覚は実はありません。一方で、ぼくは「日本テレビのWeb3事業の社内唯一の担当者」という人格もあり、Web3関連プロジェクトではなかなかの苦難を経たと感じます。「暗号資産を日テレが扱うのか」「コンプライアンス上の問題をどうクリアするんだ」とか……。
- HIP
- 『Z STUDIO SENSORS』で苦労しなかった背景には、Web3事業でファーストペンギンとなった経験が生きたのかもしれません。
- 井上
- 両者に直接的な関係はないかもしれません。ただ、組織の中で「新しいこと」に取り組もうとすると、ステークホルダーたる各部署の目標や主張を織り込んだ上で、いかにその「新しいこと」を最大化するか考えなくてはなりません。そうした思考を身につけられたのは、『Z STUDIO SENSORS』にも活かせているかもしれません。

- HIP
- 『Z STUDIO SENSORS』には、日本テレビが自社の事業を宣伝する場であると同時に、新規ビジネス領域での協業を生み出す場としての意義もあることがよくわかりました。が、それは同時にコンテンツと広告の境界が曖昧になっていくことを意味するように思いますが、制作の際に気をつけていることはありますか?
- 井上
- 『Z STUDIO SENSORS』の場合は、自社商品を推すことが目的ではなく、エンタテインメント、コンテンツとしてしっかりつくるということを意識しています。
- HIP
- たとえば、ウェブトゥーン(縦読みマンガ)を取り上げるならば、その業界で一番取材したい人に会いに行くことが一番のコンテンツになるし、同時に、将来的なコラボレーションを最大化できる可能性にもつながるわけですね。

- HIP
- 井上さんご自身が直近で課題として感じているのはどんなことでしょう?
- 井上
- 正直、人的リソースは足りていません(笑)。必要なリソースをどこまで確保できるかは自分にとって大きな課題ですね。
新規事業って百発百中とは行かず、試行錯誤しながらそのノウハウをためてスケールさせていく必要があります。いまのぼくには「番組制作」を目的としたチームがあります。まずは『Z STUDIO SENSORS』というブランドを育てていくことに力を入れたいと思っています。 - HIP
- いまそこにあるチャンスを最大限に活かそう、というわけですね。最後に、「デバイス」「モノ」としてのテレビを超えて、エンタメを深化させていく可能性について、井上さんはどのように考えていらっしゃるのでしょうか。
- 井上
- これからのテレビ局は放送企業からコンテンツ総合企業に変容していきます。テレビ局の中にいて思うのは、いくら自分がYouTubeやTikTokのコンテンツを日々楽しんでいるとはいっても、「人の興味を惹きつけるコンテンツ」をつくるノウハウ・演出力は間違いなく、テレビ局をはじめとする既存の映像プロダクション産業のなかに最も蓄積しているということです。
70年の積み重ねは伊達ではありません。アウトプットする先が、SNSになろうとバーチャル空間になろうと、フォーマットとアルゴリズムにアジャストさせれば、このエンタメノウハウは必ず活かせます。だからこそ我々はそれを活用した「新たなコンテンツのかたち」を日々探し続けています。 - HIP
- 井上さん、今回はありがとうございました。
