「空飛ぶトラック」とキャッチーな見出しで各メディアに大きく取り上げられているのは、ヤマトホールディングスで新たに開発中の空陸一体型の輸送サービスだ。米国の大手ヘリコプターメーカー「ベル」とタッグを組み、2025年までに最低約32kgの荷物を自動で運ぶ「無人輸送機(eVTOL)」の実用化を目指している。
物流業界の常識を大きく変え得るこのプロジェクト。実質的に一人で切り盛りしているのは、現在入社6年目の伊藤佑氏だ。まだまだ若手だが、入社2年目にしてこのプロジェクトのベースとなる構想を思いつき、4年目には実際に着手したというから驚きだ。2019年8月に行われた実証実験では、約32kgの荷物を搭載した輸送機を実際に飛ばしてみせた。
いったいどのようにしてプロジェクトを立ち上げ、ここまで推し進めてきたのか。伊藤氏が目指す「空の物流革命」のビジョンと、年齢や環境にとらわれず活躍するための工夫について、お話をうかがった。
取材・文:笹林司 写真:玉村敬太
物流の常識を覆す「空飛ぶトラック」。陸上輸送にはない新たなメリットとは?
HIP編集部(以下、HIP):メディアでは「空の物流革命」などという言葉で紹介されていました。どういったプロジェクトなのでしょうか。
伊藤:わかりやすくいえば、大きなドローンに荷物を積んで、最終目的地まで運ぶ仕組みをつくるプロジェクトです。社内では「eVTOLプロジェクト」と呼んでいます。
eVTOL(electric Vertical Take-Off and Landingの頭文字)は、「電動垂直離着陸機」を意味します。要するに、ヘリコプターのように滑走路がなくても離着陸ができる大きなドローンですね。
HIP:従来の陸上輸送と比べて、今回のサービスにはどういったメリットがあるのでしょうか。
伊藤:まず、配達のスピードが格段に上がります。空を飛べば、信号待ちや渋滞にはまることはないですし、物理的に道路よりも速い速度で運べます。
そして、荷物を発送する頻度を増やせるのも大きなポイントです。たとえば、通常の陸上輸送では運送効率などを考慮し、荷物がある程度集まった状態で発送するのが一般的です。これだと、発送するまでに多少時間がかかります。ですが、eVTOLは少量多頻度での輸送が可能になるので、発送する回数を従来の陸上輸送よりも増やすことができます。
HIP:速い速度で運べて、かつ発送する頻度が増えると、物流や配達サービスの何がいちばん変わるのでしょうか。
伊藤:大きく変わるのは、日ごとの集荷時間の締め切りをそこまで気にしなくても良くなります。現在の「時間を決めて出発するシステム」では、集荷時間を5分でも遅れたら、翌日の発送となり、結果として一日単位で到着が遅れるケースもあります。
しかし、発送頻度が増えれば、5分遅れで荷物を出しても、最終目的地に5分遅れで到着することが可能になるかもしれません。こうなると、バイク便のような使い方ができるわけです。
宅急便の「急」の字の意味をあらためて考える。空輸で配達スピードを上げるべき理由
HIP:なるほど。早急に荷物を送りたいときに便利ですね。
伊藤:潜在的なニーズは、かなりあると思います。たとえば、医療。高度医療に必要な薬剤や手術器具などを、各病院にスピーディーに送ることができます。
ほかにも、たとえば工場の生産ラインや一点物の試作品の製作などで、ある部品が急に必要になったときにも活用できると思います。実際、私たちもこのプロジェクトで、デモ直前に故障した部品の代替パーツが急遽必要になったことがありました。しかも、発注するのが30分遅れたせいで到着が3日遅れてしまい……。肝を冷やしましたね。結果として、必要性をいやというほど体感することができました(笑)。
HIP:それは大変でしたね(笑)。たしかに、「早い」に越したことはないと思います。
伊藤:そもそもいまの時代においては、宅急便にも使われている「急」の字の意味を、もっと意識しなければならないと感じています。一昔前は手紙だったのがメールになり、いまではSNSですからね。
この早さが求められる時代に、私たちのサービスも劇的に進化させていく必要がある。その想いもあって、入社2年目の頃にそれを実現できるサービスはないかなと考えるようになったんです。
HIP:入社2年目にして、その意志があったとは驚きです。当時はどういった部署に所属していたのでしょうか。
伊藤:私は大学卒業後に新卒でヤマト運輸に入社し、当初はOJTの一環でセールスドライバー(SD)の方と一緒に配達をしていました。ヤマト運輸は、入社してから約2年間は配達業務や内勤として、現場の仕組みを徹底的に学びます。
配達業務を経験したあと、3年目からヤマトホールディングスのIT部門に配属されました。現場での配達業務の経験は、新たな輸送方法を考えるうえで欠かせない経験になりました。
HIP:どのようにしてeVTOLプロジェクトは始まったのでしょうか。きっかけを教えてください。
伊藤:じつは、入社当初から経営系の論文を書いていて、学生時代のつながりで個人的に学会でも発表していたんです。そのなかで、現場の経験をもとに「ヘリやeVTOLを物流に使えたらいいのではないか」という趣旨の論文を書きました。
すると、それがアメリカの学会で要旨査読に通過。ちょうどその時期に、空飛ぶタクシーを目指す「Uber Elevate White Paper(以下、Uber)」も発表されたので、これは本格的にeVTOLを使った社会が来ると思ったんです。すぐに、「eVTOLプロジェクトを業務としてやらせてほしい」と上司に直訴しました。交渉の結果、「業務時間の半分を割いてもいい」とお墨つきをもらったんです。
社外に認められるのが近道。若手が社長を説得できた秘訣とは
HIP:若手が一人で考えた、物流業界の常識では考えられないようなプロジェクトを推進していいと。その上司の方も英断でしたね。
伊藤:論文が学会の要旨査読に通ったのが大きかったと思います。私としても、社外の有識者にも同調してもらえれば、プロジェクトを進めることができるのではと少し期待していました(笑)。
学会の論文の場合、社外の人に伝わるように英語で書かなくてはならないため、必然的に客観的な視点で自分のアイデアを整理する必要があります。結果的には、その状況で発表したことが良かったのかもしれません。社内向けに企画書をつくってしまうと、つい社内用語を使ってしまいます。社内用語は社内では当たり前のように使われますが、社外の人からしたら意外に定義がしっかりしていない部分も多いんですよ。
将来的なサービスの本格化を考えると、社外も含めて納得してもらえなければ協力者も増やせません。誰にでも説明できるように整理するのは、大事な作業だと思います。
HIP:しばらくは業務時間の半分を割きながら、プロジェクトを推し進められたと思いますが、その後どのようにして専任となったのでしょうか?
伊藤:直属の上司だけでなく、IT部門を管掌していた役員にもUberの動向を伝えたり、私の書いた論文を見てもらったりしました。その役員が、社長に話をしてくれて、直接報告に行く機会をいただきました。
社長にプロジェクトの説明をしたところ、「とても将来性のあるプロジェクトだし、具体的にアイデアを持っているならば優先してやりなさい」と言ってくれました。トップの決断から実行するスピードが速いのは、非常に素晴らしい社風だと思います。
それで、2016年1月に本格的にプロジェクトが始まったんです。2017年4月からは「デジタルビジネスの創造」を掲げるヤマトデジタルイノベーション推進室(現:社長室)に異動して、このプロジェクトの専任になりました。メンバーも増やしたいのですが、まだフルタイムとしては実質私一人でプロジェクトを推し進めています。