社内外の人をとにかく巻き込む。一人でビッグプロジェクトを進めるための協業術
HIP:eVTOLプロジェクトをお一人で推し進めるのは、大変ではないですか?
伊藤:大変です。ですから、社内外を問わず周りのいろんな人を巻き込んで、勝手にチームメンバーとしてカウントしています(笑)。
データ分析が必要なときにはビッグデータの専門家に声をかけたり、知財・契約関係は法務部を巻き込んだり。意外に皆さん楽しんで協力してくれているみたいで、そこは心底良かったなと思っています。
ヤマトはこれまで、「空飛ぶトラック」のような従来とまったく異なる領域のサービス開発の経験が少ないので、今回のチームづくりも含めて一朝一夕にいかないのは仕方がないことだと思っています。このプロジェクトが、ヤマトの新規事業創出のひとつのモデルケースになればと思いながら進めています。
HIP:社内外を問わず巻き込むということですが、社外ではどういった会社や人に協力してもらっているのでしょうか。
伊藤:たとえば、貨物を入れるコンテナの設計・製造などをお願いしている企業とかですね。ヤマトはものづくりの会社ではないので、製造するものに関しては設計からアウトソーシングしています。私たちは車輪の太さや脚の長さ、積載量などの要件を出す。それに基づいて設計、製造してもらっています。
ちなみに、その企業に出会ったのも学会がきっかけ。学会は100人規模の聴衆が聞いてくれるので、そのなかには、プロジェクトと親和性のある高い技術を持った会社も多くあります。個人的には、仲間集めの観点からも学会に参加するのはかなりおすすめですよ。
HIP:社外の強力なパートナーといえば、協業先であるアメリカのヘリ製造最大手の「ベル」ですね。ベルとヤマト、それぞれの役割を教えてください。
伊藤:ベルはeVOTLの開発と飛行、ヤマトは地上に降りた後が担当で、完全に役割を住み分けています。
世界で初めて民間のヘリコプターをつくったベルが、性能のいいヘリコプターをつくれることは歴史と実績が証明しています。飛行自体は安心してベルに任せるとして、私たちヤマトが取り組むべきなのは、着陸後に荷物を最終目的地まで届けるスピードと安全性です。
時間がかかったり、荷物が破損したり、作業員がケガをしてしまったらこのサービスをやる意味がなくなりますからね。2019年8月末に行われた実証実験では、到着した先で荷物をスムーズに受け渡せる仕組みや動きを確認できたので、ひとまずホッとしています。
手本は高杉晋作。交渉の30分前には、いつも集中して気持ちをつくる
HIP:ベルとの交渉も伊藤さんが行っているのですか。
伊藤:法務の責任者が同席しますが、基本的には私が交渉します。経営層には事前に、見込める最大および最低の条件、交渉を打ち切るラインなどを提案し、了承をもらっています。持ち帰って検討することはなく、すべてその場で決断します。
HIP:伊藤さんは現在29歳とのことで、ヤマトのなかでも若手の部類に入ると思います。ベル相手の交渉で年齢がハンデになることはありませんか。
伊藤:たしかに、アメリカの企業は、意外と年齢を気にするんですよ。それは日本以上と言ってもいいかもしれません。私も最初は不安でした。ただ、ベルとは非常にいい関係を築けています。
じつは、ベルとのつながりは、副社長のスコット・ドレナン氏と学会で直接出会ったのがきっかけなんです。彼を通して関係を構築しているので、最初から信頼感を持ってもらえたのは大きかったですね。真っ先に上層部の方と交渉したことが功を奏しました。
HIP:社内外の大企業上層部に物怖じせず、巻き込んでいく姿勢はすごいと思います。お一人でプロジェクトを推進するうえで、彼らを説得するコツなどはありますか。
伊藤:交渉に挑んだり決裁を仰いだりするときに、浮ついた気持ちだと説明不足になったりして、鋭い指摘を受けます。当然、緊張もしますが、それでも怯まずにいけるのは、「自分の考えは筋が通っていて、会社、そして社会のために必要なことだから認めてもらうべきだ」と信じているから。
想いを持った者同士なので、いつもタフなディスカッションになります。ですから、前向きな話し合いを継続させるために、場をコントロールするには「断固たる決意」が必要です。
伊藤:これは又聞きですが、幕末維新志士の高杉晋作の逸話で心に残っているエピソードがあります。彼は、下関戦争を戦ったイギリスとの和平交渉の際、「決裂したら相手の司令官を殺して、自らも自害する」という気持ちで刀を持参したそうです。そして、交渉に臨み、見事成功させたといいます。
極端な例ですが、自分の「決意の強さ」が相手を動かすんだと思います。私も大事なディスカッションの30分前には、いつも集中して気持ちをつくるようにしています。
配達手順の大幅カットでスピードアップ。新しい空輸サービスで見据える、より便利な世の中
HIP:いまは実証実験を重ねているeVTOLですが、本格的に導入する際、どういったシチュエーションでの使用を想定しているのでしょうか。
伊藤:最初に視野に入れているのはBtoB向けで、とくに「都市」でのサービス導入を目指しています。具体的には、主に商業施設や高層のオフィスビルへの配達です。
たとえば、現在ヤマト運輸が館内物流をお手伝いさせていただいている虎ノ門ヒルズ。いまは、ヤマト運輸の各地域にある「ベース」という宅急便の集約拠点から、虎ノ門ヒルズの近くにある「宅急便センター」に運びます。その後、虎ノ門ヒルズに荷物が運ばれ、館内のお客さまの手元に荷物が届く仕組みです。
これが、eVTOLならベースから直接、虎ノ門ヒルズの屋上に届け、そこで配達員が受け取って館内のお客さまに配ることが可能になります。配達手順の短縮によって、配送時間もかなり短縮できるはずです。
HIP:実現したら、より便利な世の中になりそうですね。最後に、今後の展開を聞かせてください。
伊藤:弊社は日本で初めて路線便を始め、宅急便を開始した企業です。そうしたラディカルイノベーションを、いま一度起こしたいですね。
お客さま自身も気づいていない「眠っているニーズ」は、誰に聞いても出てきません。自分で気づいて仮説を立てて、検証していくしかない。だからこそ、いまは新しい「空飛ぶ輸送」の基盤をつくっている最中です。
でもここから先は、実用レベルに落とし込み、世間のニーズに合わせていく必要が出てきます。そのためには、複数のグループをつくり同時並行で多くの作業をこなして、実証実験を進める必要があると思っています。もっと多くの協力者を見つけて一緒に実現に向かっていきたいですね。