消費者の欲望を満たすには?D2Cブランドに賭ける担当者の思い
HIP:ASEAN諸国への展開からショールーミングストア事業へシフトしたきっかけはなんだったのでしょうか?
川口:TTICの設立後、ASEAN諸国を中心とした海外事業は順調に伸びていました。しかし、2020年に新型コロナウイルスが流行し、現地の商業施設も軒並み営業制限を余儀なくされてしまった。店舗の在庫は累積し、業績も低下していきました。せっかくお店を出したのに、日本の商品を流通できない歯がゆさがあったんです。
それでも、現地に日本の名品を求めているお客さまはたくさんいます。そこで、ECストアだけでなく、新しいブランドを海外に提案していくような取り組みができないだろうかと考え、社内で新規事業の立ち上げに向けたアイデア募集と、「そもそも、どんなブランドや商品に魅力を感じるか」というヒアリングを始めました。
HIP:そこからどんなヒントが得られましたか?
川口:20代、30代のスタッフにヒアリングをして出てきたのは、ほとんどがD2Cで販売を行なうブランドでした。当然、私たちとは取り引きがありません。
しかし、こうしたブランドと接点を持つことができれば、これまで百貨店が取り扱ってこなかった魅力ある商品を海外に発信できますし、若い世代にも百貨店を利用してもらうきっかけになるかもしれない。まずは、漠然とそんなことを考えていたんです。
そんな折、台湾にある日系百貨店にD2Cブランドが出店している場を目にしました。これまで、インスタグラムでしか商品の販売をしていなかったブランドを集積して、初めてコーナー展開をしたところ、ものすごい人だかりができていました。
HIP:若い人もオンラインだけじゃなく、実際に手に取ってみたいという欲望があるんですね。
川口:そのようです。これらのエピソードと、当時アメリカで盛り上がっていたショールーミングストアがヒントになって、Meetz STOREの構想が固まっていったんです。
出店のハードルが下がる方法を模索。事業化の課題を乗り越えるために工夫したこと
HIP:事業化にあたっては、どのような課題がありましたか?
川口:一番の課題は、D2Cブランドとの出展交渉でしたね。これまで百貨店と接点のないブランドや企業、個人クリエイターの方に出展していただくうえで、とくに難しかったのは出展料の設定です。
Meetz STOREが入る高島屋新宿店は都心の商業エリアということもあり、既定の出展料はそれなりの金額で、立ち上げ間もないブランドにはどうしてもハードルが高くなってしまいます。
そこで、地方自治体やエリアなどのくくりで複数ブランドの出展料を設定したり、他社のブランドとブースをシェアするようなかたちで安く出展できる仕組みをつくったりと、出展のハードルが下がる方法を模索していきました。
もちろん、それでも難しいというケースはあります。その場合でも、少しでも多く魅力的なブランドに入ってもらえるよう、できる限りの工夫をしてきました。
HIP:なるほど。ブランドが出展するメリットとしてはほかにどのようなことがありますか?
川口:出展のハードルを下げるという話に関連しますが、Meetz STOREでは、ブランドと一緒に成長していくスタンスを心がけています。一般的にD2Cブランドが目指す成長過程では、ECサイトの設立、実店舗でのポップアップ、長期間の出展、実店舗の設立という流れがあると思います。
しかし、一定期間のポップアップでも、ブランドにとっては大変なんですよね。店頭在庫を抱え、販売スタッフをそろえて、と短期間でもいままでにない投資をしないといけません。
ですから、こうしたハードルを下げ、短期間での成長の実現や展開のスピードを加速できるのはブランドにとってもメリットかと。さらに、TTICの強みでもある海外展開にも挑戦できるよう販路を準備しています。
新宿店の「一等地」を任されたMeetz STORE。百貨店事業にどうやってシナジーを生む?
HIP:出展のハードルが下がるのはブランド側からしてもうれしいですね。ただ、あまりにも柔軟に対応し過ぎると、採算がとれなくなってしまうのではないでしょうか?
川口:採算はとれるように設計していますが、計画を修正せざるを得ないなかで、そこは親会社である高島屋の支援と理解を得られたことが、とても大きかったです。百貨店では、お客さまの加齢化が進んでいるという課題がずっとあったのです。
若い世代に人気のD2Cブランドをそろえたお店が入れば、百貨店の事業にもシナジーをもたらせるのでは、と経営陣にも共感していただきました。
将来性を見越した先行投資ということで、出展料を柔軟に設定することも容認してくれましたし、新宿店の2階という「一等地」を用意してくれたというのは、私たち自身も驚きでした。
HIP:一等地とはどういうことでしょうか?
新宿高島屋の2階はJR新宿駅新南口から結びついており、最も多くの集客を見込めるメインフロアなんです。そこを未知数のMeetz STOREに担わせてくれたのは、この事業に対する上層部の期待の表れでもあると思っています。
HIP:オープンしてからお客さんの反応はいかがでしょうか?
川口:良い反応も課題感が残る反応もそれぞれありましたね。良い反応は、実際に常連のお客さまがオンラインサイトを来店前にチェックしてきてくださったことですね。やはり、実物を手に取って見たい気持ちは強いのだと確信しました。
反対に課題に感じたのは、展示品から読み取る二次元バーコードに慣れていない年配のお客さまたちの反応ですね。まだ、日本ではなじみのないビジネスなので、どうやって浸透を図るかは検討していかねばなりません。
大きな目標を達成するためのチームビルディング。社員の主体性を引き出すための実践とは
HIP:ショールーミングストア事業をつうじて、新規事業の推進で難しかったことはどんなことでしょうか?
川口:既存事業で培った強みをほとんど活かせないなかで、D2C企業とのコネクションをつくり、社員個々人のマインドセットの形成やモチベーションを維持するのが難しかったですね。
HIP:どのようにマネジメントしていったのでしょうか?
川口:完成形が見えないなかで、他社との差別化を明確にしながらMeetz STOREのビジョンを明確にしていきました。そのビジョンに沿って、B2Bの出展者に対する提供価値、B2Cの来店するお客さまに対する提供価値を全員で理解しました。
その後の新しい分野の営業活動、外部との連携については、支援をしながら個々人の小さな成功体験を積み上げて、全員に共有していくことで、徐々にですが、1つひとつの仕事が自分ごとに変化していったと思います。
またモチベーションについては、タスク管理で「やるべきこと」を整理し、各人にこの店で「やりたいこと」のヒアリングを行ない、各人が「やれること」を確認しながら業務分担を決めました。大きな目標に対する「意味づけ」「魅力づけ」ができたので、組織をまとめることができました。
HIP:チームビルディングを行なううえで、社員の主体性は重要になりますね。
川口:Meetz STOREの事業は、仕組み構築の部分でトランス・コスモスの支援がありアドバンテージがあったものの、未知の領域に新たに強みを打ち立てる作業でしたね。事業の仮説を立てるのも苦労しましたが、先行する同業他社の事例があったぶん、他社との比較が活きてきました。
後発のショールーミングストアという状況において、価値を最大化するための新しいアイデア・施策の実現と、日々発生するリスクを回避し、最小化する、そんな取組みの連続でした。
リアルな場所ならではの「体験の価値」を。将来的にはメタバースも視野に?
HIP:まだ一号店が開業したばかりですが、今後はどのような展望を描いていますか?
川口:ショールーミングストアの肝は、実店舗ならではの「体験」をいかに極めるかだと考えています。単に商品を展示しているだけでは、体験とはいえません。
食のブランドであれば試食ができる、ガジェットであればその場で目に見えるかたちで機能を確認できる。また、これ以外にもプラスアルファの価値を提供できる仕掛けを模索していきたいと思います。
ネット上のバーチャルに広がる経済規模が拡大している昨今、将来的には、メタバースと融合できるタッチポイントを持ち、自由に行き来できるような店舗づくりだって考えられるでしょう。
あとは、やはり海外展開ですね。まずは高島屋の店舗があるタイやベトナム、中国あたりから展開していき、5年以内に国内外で10店舗を立ち上げることが当面の目標です。それに伴って、世界中をつなぐ越境ECの販売力もさらに強化していきます。
世界各地にMeetz STOREができれば、現地のブランドがそこで成長し、ゆくゆくは日本に進出するようなことだってあるかもしれません。そうやって、国内外をつなぐ1つの経済圏を作り、ブランドとMeetz STOREが一緒に成長していけるビジネスを目指していきたいですね。