「仮想空間を実体化する」というアイデアをビジネスとして実現させようとしている株式会社ブライトヴォックス。同社が生まれた背景には、株式会社リコーが2019年にスタートさせた、社内外から参加できるアクセラレータープログラム「TRIBUS(トライバス)」の存在がある。そしてじつのところ、ブライトヴォックスを起業した灰谷公良さんは、現在も変わらずリコー社員なのだ。
大企業が社内外からイノベーターを募り、新たな価値を生み出そうとするTRIBUSの成果とは。そして、「出向起業」が大企業にもたらすシナジーとは。灰谷氏と、TRIBUS事務局として灰谷氏の事業に併走してきたリコーの森久泰二郎さんに聞いた。
取材・文:野口理恵 写真:坂口愛弥
約3万人の国内グループ社員が対象の大規模プログラム
HIP編集部(以下、HIP):ブライトヴォックスはVRなどのヘッドセットを必要とせず、全方位から立体映像を楽しむことができる映像システムを独自に開発しています。灰谷さんがそのアイデアを実現しようとしたとき、ほかでもない「TRIBUS(トライバス)」にチャレンジしようと思った理由を教えてください。
灰谷公良氏(以下、灰谷):TRIBUSが始まる前からこのテーマにチャレンジしたいと思っており、TRIBUSへの応募前から、いろいろなところで提案をしてきました。
当初は新規事業開発部門にいたのでそこでも提案しましたし、リコーの主力事業を展開する部門にも提案し、それらの部門でテーマにして進めていた時期もありました。最終的にTRIBUSに応募しようと決めた理由は、ここにはチャレンジする人を全力で応援してくれるカルチャーがあったからですね。
HIP:TRIBUSがスタートしたのは2019年ですね。そもそもTRIBUSは、どのような課題感から生まれたのでしょうか?
森久泰二郎氏(以下、森久):TRIBUSが生まれた背景には3つの視点があります。1つめは経営視点の課題で、リコーがデジタルサービスの企業への変革を行なうなかで、事業変革や事業創造が必要という議論がなされていました。
もう1つは、リコーにはさまざまな技術がありますが、それを自社だけでサービス化するのは限界がきていると感じ、スタートアップとの事業連携から新しい価値として世に出せないかと考えました。3つ目は社員のなかで、新しいことに挑戦したいという強い思いがあったという点。これらがTRIBUSの発足につながっています。
TRIBUSは国内グループ会社を含めた約3万人のリコーグループ社員全員が対象となる大規模なプログラムで、弊社の社長(2023年4月1日より代表取締役会長)である山下良則がオーナーになり、コミットしています。
HIP:社長直轄のプログラムということですね。
森久:そうですね。さらに審査の過程では社外の眼として外部のVCの方々にも事業を見ていただいています。人数の割合も社外VC審査員のほうが多いのが特徴です。TRIBUSから生まれるアイデアはこれまでのリコーにはないものが多く、役員にとっても未知の領域。外の目で見ていただくことが重要だと考えています。
新規事業プログラムというと、たとえば業務として商品企画や事業企画を経験されている方が応募すると思うかもしれませんが、じつはそういう方はTRIBUSでは少数派。営業や研究職、法務部など、いろいろな部署に所属する社員からの応募があります。
事業計画書を初めて書くという参加者もいますが、誰でも応募しやすいよう、事前にプログラムのなかでしっかりケアをします。
灰谷:新規事業の発案をしたい人でなくても何らかのかたちで事業に関わることができるコミュニティ「TRIBUSコミュニティ」があるのもTRIBUSの特徴ですよね
現在、1,500人ほどの社員が参加しており、私もプロダクトのテストではコミュニティの人々に多くの協力をいただきました。このように、イノベーションを起こしたい個人だけでなく全社的に新たな試みを盛り上げていくものだと感じています。
アイデアだけでは評価されない。採択されるために必要な条件
HIP:TRIBUSの事業として採択されるまで、選考に際してはどのようなポイントが重要視されるのでしょうか?
森久:ビジネスアイデアの素晴しさはもちろん、大事なのはそれをやりきる人物なのかどうかです。灰谷さんは2019年に応募しましたが採択されず、2020年にもう一度再トライをするかたちでした。2度トライして、歩みを止めなかった灰谷さんの「事業を実現させたい」という思いが、審査員にも伝わったのだと思います。
HIP:TRIBUSをやる意義をどのようにとらえていますか?
森久:他社の新規事業開発プログラムでは、人材育成も大きな目的に据えている場合は少なくないかもしれません。しかし、このプログラムは事業開発、事業をつくることを第一義とし、結果としてそれが人材育成につながるという考え方をしています。
私たちは「内発的動機」という言葉を使いますが、その事業に対してどれだけ強い思いをもっているのかを、プログラム初期の段階で聞いています。そうすることで、この事業はモノになるのか単なる絵に描いた餅なのか、本当に課題意識を持っている人がいるのかということが見えてきます。
また、多くのビジネスアイデアコンテストではアイデアそのものが重視されますが、TRIBUSでは発案者に対し、社会実装する強い思いも求めています。
HIP:TRIBUSがコミュニティとしても機能しているというお話がありましたが、オープンイノベーションゆえのメリットを感じることはありましたか?
灰谷:私のやりたいテーマは多くの技術要素が必要で、いろいろな職種の方が必要でした。リコーは大企業なのでそういう社員がさまざまな事業部にいますが、私1人が声をかけたくらいでは、こうした人々を集めるのは簡単ではありません。
HIP:TRIBUSなら、そうした仲間集めができるだろう、と?
灰谷:ええ。TRIBUSのコミュニティは、同じように何かをやりたいという意識を持った人たちが集まる場になっています。
懇親会で声掛けをしたり、メンバーを募ったりもしました。「つくる〜む」というFab Laboの技術を統括している方や、R&D部署でかなり名のとおった人、事業部で活躍するさまざまなメンバーが集まってくれました。マーケティングについては、私と同じ新規事業部にいた方が手伝ってくれると手をあげてくれたんです。