新型コロナウイルスに関する正しい情報を都民に提供するために、東京都が「コロナウイルス感染症対策サイト」を2020年3月3日に開設した。じつはこのサイト、都知事の鶴の一声から始まり、たった1週間でサイト開設に至った。そのスピード感の秘訣は、オープンソースでサイトを構築し、そのソースコードを一般公開したこと。多くの人から改善提案を受けつけるこの手法は、当然、これまでの行政の常識からは大きく外れたものだ。
非常事態とはいえ前例踏襲を是とする行政において、この新しい取り組みをどのように実現していったのだろうか。今回お話をうかがったのは、サイト構築においてキーマンとなった東京都戦略政策情報推進本部ICT推進部の清水直哉氏と天神正伸氏。期せずして新しい試みに挑戦した背景や、スピード感を持ってプロジェクトを進める秘訣を聞いた。
取材・文:笹林司
(※本取材はオンラインで行い、写真は提供画像を使用しています)
発案から1週間で開設。スピード重視で始動したサイト構築の裏側
HIP編集部(以下、HIP):「新型コロナウイルス感染症対策サイト」は、東京都内における新型コロナウイルスの状況を知らせる広報サイトです。まずはその特徴を教えてください。
清水直哉氏(以下、清水):新型コロナ関連で都民が求める情報を網羅し、グラフや図などでわかりやすく見せているのが最大の特徴です。陽性患者数や検査実施人数はもちろん、新型コロナ受診相談窓口・コールセンターの相談件数や都営地下鉄の利用者推移など、さまざまなデータ情報や支援策を正確かつ網羅的に発信しています。
HIP:かなり短期間で構築したとうかがいましたが、開設までの経緯を教えていただけますか。
清水:東京都として新型コロナの危機管理・対策は1月下旬から動いていましたが、当初の情報発信はテキストやPDFデータがメインでした。ただ、2月に入ってからはクルーズ船での集団感染や国内初の死者も出始めました。
そうした影響もあり、2月下旬には正しい情報をもっとわかりやすく迅速に提供できる広報サイトをつくろうと、小池都知事の判断のもと「特別広報チーム」を発足。このプロジェクトの陣頭指揮は、Yahoo!JAPAN元社長であり副都知事の宮坂学が取りました。2月26日の第10回東京都新型コロナウイルス感染症対策本部会議のあと、すぐに打ち合せが始まり、3月3日の深夜にはサイトを開設しました。
通常なら都でなにかしらのホームページを立ち上げようとした場合、2か月くらいはかかってしまう。有事とはいえ、このスピード感はかなり異例でしたね。
HIP:民間企業と比べてもかなり早いスピード感だと思います。
天神正伸氏(以下、天神):やはり命にかかわる問題ですし危機感もあったので、とにかくスピード感を重視しました。現に3月半ば頃から陽性患者数もかなりの勢いで増えていきました。たとえば、4月になってから開設しても遅かったでしょう。いま考えると3月上旬に間に合わせたのは良かったと思います。
協業先は一般社団法人。契約から1日半でサイト開設できた秘訣とは?
HIP:お二人の今回のサイト構築における役割を教えてください。
清水:簡単にいうと、サイト構築に必要な庁内のデータを揃え、どのように公開するのかを検討する役割でした。もともと私たちは、東京の成長に資する情報通信施策の推進を担う部署に所属しています。
そのリソースや知見を活かして、陽性患者数など東京都から発信すべき情報を集めて公開可能なデータとして取りまとめました。そのデータを外部パートナーの実装チームに渡してサイトをつくっていきました。
HIP:外部パートナーは、行政組織のウェブサイトやサービスなどの制作を請け負う一般社団法人「コード・フォー・ジャパン」とうかがいました。どのような経緯で協業することになり、サイト構築を一緒に推し進めたのでしょうか。
清水:複数社から見積を取り、入札を行った結果、コード・フォー・ジャパンさんにお願いすることになりました。正式に契約が決まったのは3月2日。決定後すぐに関係者が集まって打ち合わせを行い、3月3日の深夜にサイトを開設しました。ですので実質、契約してから約1日半でリリースしたことになります。
HIP:驚きのスピードですね。
清水:通常だと行政から外部パートナーに仕事を依頼する場合、完成された仕様書をつくって完全な状態で発注します。でも今回は緊急を要するので、特例で「アジャイル開発」の手法を採用しました。あらかじめ庁内データの整備を進めて、公開するデータを契約後すぐに渡せたから速攻で取りかかることができたんです。
2年前から進めていたデータ整備。地道な取り組みが活きたアジャイル開発
HIP:「アジャイル開発」とは、実装とテストを繰り返して開発を進める手法ですが、取り組むうえで意識したことはありますか?
天神:とにかく公開すべきデータを素早く渡すことですね。それが可能だった背景としては、2年前に始動した「東京都ICT戦略」の活動が大きかったです。
「東京都ICT戦略」の目的は、都が保有する膨大なデータを活用しながら、都民サービスや生活の質を向上させていくこと。都の保有するデータは都民共有の財産ですから、二次利用可能な形式で公表していくことを基本としていました。
だから膨大な都のデータも、あらかじめ分析しやすいようにフォーマット化して整理していたのです。その準備が功を奏し、すぐにサイトに反映したいデータをコード・フォー・ジャパンさんに提供できました。
清水:また、「東京都ICT戦略」の取り組みがなかったら各局の理解も得られなかったと思います。今回のコロナ対策サイトの構築にあたり、データを提供してもらっているのは福祉保健局、総務局、交通局など多岐にわたります。各部署とは「東京都ICT戦略」をとおして、これまでの2年間でコミュニケーションを重ねてきました。
こうしたコミュニケーションの積み重ねもスピード感を上げるうえでは重要でしたね。いままでコツコツ取り組んできたことが役立ったので、継続していくとの大事さを強く感じました。
HIP:その後、2019年7月にYahoo!JAPANの元社長で現副都知事の宮坂氏が都の参与としてネットワーク事業などに助言する役割に就任しました。これによりデジタルや情報通信に対する意識も変わりましたか?
天神:かなり変わったと思います。「東京都ICT戦略」の発足当初は、データをオープンにする意義をなかなか職員に理解してもらえなかったのでデータをもらうのも一苦労でした。その理由は、データを抽出して入力するといった作業が負担になるからです。各部署にとっては本業に関係ない仕事ですからね。
だから、こちらの都合で「ただやってもらう」のではなく、未来における必要性や利便性と合わせて説明することを意識していました。「いずれはオープンデータが必要になる」と各部署に地道に伝えてきたのですが、宮坂副都知事が就任したことでより説得力が増したのは事実です。そこから他局の職員の理解もさらに浸透したと感じます。いまでは都全体でデータの活用推進、デジタル化が急速に進んでいることを考えると宮坂副都知事の存在は大きいですね。