INTERVIEW
睡眠に悩む社会人を救いたい。帝人が挑む、企業向け「睡眠力向上プログラム」
佐藤暢彦(帝人株式会社 ヘルスケア戦略推進部門 デジタルヘルス事業推進部 部長) / 増村成嗣(帝人株式会社 デジタルヘルス事業推進部 B2B推進グループ グループリーダー)

INFORMATION

2019.10.30

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働き方改革に伴い、「従業員のヘルスケア」にも注目が高まっている昨今。「従業員の睡眠を改善するプログラム」があるのはご存知だろうか。それが、在宅医療や医薬も手掛けている帝人グループの「Sleep Styles睡眠力向上プログラム」だ。

当初は、BtoC向けの事業モデルとして模索していたが、現在は多くの企業から引き合いのあるプログラムとなっている。BtoB向けに切り替えた経緯には、さまざまなトライアル&エラーがあったそうだ。

今回お話をうかがったのは、プログラムの立ち上げ当初から現在に至るまでの変遷を知る増村成嗣氏と、現在プロジェクトを推し進めるデジタルヘルス事業推進部 部長の佐藤暢彦氏。事業モデルの変更における決断や、そこから事業を軌道に乗せた秘訣を訊いた。


取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 写真:柏木鈴代

国民の5人に1人が睡眠に悩んでいる。従業員の睡眠力を向上させるプログラムとは?

HIP編集部(以下、HIP):昨今、働き方改革によって「従業員のヘルスケア」の注目度が高まっていますが、そのなかでも帝人が「睡眠」に着目されたのはなぜですか?

増村成嗣氏(以下、増村):その理由は、プログラムの構想が生まれた2014年頃までさかのぼります。当時は、「未病」という言葉が一般に浸透し始めた時期で、「発病する前の予防や対策が重要」という考え方が強まっていた。その時流を感じ取り、今後は予防やヘルスケアの分野が伸びていくだろうと予測しました。

ヘルスケアという文脈でいうと、食や運動という分野は「やり尽くされた感」がありますが、「睡眠」はまだそこまで火がついていない。だからこそ、少しのきっかけで一気に広がっていくだろうと思ったんです。

帝人株式会社 デジタルヘルス事業推進部 B2B推進グループ グループリーダーの増村成嗣氏

増村:当時すでに、国民の約5人に1人が睡眠に悩みを抱えているといわれていました。また、グループ会社の帝人ファーマでは、睡眠時無呼吸症候群の企業検診サービスや治療装置のレンタル事業を提供してきた実績がある。

十分に需要が見込め、弊社の強みも生かせるだろうということで、「睡眠」の事業を模索し続けました。その結果が、2018年4月に「Sleep Styles睡眠力向上プログラム(以下、Sleep Styles)」のサービス提供につながったんです。

「Sleep Styles」のトップページ(画像提供:帝人)

HIP:「Sleep Styles」は、どういったサービス内容なのでしょうか?

増村:企業で働く従業員の睡眠状態をチェックし、それぞれの傾向に応じたメソッドで睡眠を改善するプログラムです。法制化されているストレスチェックのように、まずはアンケートを行い、個々の睡眠の課題を割り出します。

たとえば、日本人に多い課題が「緊張型」。夜、布団に入っても仕事のことが気になって眠れないような方が当てはまるタイプです。こうした課題をまずは自覚していただき、認知行動療法に基づくアドバイスを受けながら、約8週間かけて睡眠の改善を図るサービスです。

最終的に睡眠の質がどう変化したのかをレポートにして、人事・総務部に提供します。睡眠状況や改善された成果を、部署別に把握していただくことも可能です。

HIP:企業からの反響はいかがでしょうか?

佐藤暢彦氏(以下、佐藤):プログラム自体の引き合いは増えていますし、弊社の睡眠改善インストラクターによるセミナーを開催してほしいという声も多くいただいています。実際、従業員向けにセミナーを開催すると、「トピックは睡眠なのに、社員が一人も寝ないセミナー」としてご好評いただいています(笑)。多くの従業員の方が興味を示してくれるので、世間的に見ても睡眠への関心の高さを実感しますね。

帝人株式会社 ヘルスケア戦略推進部門 デジタルヘルス事業推進部 部長の佐藤暢彦氏

BtoC向けのサービスを模索。集客のために始めたメディアは月間650万PVに成長

HIP:2014年にプログラムの構想が生まれたとのことですが、プロジェクト化に至ったきっかけを教えてください。

増村:きっかけは、2014年度に帝人グループ全体で始まった「イノベーションプロジェクト」という取り組み。このプロジェクトの目的は、従来のビジネスの域を超えた価値創造につながる新事業をつくること。会社全体からアイデアを募り、そのなかで新規事業の種をCEO直轄のプロジェクトとして推進するものでした。そのひとつが、この「睡眠」のプロジェクトだったわけです。

HIP:設立当時はどのようなミッションが与えられていたのでしょうか?

増村:ひとことでいえば、「ビジネスモデルの変革」です。帝人のヘルスケア事業のビジネスモデルはBtoBが主流。そこで、これまでに経験のない健康・予防を念頭に置いたBtoCのモデルを新たに模索したいと。そうすることで、会社として事業の幅を持たせることが大きなミッションでしたね。

HIP:そのために、まずは何から始めたのでしょうか?

増村:「5人に1人が睡眠に関する悩みがある」とはいうものの、どうやってその人たちを見つけ出し、リーチしていくかが難しかった。そこで、まずは「フミナーズ」という睡眠にまつわる多様な話題を扱うウェブメディアを立ち上げて、集客するところから始めました。

BtoCビジネスに長けたスタートアップの方々と協業し、試行錯誤を繰り返した結果、おかげさまでメディアは好調。ローンチから約3年で月間650万PVを稼ぐまでに成長しました。

多くの読者に惜しまれつつ、2019年3月に閉鎖した「フミナーズ」(画像提供:帝人)

HIP:「フミナーズ」はファンも多いメディアでしたし、集客という意味では大成功でしたね。

増村:そうですね。それからしばらくはメディアを続けながら、もともと持っている睡眠に関する知見を組み合わせてBtoCの方向性を探っていました。ところが、ちょうどその頃にいわゆる「WELQ問題」が起きて、メディア全体に猛烈な逆風が吹き始めました。

メディアで築いた基盤を軸に、BtoC事業を本格的に推進しようとしていた矢先だったので正直つらかったですね。そこからは、帝人としてのブランド力を守るためにも、メディア事業はより慎重にならざるを得なくなった。帝人にとってノウハウもナレッジもないBtoC事業でのマネタイズに苦戦する日々が続きました。

多くの人に効率的な睡眠を。「本当の目的」を見直して下した決断が、いまにつながる

HIP:それらを経て、企業向けへと舵を切っていったわけですか?

増村:いきなりシフトしたわけではありません。ただ、世間では「働き方改革」や「健康経営」といったキーワードが産業衛生の分野でますます重要視されるようになっていました。

このように時代が少しずつ変化していくなかで、一旦BtoCの事業モデルに固執せず、「エンドユーザーに届ける方法」という観点で考えることにしたんです。「対企業」ならば、帝人がいままで培ってきたノウハウを活かせることはわかっている。そこで、「企業の従業員向け」のサービスがいいのではないかと。いわば、BtoBtoCですね。

HIP:なるほど。その決断がいまの「Sleep Styles」の事業モデルにつながるんですね。

増村:はい。実際に、企業の方にお話をうかがってみると、社員の集中力や生産性の低下に問題意識を抱えているという声がありました。それで、本格的に「対企業」に舵を切り始めたんです。

結果的にBtoCの事業はつくれず、「フミナーズ」も閉鎖しました。ただ、その選択に後悔はしていません。なぜなら、事業モデルという「かたち」をつくることが、「本当の目的」ではないからです。このプロジェクトの最大の目的は、多くの人に効率良く睡眠してもらい、生活習慣を改善してもらうこと。

そしてその目的を達成するには、型にとらわれずにチャレンジすることが重要になってくる。それに気づけたのは、プロジェクトでスタートアップとの協業が増えたことが大いに影響していますね。

スタートアップとの協業で得た、学びと戸惑い。帝人が慎重にならざるを得ない理由とは?

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