INTERVIEW
高齢者の本音を追求した新たな手押し車。スズキが実践したデザイン思考とは
ラジャ・ゴピナス(スズキ株式会社 電動モビリティ開発部 eモビリティ開発課) / 和田昌祥(スズキ株式会社 電動モビリティ開発部 eモビリティ開発課)

INFORMATION

2019.05.10

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日本が世界に誇る自動車メーカー、スズキ。同社が、長らく高齢者向けのモビリティ(乗り物)開発に取り組んでいることをご存知だろうか。その代表製品が、1974年から製造販売している電動車いすだ。運転免許不要で歩道を走れる電動車いす業界において、つねにトップのシェアを誇っている。

そんなスズキから新たな高齢者向けモビリティとして、「kupo」が発表された。手押し車のような歩行補助車から電動車いすに「変形」する、これまでに類を見ないコンセプトモデルだ。新たなモビリティ提案の模索のために、特別に発足させた若手だけの専門チームが、半年間、シリコンバレーに渡った。そこでデザイン思考を学びながら綿密な現地調査を行った末、kupoは誕生した。

既存のモビリティの常識にとらわれないアイデアは、高齢者の生の声をヒントに生まれたという。どのような方法で、ユーザーの「本音」を聞き出したのだろうか。kupoのプロジェクトチームのラジャ・ゴピナス氏と和田昌祥氏にお話をうかがった。


取材・文:野口直希 写真:玉村敬太

移動手段ではなく「ヘルスケア」。目的は、高齢者に自分の足で歩いてもらうこと

HIP編集部(以下、HIP):kupoはどのようなモビリティなのでしょうか。

和田昌祥氏(以下、和田):最大の特徴は、「プッシュモード」と「ドライブモード」の二つに変形できることです。「プッシュモード」は、電動アシストでご高齢の方でも負担を感じることなく、手押しで歩くことができるショッピングカート型の形態。歩き疲れたら、「ドライブモード」にすると電動車いす型に変形し、kupoに乗って移動することができます。

2018年11年に公表されたkupoのデザイン。左がプッシュモード、右がドライブモード(提供:スズキ株式会社)

和田:たとえば、買い物に出かけるときは、「プッシュモード」で手押し車のように使っていただく。その後、歩き疲れて買い物の荷物も多くなる帰宅時には、「ドライブモード」で安全に移動していただくイメージです。

スズキ株式会社 電動モビリティ開発部 eモビリティ開発課 和田昌祥氏

HIP:スズキは長年、電動車いすの「セニアカー」を開発しています。セニアカーの課題を解決するために、kupoが生まれたのでしょうか。

セニアカーET4D(提供:スズキ株式会社)

ラジャ・ゴピナス(以下、ラジャ):そういうわけではありません。そもそもkupoとセニアカーは、まったくコンセプトが違うんですよ。セニアカーは高齢の方でも負担なく行動するための「移動手段」。一方、kupoは健康を促進するための「ヘルスケア」として開発しました。

スズキ株式会社 電動モビリティ開発部 eモビリティ開発課 ラジャ・ゴピナス氏

HIP:「ヘルスケア」ですか。

ラジャ:はい。kupoは単なる乗り物ではなく、あくまで「プッシュモード」がメインの電動の手押し車です。高齢者の方は、歩かなくなってしまうと足腰が弱くなる。すると、余計に出かけなくなり、さらに弱ってしまうという悪循環に陥って、最悪の場合は寝たきりになってしまうこともあるんです。だからkupoは、なるべく自分の足で歩いてもらうことを目的にしています。

ユーザー体験を劇的に変えるために。本場シリコンバレーで学んだデザイン思考

HIP:そもそも、これまで「乗り物」を開発してきたスズキですが、なぜ手押し車に行き着いたのでしょうか。

ラジャ:じつはご高齢の方々へのインタビューを通じて、多くの方が「自分の足で歩きたい」と感じていることがわかったんです。これまで私たちは「足腰が弱くなった人を楽に移動させてあげたい」と思って製品開発をしていました。しかし、それはユーザーが抱える第一のニーズではなかったんです。

HIP:高齢者の方が「自分の足で歩きたがっている」というのは意外な発見ですね。

ラジャ:スズキグループには、「消費者の立場になって価値ある製品を作ろう」という社是があります。今回の開発プロジェクトでは、その重要性にあらためて気づかされました。

このプロジェクトのゴールは、高齢者のニーズに基づいた新たなモビリティを開発すること。当社の電動車いすは、おかげさまで1974年から販売しているロングセラー商品です。しかし、近年は技術的な進化にとどまり、ユーザー体験を劇的に変えるほどのアップデートはしていませんでした。

そこで、ユーザーが求める新たな製品像を探すために、シリコンバレー流の「デザイン思考」を6か月間、現地で学ぼうと。「デザイン思考」とは、顧客視点でモノやサービスを考えることで、まさにスズキの社是に通じる思考なんです。本場の知見を吸収すべく、私たちを含めた若手3名がシリコンバレーに渡りました。

シリコンバレーの高齢者にインタビューしている様子(提供:スズキ株式会社)

HIP:シリコンバレーではどんな活動を行ったのでしょうか。

ラジャ:まずは、現地パートナーだったベンチャーキャピタルのWiLから、シリコンバレーでの活動方法やデザイン思考についてレクチャーを受けました。そこで学んだことを活かしながら、実際にプロトタイプ(模型)の制作を進めていきました。

シリコンバレーの企業が大事にするのは「とにかく失敗すること」。ユーザーの声を起点に早い段階から簡易的なプロトタイプをつくり、それをもとに修正を繰り返すのが一般的です。その手法なら開発コストも抑えられますし、スピーディーかつ確実にユーザーが求める製品づくりができます。だから、街頭やカフェでターゲット層の方にインタビューをするのが当たり前なんです。

私たちもそれにならって、たくさんの意見をいただきました。その場でイラスト化して、良さそうなアイデアがあれば、事務所に戻ってダンボールで試作品をつくる。ひたすらその繰り返しです。

するとどんどん課題が見つかり、スピーディーかつ着実に、ユーザーが求めている製品へと近づけることができるんです。

和田:日本にいた頃は、試作するにはまずきちんと図面を描いてから試作するのが当たり前だったので、そのスピード感は新鮮でしたね。

「私は歩けるから歩くんだ!」と怒鳴られた。インタビューで知った高齢者の本音

HIP:たしかに、日本の製造業ではあまり浸透していないやり方ですね。実践形式でデザイン思考を学ぶなかで、とくに大変だと感じたことはありますか。

和田:やはり最初のほうは、インタビューが大変でしたね。日本にいた頃は、街頭やカフェで直接お話をうかがう経験なんてほとんどなかったので。しかも、英語の勉強をしながらだったのでかなり苦戦しました。

実際、お話をうかがった方に怒られてしまったこともあります。シリコンバレーの街中で歩行器を押しているおばあさんから、「私は歩けるから歩くんだ。当然じゃないか!」と怒鳴られたんです。

私の英語力がつたなかったこともあり、質問のニュアンスが適切ではなかったのかもしれません。当時はとても落ち込みましたね。でも、いま振り返れば、製品のあり方を根本から見つめ直す良いきっかけになりましたね。

ラジャ:その後も、「自分の足で歩きたい」という高齢者のご意見は、至るところで耳に入ってきました。

私たちはユーザーの生の声を聞くために、歩行器を販売する店舗でボランティアとして働いてみたんです。すると多くのお客さまが手押し車を購入し、電動車いすには目もくれなかった。なぜ手押し車を買うのか聞いてみると、「車いすを移動手段にしようと考えたことはないね。座って移動したいのではなく、歩いて移動したいから」とおっしゃるんです。

衝撃を受けました。それまで私たちは「電動車いすをいかに使いやすく改良するか」ばかりを考えてきました。しかし、そもそもその発想が間違っていた。高齢者の移動を楽にするのではなく、彼らが「自分の足で歩きたくなる」モビリティをつくらなければならないと気づいたんです。

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