INTERVIEW
サントリーがスタートアップに託した2030年の未来。サントリーのCVC・未来事業開発部
青木幹夫(サントリーホールディングス株式会社 未来事業開発部 部長)

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2023.07.31

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キーワードは「習慣化」

HIP:現在、出資先にはどのようなスタートアップがあるのですか? また、どのような協業を進めているのか教えてください。

青木:たとえば、習慣化プラットフォーム「Smart Habit」を提供しているWizWeがあります。事業は、オンライン英会話に入会した人に対して、オンボーディングを行い、英会話を途中で投げ出さないようにサポートするシステムの提供です。

WizWeが開発した「Smart Habit」のサービスのイメージ(ウェブサイトはこちら

それとほぼ同時期に、S’UIMINにも出資しています。同社は、睡眠研究の権威である筑波大教授・柳沢正史氏が代表を務め、病院レベルの睡眠測定を家庭でもできるサービスを提供。ノンレム睡眠の深さ(3段階)まで測定することが可能です。しかし、計測ができても睡眠の質の向上といったソリューションまでは提供できていませんでした。

そこで、WizWeの習慣化を実現させるサービスと、睡眠領域の専門企業であるS’UIMINが協業し、睡眠改善プログラムの実証実験を行なっています。

HIP:投資先となるスタートアップ間での連携ですか。

青木:はい。また連携するだけで終わらせるのではなく、サントリー側との事業シナジーも考えています。というのは、サントリーウエルネスでも睡眠のためのサプリなどを販売しているからです。

そのほかに、昨年の11月に出資したRem3dy(レメディ)というイギリスのスタートアップも興味をもっていただける企業だと思います。代表的な商品が「NOURISH3D(ナリッシュト)」というのですが、これは3Dプリンターで購入客ごとにパーソナライズされたグミをつくってくれるサービスです。

左側に写っているのがRem3dyの七角形のグミ。ユーザーの希望をもとに、グミにサプリメントを練り込むため、一度に複数のサプリメントを簡単に摂取できる(ウェブサイトはこちら

どこから海外スタートアップの情報を入手する?

HIP:サントリーの既存事業と近い領域のスタートアップへの投資実績もありますか。

青木:エシカル・スピリッツというスタートアップに出資したのですが、同社では酒粕やカカオの殻などの素材を用いてクラフトジンの生産を行なっています。

彼らがすごいのは、単なるサステナブルな取り組みにとどまらず、提供しているクラフトジンの質が高いことです。これは循環型経済の実現にも有効だと考え、出資を決定したケースになります。

HIP:ここまでRem3dyのような海外のスタートアップの名前も出ましたが、その情報はどのように収集しているのでしょうか。

青木:いくつか方法はありますが、一番手堅いのはVCにLP出資して、関係性を築いてからソーシングを依頼するといったかたちです。また、VCが出資をしているスタートアップのなかで、サントリーが協業できそうな企業を紹介してもらうこともあります。

ソーシングを手がけているコンサルティング会社などもあり、とくにフードテックを深掘りしているコンサルティング会社などに出資先候補となるロングリスト(投資側の希望に適いそうな投資先候補の一覧)を出してもらいます。

そのうえで、こちらで精度を高めたショートリスト(ロングリストから具体的に検討したい投資先の一覧)に絞り込んで探す場合もあります。

「専門性」がこれからの成長を決める

HIP:投資するケースでは、キャピタルゲインを狙う方向か、事業シナジーを狙う方向か、方針などあれば教えてください。

青木:2030年のサントリーを担う成長事業の確立を目指しているので、事業シナジーが目的になっています。実績に関しては先ほどもお伝えした、WizWeとS’UIMIN、サントリーの3社で行なった実証実験ですね。この実証実験をベースにして睡眠改善プログラムをつくろうと検討しています。

イギリスのRem3dyに関しては、すでにグミという商品がありますので、サントリーウエルネスとの協業を見据えながら、グミによる価値提供を日本でも検証を検討中です。未来事業開発部が設立されて2年、出資も同じく2年が経ちました。今後は市場に出てスケールできる、商品・サービスを届けていきたいと考えています。

HIP:スタートアップへの投資において、重視されているポイントはありますか?

青木:まだまだ学びの段階で、確立しているわけではありませんが、まず協業が見込めるかはしっかり見ていますね。事業計画的に成長が見込めるかもチェックしています。最近では、スタートアップの経営陣の専門性も判断材料にしています。専門性がないと、市場で勝ち残ることは難しいですから。

また、PMF(Product Market Fit)も重視していますね。オープンイノベーションを進めるうえで、スタートアップがリスクをとってチャレンジしている技術と、サントリーのアセットとを組み合わせるわけですが、その技術がすでに市場に受け入れられているものかはよく見極めなくてはなりません。

HIP:スタートアップ投資に関する最終的な意思決定について教えてください。

青木:提案はボトムアップで、私のレイヤーで絞り込んでから、最終決定は役員が行なっています。スタートアップと面談をして投資を決定するまでは、ざっくりですが3か月ほどです。

協業できるかを検討しながら、期待できるスタートアップと秘密保持契約を結び、さらに詳しく情報を精査していきます。その結果、投資を進められると判断できれば、出資・連携を開始するという流れです。

「社外パートナー」がボトルネックを解決する

HIP:CVCは単年度で成果を出しづらいという側面があります。

青木:そうですね。しかし、基本的には単年度の評価には縛られていません。2030年のサントリーを担う成長事業の確立を目指すなかで、中長期的な視点で動いています。定期的に経営幹部には進捗の報告をしていますが、成果が出るまで時間がかかることは経営幹部にも事前に理解してもらっています。

HIP: 未来事業開発部にはどのような人材が所属していますか? 企業によっては、CVCでスタートアップ投資に長けた人材を集める場合もありますが。

青木:われわれもさまざまな部署、社内外から人材が集まっています。お酒の営業や飲料のブランドマネージャーを務めていたメンバーもいますね。そのほか、社内公募で異動したメンバー、経験採用でジョインしたメンバーもいます。じつは、私自身も経験入社組で、以前は官公庁で働いていました。

HIP:社内外から多種多様なバックボーンの人材が集結しているんですね。未来事業開発部はCVCの機能もある部署ですので、金融の知識をもった人材も必要では?

青木:金融の専門知識については、外部のパートナー企業と連携しています。Sozo Venturesというシリコンバレーを拠点とするVCに以前から出資している関係もあり、スタートアップに出資するためのチェック方法や、ソーシングのやり方などをレクチャーしてもらっています。

HIP:大企業とスタートアップによるオープンイノベーションは、「大企業側の担当者の社内異動」がボトルネックの1つになるという話もよく聞きます。

青木:未来事業開発部に関しては、部署が立ち上がってまだ2年しか経っておらず、人員も補強している段階ですので「異動した社員がまだいない」というのが実態です。現状での対策としては、ナレッジマネジメントを意識しており、暗黙知を形式知化することで一人の経験を部のメンバー全員で共有できるようにしています。

さらに、出資や事業開発における判断を、部内で共有できるような取り組みも進めています。一人が複数の案件を担当してお互いにカバーしあうことで、仮に担当者が1人外れたとしても、ほかの社員が対応できる仕組みを、少しずつですが構築していますね。

HIP:スタートアップとの協業において、サントリー社内のリソースやアセットを活用できそうですが、いかがでしょう?

青木:社内に向けた情報発信は大切にしています。WizWeやS’UIMINと睡眠改善プログラムの実証実験を行なった際は、サントリーウエルネスに進捗をしっかりと共有していました。また、社内のポータルサイトを使って、どんなスタートアップに出資をしたか、どんな取り組みをしているかを積極的に共有するようにしています。

HIP:それでは最後に、サントリーのCVC機能をもつ未来事業開発部の強みを教えてください。

青木:サントリーグループは100年以上続く「やってみなはれ」の精神で、チャレンジできる環境があります。飲料開発や健康に関する知見を持っていますし、飲食店とのつながり、消費者との接点もある企業です。スポーツチームとの連携も取れますし、海外拠点があるためグローバルなネットワークも構築しています。

そうした特徴を活用しながら、スタートアップとオープンイノベーションを生み出し、サービス・商品をスケールさせていくことができる点は大きな強みになっていると思います。食や健康、あるいはAIといった新たな領域でも、サントリーの成長に寄与する新たな事業が必ず生まれると確信しています。

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プロフィール

青木幹夫(サントリーホールディングス株式会社 未来事業開発部 部長)

1994年、東京大学経済学部卒業後、官公庁に勤務。2020年にサントリーホールディングス入社、2021年より同社未来事業開発部 部長としてCVC部門の指揮を執る。

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