INTERVIEW
世界最高レベルの冷却性能素材。大阪ガス×WiL推進のSPACECOOL
宝珠山卓志 / 末光真大 / 夘瀧高久(SPACECOOL株式会社)

INFORMATION

2021.08.26

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2021年4月、大阪ガスとWiLのジョイントベンチャー(以下、JV)として設立されたSPACECOOL株式会社。同社が開発・販売する放射冷却素材「SPACECOOL」は、世界最高級の放射冷却性能を誇る新素材として、「熱」に課題を持つ各方面から注目を集めている。

もともと大阪ガスの研究によって生まれた新素材だが、エネルギー事業者である同社が、なぜエネルギーを消費しない冷却素材の開発へと至ったのか。また、なぜ自社の事業ではなく、JVという体制を選択したのか。

今回、同社の代表を務めるWiLの宝珠山卓志氏、大阪ガスから出向した同テクニカル本部長の末光真大氏、同アライアンス本部長の夘瀧高久氏に、SPACECOOLの構想の起点から事業化までの道のりをうかがった。そこで語られた、大企業発の新規事業がベンチャーライクに進めていくための工夫や意識とは?


取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 写真:玉村敬太

熱を宇宙に捨て、物や人を冷やす。新素材SPACECOOLとは?

HIP編集部(以下、HIP):まず、SPACECOOLという新素材の特徴を教えてください。

末光真大氏(以下、末光):わかりやすくいうと「物を冷やすフィルム」ですね。具体的には「放射冷却」という現象を使い、暑熱環境から人や物を守ります。

放射冷却とは、地球上の熱が宇宙に放出されて、大気が冷却される現象。たとえば、昼間は太陽光が地表を温めるので、それによって気温も上がる。一方で、夜になると太陽光がなくなるので、地表の熱は赤外線(電磁波)として宇宙に放出され、気温も下がります。

このように地表の熱が、宇宙に放出されて冷えるのが放射冷却の特徴で、それを素材で再現できるのがSPACECOOLです。要するに、熱のインプット以上にアウトプットを生み出す素材で、ユニットハウスやテントなどに利用すると、心地良い涼しさを実現することができます。

SPACECOOLの原理図。放射冷却とは、地球上の熱が輻射によって宇宙に放出され冷却される現象。大阪ガスは光学制御技術を用いて、太陽光の入熱を抑えながらも輻射による放熱を大きくした材料設計を行うことで、放射冷却素材「SPACECOOL」の開発に成功した(画像提供:SPACECOOL)
株式会社SPACECOOL テクニカル本部長の末光真大氏

HIP:宇宙に……。それでSPACECOOLという名前なんですね。

末光:はい。これを使うことで、つねに素材の外側の気温よりも内側の温度が低い状態をつくり出せます。たとえば、従来の遮熱塗料の場合は、外気温に対して内側の温度が10℃から20℃上がってしまうのに対し、SPACECOOLはつねに外気温より2〜4℃低くすることができるんです。

用途としては、ハウステントの素材や物流トラックの荷台のシート、屋外機器をカバーするシートなどへの活用が期待されます。たとえば、SPACECOOLを用いたテントを災害時に使ってもらえれば、空調機がなくても被災者やボランティアの熱中症を緩和できます。

また、トラックならエネルギーを使わずに荷台のなかの物を熱から守ることが可能ですし、屋上にある分電盤などの機械の熱暴走を防ぐこともできると考えています。

HIP:今年から素材の販売をスタートさせたということですが、反響はいかがでしょうか?

夘瀧高久氏(以下、夘瀧):現時点では正式に広く販売するのではなく、有償サンプルというかたちで限定的にパートナー企業に販売しています。ゼネコンや物流会社、機械・電気メーカーなどにまずは使っていただき、評価していただいているというフェーズですね。

SPACECOOLのホームページに掲載されている用途例の一覧
株式会社SPACECOOL アライアンス本部長の夘瀧高久氏

意思決定を大阪ガスから切り離す。ジョイントベンチャー設立を選択した理由

HIP:そもそも、なぜ大阪ガスは放射冷却を可能にする素材を開発し、事業化しようと思ったのでしょうか?

末光:大阪ガスは2013年頃から熱を使った発電技術の研究を開始していました。物を温めたときに出てくる赤外線を電力へと変換する研究で、私も従事していたんです。

この赤外線を制御する技術は、放射冷却のメカニズムに近いこともあり、夏場の熱射対策の素材開発にも応用できるのではないかとぼんやり考えていました。

そんな折、2014年に科学誌『Nature』でスタンフォード大学が放射冷却を可能にする技術の論文を発表したんです。そこでぼんやり考えていたアイデアが実現可能だと確信し、2017年から本格的に放射冷却素材の開発をスタートさせることになりました。当時、日本でも夏の猛暑が問題視されていて、この「社会の負」を解決するためのシーズになるのではないかと考えたんです。

HIP:そのアイデアを事業化しようと。ただ、現在SPACECOOLは大阪ガスの単独事業ではなく、ベンチャーキャピタル「WiL」とのJVですよね。どのような経緯で、いまの体制になったのかが気になります。

末光:放射冷却技術のビジネス化にあたり、当時の大阪ガス副社長だった藤原正隆(現・代表取締役社長)から「この事業は、ベンチャーライクに進めたほうが良い」という話が出ました。従来の大阪ガスのやり方ではなく、よりスピード感を持って事業化したいと。

そこで、オープンイノベーションを推進しているWiLさんに相談をしたという経緯ですね。大阪ガスはWiLが運営するベンチャー投資ファンドに出資するなど、もともとパートナーの関係だったので相談しやすかったのもあって。それから、さまざまな協議を経て、2020年から本格的に共創がスタートしました。

宝珠山卓志氏(以下、宝珠山):「じゃあ、一緒に検討しましょうか?」という話になったのが2020年の2月頃で、それから3か月くらいで事業計画をまとめて大阪ガスに報告して、という流れでした。どのような事業体制にするかは、紆余曲折はありましたが、最終的にWiL側が51%の株式を持つJVを設立するということで決着しました。

JVに踏み切れた要因としては、SPACECOOLの素材の特性も大きかったと思います。工場を所有せずに生産することができるので、大規模な設備投資が必要なかった。そうなると、資金面で大企業の強みを生かせる場面も少ないため、JVという形式を選択できたんです。

株式会社SPACECOOL 代表取締役社長の宝珠山卓志氏

HIP:もともと大阪ガス側のアイデアにもかかわらず、WiLよりも株式の保有が少ない理由はなんですか?

宝珠山:大阪ガスさん側の意向ですね。大阪ガスの傘下という位置づけですと、ことあるごとに本部への確認が必要になったり、場合によっては稟議をとおす必要性も出てきたりするはず。ですから、切り離した組織にすることで、意思決定のスピードを上げる狙いがありました。

また、大阪ガス側は技術力や営業力に長けたメンバーが揃っていた反面、ベンチャー経営の経験者がいなかった。それで、その経験のある私が代表になったのです。現在は、私が経営面を見つつ、開発・販売という事業の基盤を大阪ガス組が主導で進めている座組みです。

ベンチャー発と大企業発の新規事業の違い。後者の最大の利点とは?

HIP:なるほど。ちなみにWiL側としては、このビジネスの可能性や将来性をどのように評価していたのでしょうか?

宝珠山:とても大きな可能性を感じました。この素材は応用できる分野が幅広いですし、暑熱に対する課題は日本だけでなく、世界中の国々が抱えています。とくに、赤道直下の地域などでは年間を通じてニーズがある。これは十分にチャレンジする価値があると考えました。

正直、個人的には「そもそも放射冷却ってなに? そんなことが可能なの?」と最初は思っていました。しかし、実際に試してみると本当に効果を実感できましたし、しっかりと論文や特許によってエビデンスが確立されている技術です。なにより、大阪ガスという大企業の後ろ盾があるというのも大きかったですね。

虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー内のインキュベーションセンター「ARCH」に併設されているWILのオフィス

HIP:たしかに、いきなり「SPACECOOL」と聞くと、怪しげな印象を持つ人もいるかもしれません。

宝珠山:そう、若干の胡散臭さを感じる人もいると思うんですよ(笑)。仮に、名もないベンチャー企業がこれをやるとなると、信憑性という点で不安が残りますよね。

その点、大阪ガスには自社でいくつもの研究所を持っていて、長年にわたりさまざまな基礎研究を行ってきました。SPACECOOLもそこから生まれた新素材ということで、初めからさまざまな企業に信用していただき、使っていただけているのではないかと思います。

やはりベンチャー発の新事業と、大企業発の新規事業を比べると、後者のほうが企業の信頼性や安心感において、かなりアドバンテージがありますからね。

大企業発の新規事業が、ベンチャーライクに推進していくうえで持つべき意識とは?

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