1936年創業の総合セラミックスメーカー、日本特殊陶業。エンジンに欠かせない部品のひとつであるスパークプラグでは世界トップシェアを誇る。
そんな歴史も実績もある同社が、初の社内ベンチャー企業「シェアリングファクトリー」を起ち上げた。手掛けるのは、BtoBのマッチングビジネス。工場間で機材などを貸し借りしたり、売買したりするプラットフォームを運営している。
新事業の舵を取るのは、長谷川祐貴氏。その始まりは、入社以来携わっていた事業の撤退がきっかけだという。製造業を生業とする歴史ある会社で、新しいことにチャレンジする難しさと成功の秘訣について話をうかがった。
取材・文:笹林司 写真:玉村敬太
工場の困りごとを解決する。シェアリングファクトリーの画期的な事業内容とは
HIP編集部(以下、HIP):まず、シェアリングファクトリーのビジネスモデルを教えてください。
長谷川祐貴氏(以下、長谷川):事業内容をひとことで表せば、「⼯場の困りごとをシェアリングで解決するサービス」です。
具体的には、工場で使っていなかったり余っていたりする設備機器や計測器の賃借・売買ができるプラットフォームを構築しています。利用者が使用する際の手数料がシェアリングファクトリーの利益となります。大きなものでは1,300万円の設備機器の売買がありました。逆に、数百円の機器も取り扱っています。
HIP:いわば、メルカリの設備機器版といったところですね。ありそうでなかったアイデアだと感じます。
長谷川:製造業は設備機器を抱え込んでいるがゆえに、急激な需要の変化やトレンドの流れに対応できずに廃業してしまうといった課題を抱えています。
一方で、ものづくり系のスタートアップが新規参入したくても、初期の設備投資が難しい。ならば、製造業の工場の設備機器を使えるシェアリングサービスがあれば解決するかもしれないといった考えから、事業の立ち上げを思いつきました。
※設備・計測器のシェアリング紹介の公式動画(YouTube)
HIP:シェアリングファクトリーは、日本特殊陶業で初めて誕生した社内ベンチャー企業とうかがいました。長谷川さんが主導となり立ち上げたそうですが、設立までの経緯を教えていただけますか。
長谷川:新規事業にチャレンジしたきっかけは、私の担当していた既存事業の撤退です。私は1998年に日本特殊陶業に入社しました。配属されたのは半導体部品事業部。パソコンが発する熱を逃がす樹脂製のパッケージ素材を開発・製造する部署で、品質改良や新工場の立ち上げなどに携わりました。
2007年頃までは売上も良かったのですが、新興国のメーカーとの競争などもあり徐々に売上が低下。また、自分自身も半導体事業のキャリアしかなかったので、危機感はありました。昔から経営にも興味があったので、中小企業診断士の資格を取ったりもしました。そんななか、2016年に撤退の判断が下されました。
HIP:おそれていたことが、実際に起きてしまったと。
長谷川:はい。それがきっかけで半導体に一区切りつけ、何か新しいことをやりたいと思ったんです。ただ、自分の事業部以外のことはよく知らなかったので、具体的に「何をやりたいか」は、正直、何も思いつかなかった。そんなときに知ったのが、社内公募の第6回「DNAプロジェクト」でした。
自分のような事業撤退の経験を、ほかの中小企業にはさせたくない
HIP:「DNAプロジェクト」とは?
長谷川:ひとことで説明するなら、イノベーティブな新規事業の立ち上げを目的にしたプロジェクトです。まず、新規事業に携わりたい社員を募集し、上層部が15名の人材を選考。そのなかでチームを組み、1年間かけて新規事業創出のためのノウハウを学びます。最終的に事業アイデアを提出し、その案が採用されたら、提出したチームが責任をもって事業化するんです。
私も「何をやりたいか」は具体的になくとも、新しい事業を起こしたい気持ちはあったので、立候補しました。結果的に事業化できたのがシェアリングファクトリーです。
HIP:プロジェクトに参加してから、どのようにシェアリングファクトリーのアイデアに行き着いたのでしょうか?
長谷川:何か良いアイデアはないかと考えているときに、世の中で徐々にシェアリングサービスが出はじめていることを知ったんです。2016年頃の話なので現在ほど活発ではありませんでしたが、その萌芽が確実に生まれていた頃です。
日本特殊陶業内でも、さまざまな機械が有効活用されていない現実があったので、うまくシェアリングできれば、ビジネスチャンスになるのではないかと考え、現在のサービスを思いつきました。
また、プロジェクトメンバーとは、「製造業が多い日本だからこそ、国内のものづくりを強くする事業をやろう」という意見が一致していた。私も事業の撤退を一度経験しています。同じような思いをする中小企業を少しでも減らしたいという気持ちもあったんです。
HIP:実際に、設備機器類をシェアリングしたいという需要はあったのですか。
長谷川:いえ、アイデア段階では机上の空論でした。実際の需要を見つけるのにはかなり苦労しましたよ。設備機器といっても多種多様ですし、実際に取引されるであろう設備機器を挙げていくと、その数の多さに訳がわからなくなることもあった。徐々に迷走して、サービスとしてローンチするのは無理なんじゃないかと思う時期もありましたね。
工場前でアポイントの電話。本音を聞くために取り組んだ現場巡り
HIP:そういった時期を乗り越えて、事業化の可能性を感じ取った。そのきっかけは何だったのでしょうか?
長谷川:手応えを感じるようになったのは、実際に現場を巡るようになってからですね。最初は需要があるかメールでアンケートを取っていました。でも、それだと答えてくれる人も限られますし、本音かどうかもわかりません。だから、実際に工場や企業の訪問も行うようにしたんです。
事前に電話でアポを取ろうとすると「忙しいから」といってなかなかOKしてもらえないので、工場の前から電話していました。ほとんど飛び込みなので、まさに「体当たり」です。「いま、工場の前にいるんです」と言えば、結構、会ってもらえましたね(笑)。
HIP:実際にどんなことを聞いて回ったのでしょうか?
長谷川:うかがった工場や企業では、ストレートに「何かシェアできるものはありますか?」と聞きました。すると、やはり普段は使ってない機器類や工具がいくつかあったんです。そのなかで大きな発見となったのが、ある企業が持っていた三次元測定機です。
HIP:物体のサイズや位置関係、輪郭などを高精度に測定できる機器ですよね。
長谷川:はい。加工品の品質保証としての測定機器ですが、工場で使うようなものは、1,000万円以上するものも珍しくありません。
その工場の方に、三次元測定器を必要としている別の工場の話をして、「その三次元測定機を貸すことはできますか」と尋ねたら「貸せる」との返答があったんです。この出来事で貸したい人と借りたい人の需要はあると確信。事業を大きく推し進めるきっかけになりました。