強い組織をつくるには優秀な人間を集めるだけでは無理。大事なのは「個性の組み合わせ」
HIP:セブン・ラボの立ち上げメンバーは、50代前後のベテラン男性社員5人。それぞれに強みを持ち、チームに多様性があることが強みだとうかがいましたが、どういった基準で人選を行ったのか教えてください。
舟竹:人事は、つまるところ「組み合わせ」だと思うんです。イノベーティブでスタートアップに明るい、優秀な人間だけを集めたからといって、イノベーションを起こせるとは思いません。
社外から情報を集める人、分析力に長けた人、かたちにできるアイデアマン、社内の巻き込み力がある人、メンバーの潤滑油になれる人。それぞれの個性が上手く組み合わさることで、これまでの社内では生まれなかった、イノベーティブな仕事が実現するのだと思います。
HIP:そんなセブン・ラボが社内に新しい風を吹かせるために、まずどこから手をつけていったのでしょうか。
舟竹:彼らに課したミッションは2つあります。1つは、外へ出て人脈を広げつつ情報を集め、それを社内につなげることです。たとえば、新しいチャレンジを考えている部署がセブン・ラボに相談すれば、そのチャレンジを実現するために最適なスタートアップを紹介してくれる。
もう1つは、会社全体にイノベーションの風土を根づかせること。セブン・ラボだけがイノベーティブなのではなく、会社全体に「新しいことをやっている」雰囲気が生まれ、やりたいことがある社員がチャレンジできる環境でなくてはいけません。
セブン・ラボの初期メンバー5人は経験豊富ですが、特別ではない。昨日までは隣の席で一緒に仕事をしていた社員です。そんな彼らが外の知見を得て、イノベーションの必要性や魅力をほかの社員に伝える。そうやって、徐々に会社全体の温度が上がり、セブン・ラボ以外からも業務を改善、変革するアイデアや、新規事業にチャレンジしたいという声が次から次に上がってくるようになればいいですね。
2万4,000台以上のATMを、イノベーションを起こすためのプラットフォームにしたい。
HIP:セブン・ラボの活躍もあり、セブン銀行ではドレミング株式会社との協業による「リアルタイム振込サービス」や株式会社フーモアとの協業による「セブンコンシェルジュ」をローンチするなど、数々の新規事業が立ち上がりました。セブン銀行は、今後どのような展開を考えていますか。
舟竹:お金、特に現金をいかに便利に流通させるかが、セブン銀行の大きな役割の一つです。当然、そこの利便性を高めることは考えています。
決済手段としてキャッシュレス化の流れはありますが、それも、ハッキングなどによる不正使用を抑える安全性が担保され、最終的には現金と交換できることが保証された安心感があってこそ。セブン銀行のATMは、お金に関する安心・安全を保証する重要なチャネルとして位置づけて、デジタル決済やキャッシュレス化の広がりに貢献する役割があると思っています。
HIP:全国に設置された約2万4,000台のATMは、すでに社会インフラの域に達しています。セブン銀行の圧倒的なリソースを活かしたイノベーションも期待されるのではないでしょうか。
舟竹:私たちも、自らの強みはATMだと考えています。インフラであると同時に、これからはプラットフォームとしても活かせるはずです。しかし、その強みを自分たちで活かそうとすると、どうしても視野が狭くなる。外部に開放して「このATMとネットワークを使って何ができるか、われわれと一緒に考えませんか」という気持ちです。社内のアイデアと外部の知見がコラボレーションして、社会に対して新しい価値を生み出していく。オープンイノベーションによって、今後のビジネスの展開が広がることを期待しています。
天才が起こすイノベーションだけでなく、普通の社員が毎日少しずつ起こすイノベーションもある。
HIP:舟竹さんの経験から、企業がイノベーションを加速させるために必要なことを教えていただけますか。
舟竹:重要なことは2つだけ。まずは、トップの意志です。企業はサラリーマン社会なので、下に任せているだけでは組織が動かない。動けないと言ったほうが正しいかもしれません。そういった意味では、会社がどれほどイノベーションを必要としているのか、トップが明確にしておく必要があります。
そして2つ目は、イノベーションが必要な部署に誰を配属するか。組織の運営は基本的に人。配置された人はその組織を象徴します。優秀な人材が強みを活かせる場所に配置されれば、ほかの社員にも本気度が伝わるはずです。逆に言えば、トップの意志がなく、人の配置が上手くいかなかったら、すべて失敗します。
舟竹:イノベーションと声高に叫ぶ企業は増えていますが、そんな大げさに考える必要はないと思っています。会社の制度は「1年たったら疑って、2年たったら見直して、3年たったら廃棄する」くらいがいいともいわれます。成熟期に入った会社は、放っておくと無駄が溜まり、淀みが出てくるものです。無駄なことを排除したり、古い制度を見直したりすることも立派なイノベーションです。
小さなことだと感じるかもしれませんが、そのなかで培われた合理性や効率化、なにより新しい取り組みを成功させた体験が、いずれは大きなイノベーションにつながるはずです。天才が最高のタイミングで起こすイノベーションを求めるのではなく、普通の社員が、毎日、少しずつ革新を起こすことこそが、企業を進化させていくのではないでしょうか。