INTERVIEW
社内コンペに応募1,000件。リクルートの新規事業「育成術」をAirシリーズ統括に聞く
林裕大(株式会社リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 Air事業ユニット Airシリーズ総括プロデューサー)

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2020.01.20

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新しいビジネスモデルへの挑戦。社内の前例より「市場に課題があるか」が重要だった

HIP:具体的にはどんなことに取り組んだのでしょうか。

:まずはコミュニケーションフローを整備しました。決裁のフローを整備したり、情報を全体へ周知する仕組みや、現場から意見を吸い上げる仕組みをつくったり。また、属人的に抱えている仕事もたくさんあったので、それを一つひとつ分解して整理・ドキュメント化し、個人ではなく組織・チームで回す運用に変えました。

また、「商うを、自由に。」というAirシリーズのビジョンやブランドステートメントは、言葉が抽象的であるがゆえに解釈にバラつきが出たり、思い描くゴールが違っていたりという課題もありました。これに対しても、全体会議の場で繰り返しビジョンの話をしたり、わかりにくい部分は言語化したり、案件一つひとつにブランド観点からのレビューフローを入れたりすることで、価値観が共通化するように運用を強化しました。

ポイントだと思っていたのは、「全体としてのチーム感」をいかに醸成するかということ。当初から共通のビジョンを掲げてはいたはずなのですが、企画、開発、営業、マーケティング、ヘルプデスクといった職能ごとに、それぞれ自チームの目標を第一に動いていました。そのために、部署間でのコミュニケーションは生まれず、伝えたい意見があっても遠慮しているような状況があった。

これを打破するために、複数部署をまたぐ案件には必ず定期的なミーティングを入れたり、組織図を変えたり、席替えを頻繁にしたり、各現場が持っている顧客の声を集めるチームをつくったり、コミュニケーションが自然と発生するような地道な取り組みを行いました。

HIP:本当に細やかに、さまざまな取り組みをされているのですね。効果のほどはいかがでしょうか。

:フロアでの会話量は増えてきていますし、メンバー間で話している事業イメージも想定していたものになりつつあるなど手応えはあります。ただ現状がベストかというと、足りないものはまだまだたくさんありますね。組織体制や役割定義なども頻繁に変わっており、日進月歩です(笑)。

というのも、Airシリーズはリクルートにとって、新しいビジネスモデルへの挑戦でもありまして。「ホットペッパー」「じゃらん」「ゼクシィ」など、リクルートグループの既存事業の大部分は、「ユーザーとクライアント企業との間をつなぎ、企業側から広告収益をいただく」というモデルで成り立っています。リクルート社内では、これを「リボンモデル」と呼び、得意としています。

リボンモデル(画像提供:リクルートホールディングス)

:けれどAirシリーズは、リボンの片方にあたる個人ユーザーとは直接接点がなく、もう片方の中小店舗へのさまざまな業務支援を通じて、サービスの利用料をいただくというモデルです。もちろん「社会の不(課題)の解決」からスタートしている点では一貫していますが、収益のモデルが異なるため、どうやって事業成長させていくかは前例がないなかで進んでいます。検証しながらわかったことをベースに、よりスムーズに進めるかたちを模索している状況ですね。

HIP:新しいビジネスモデルに挑戦するにあたり、社内の理解や承認を得る難しさはなかったのでしょうか。

:それはあまりなかったと聞いています。社内に前例がなくても、他社事例や市場調査、シミュレーションから計画は立てられますから。「Airレジ」の場合、社会的に大きな課題を、リクルートの保有するアセットとテクノロジーで解決し、インパクトが出せそうだという強い仮説がありました。それこそが重要だったと思います。大きな市場があるならやる価値はありますし、必然的に利益はつくり出せるはず。仮説の正しさは検証しながら進めよう、という判断だったと思います。

また、既存の広告事業とモデルが違うとはいっても、似た部分もあります。「ホットペッパー」とAirシリーズを比較すると、営業の手法が対面かオンラインかという違いはあるものの、クライアント企業から掲載料や利用料を月額でいただいて、満足してもらい利用継続していただくという点では同じ。だから既存事業のメンバーからも、よくアドバイスをもらっていますよ。

事業創出プログラムに応募1,000件。A4シート1枚でエントリーできる

HIP:リクルートグループといえば、起業家も多く輩出しているイメージがありますが、社内での新規事業創出についてはどのような取り組みを行っているのでしょうか。

:リクルートは、「新しい価値の創造」「個の尊重」「社会への貢献」というバリューを大切にしていて、それがさまざまな制度や仕組みに反映されています。なかでも「Ring」という新規事業創出プログラムは、1982年にスタートし、「ゼクシィ」や「R25」「スタディサプリ」など多くの事業を生み出してきました。今年度も1,000件くらいの応募がありましたね。

HIP:1,000件とはすごい数ですね。

:こういった社を上げての制度もそうですが、もともと、新しいアイデアを上司・同僚に気楽に話せる風土があります。また、徹底的に現場と向き合い、熱量高く問題意識を持っているメンバーも多い。このふたつが掛け合わさって、日常的な立ち話でも「こんなことができたら面白いと思うんですけど」「おぉ、面白いね。検討してみたら?」みたいな会話がいたるところでされています。

Airシリーズのなかでも「Airウェイト」(受付管理アプリ)「Airレジ ハンディ」(注文・調理・配膳管理アプリ)は、そうした現場の並々ならぬ想いから自発的に始まったものです。「こんなものがあったらもっと便利になる」というアイデアをプロトタイプに落とし込み、店舗を回ってヒアリングするところからスタートしました。

HIP:店舗を回ってヒアリングするのには、社内でどのレベルの決裁が必要なのでしょうか。

:お店の方のご迷惑にならない運用には気をつけていますが、簡易的なモックをつくってヒアリングに行くことは、現場レベルでGOが出せる場合が多いです。人の稼働を含めた大きな投資や、ベータ版であってもお店の方に実利用してもらうということになれば、コストに対するリターンの見込み、セキュリティ面を含めた運用の設計などについて決裁を取る必要はありますが、その前段階の仮説検証ならばどんどんやってみようよという考え方ですね。

失敗リスクの精緻化より、成功チャンスの精緻化に時間をかける

HIP:大企業ではよくありがちなパターンとして、決裁を取るのに長い時間がかかったり、実践前に失敗のリスクを説明することが求められ、担当者が対応に苦慮したりする場合があります。

:もちろん投資に対しての説明は求められます。ただ、失敗のリスクの精緻化よりは、成功するチャンスの精緻化に時間をかけることが多いですね。リクルートとしては多分、「やってみないとわからないのに、挑戦しない」「アイデアがあったのに、実現できないまま他社に先を越されてしまう」というほうが、失敗よりも圧倒的にリスクが高い、という考え方だと思います。

例えば「Ring」に寄せられた1,000件のアイデアのなかには、突拍子もないアイデアもたくさんありますよ(笑)。

HIP:では、実際に事業化まで進むものは……。

:ごくわずかですね。世の中があっと驚くような「新しい価値」はそんなにすぐ出てくるものではないですし、実現のハードルも高いものが多いのが実情です。

ただ、そのなかでも「どうしても成功させたい」と情熱を持って取り組む人たちが出てきて、周りを巻き込むうちに応援する人も現れて、ひょいとハードルを飛び越える可能性が見えてくることがある。リクルートではそういった、情熱的なエネルギーを持ったチームや個人に投資がされているイメージですね。

その副産物として、「起案が却下されても自分のアイデアを捨てきれない」という人がリクルートを辞めて起業する例も、数多く見てきました。たとえば「この事業の狙う市場は会社としてはたしかに小さいけど、私の人生をコミットしたいんです」みたいな。それはそれで素晴らしいと思っています。

HIP:起案するハードルが低いからこそ、いろいろなアイデアが生まれて、「どうしてもこれにコミットしたい」という強い意志を持った方も出てくるのですね。

:そうですね。例えば「Ring」に毎年同じアイデアを応募してくる人なんかもいます。失敗から学び、徹底的にこだわり、アイデアをブラッシュアップすることで次の機会が開けてくることも多々あるんです。

スタート前に「ゴールと仮説」。上手くいかない理由を分析し、的確なアクションにつなげる

HIP:新規事業では、最初に立てた事業計画どおりに進むことはまずないですよね。その場合の軌道修正は、どのように社内で調整しながら行うのでしょうか。

:そうですね。計画どおりには進みません。事業化前には、「どんな課題を解決するのか」「その課題を解決したら、定性・定量でどんな世界が待っているか」を描きますが、そのときに「見込みからどこまで外れたら事業をやめるのか」を同時に決めていることも多いです。

実際に事業が走り出したら、想定からいいほうにも悪いほうにも外れるので、そこを軌道修正しながら事業運営していきます。仮に大きく外れているなら、仮説や施策をアップデートすることで、ゴールまでたどり着く余地がないのかを粘り強く検討する。これが、事業を託されている者にとって一番重要なポイントだと思っています。経営とも繰り返しキャッチボールして、意見を交換します。

HIP:それでも、最初に描いたゴールへの到達が難しいと、撤退という判断になるのでしょうか。

:そうですね。ゴールへの到達を妨げている要因が、覆せない場合はそうなります。ただ、たとえばそれがタイミングの問題なのであれば、しかるべき時が来るまで寝かせておこうといった判断もありえます。「なぜ上手くいかないのか」の原因をしっかりと分析することで、明確な選択肢を増やして意思決定していくようにしています。

アイデアとAirシリーズさえあれば、誰でもお店が始められる未来を

HIP:林さんがAirプロジェクトに加わって2年強ですが、今後どのようなことに取り組んでいきたいとお考えですか。

:市場や現場が見えてきて、あらためて、課題はまだまだ山積みだなと感じています。店舗の経営者の方々をもっとサポートするためのアイデアはあるので、どのタイミングでどう実行に移すかを考えながらやっていきたいです。

やっぱり「自分のお店を開く」ってすごく大変なんですよ。インタビューやアンケートをしていると、開店前に思い描いていた時間の使い方と、開店後の実際は全然違う。本当は、商品開発がしたいとか、新製品の買付の旅をしたいとか、接客でお客さまに喜んでほしいとかいろいろな夢があったはず。なのにいざ蓋を開けてみたら、労務管理やレジ締めなど、重要ではあるものの煩雑な事務作業に忙殺されてしまう。その状況を変えたい。

経営の勉強をしなくても、アイデアとAirシリーズ一式さえあればお店が始められて、高度な経営とオペレーションが回せる。そんな未来がつくりたいです。

HIP:お話を聞いていると、Airシリーズが描くビジョンに対する深い共感が伝わってきます。

:じつはチームに入ることが決まったときから、運命めいたものを感じているんです(笑)。ぼくの実家はバーをやっていまして、知り合いにも飲食店や小売店の経営者が多く、自営業者の集まりみたいなコミュニティーで経営の最前線を見ながら育ちました。それを見透かされたように、なぜか「ホットペッパーグルメ」に配属になり、いまに至ります。

だからいまは、どうAirシリーズをよくしていくかで頭がいっぱい。できることをとことんやっていこうと思っています。

Profile

プロフィール

林裕大(株式会社リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 Air事業ユニット Airシリーズ総括プロデューサー)

2006年、株式会社リクルートホールディングスに新卒入社。株式会社リクルートライフスタイル「ホットペッパーグルメ」に配属となり、札幌営業を担当。2011年にネットビジネス本部に異動し、新規事業やUXなどを担当したのち、2017年4月よりAir事業ユニットに移籍。

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