INTERVIEW
ZOZOからエネルギー事業へ。パワーエックス起業家が語る、未来をつくるためのオーナーシップ
伊藤正裕(株式会社パワーエックス 取締役兼代表執行役社長CEO)

INFORMATION

2025.01.28
取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 写真:北原千恵美 編集:包國文朗(CINRA)

SHARE

再エネの「爆発的普及」を目指し、大型蓄電池やEV充電ステーション、電気運搬船などの事業に取り組むパワーエックス。2023年には岡山県に国内最大級となる大型蓄電池の生産拠点を立ち上げるなど、2021年の創業から短期間で大きな成果を挙げている。

創業者は、前職のZOZOで取締役兼COOを務め、ZOZOスーツの開発などに携わっていた伊藤正裕氏。未知の領域でのチャレンジながら、立ち止まることなくハイスピードで事業を推進する背景には、ZOZO時代に「守りに入ってしまった経験」があるからだという。

当時の経験を踏まえた「センス・オブ・オーナーシップ」の精神や、起業にあたっての入念な準備は、大いに参考になるはずだ。

国内シェア100%も夢ではない? 「蓄電池事業」に感じた大きな可能性

HIP編集部
(以下、HIP)
前職は株式会社ZOZOの取締役だった伊藤さんが、まるで分野の異なるエネルギー事業で起業に至った経緯を教えてください。
伊藤正裕氏
(以下、伊藤)

ZOZOで取締役兼COOを務めていた当時、環境課題に取り組む姿勢が上場企業として求められるなかで、何ができるんだろうと調べ始めたのがそもそものきっかけです。

そこで見えてきたのが、日本におけるエネルギーの現状と可能性でした。日本は福島第一原発の事故以来、火力発電に依存しているため、今後カーボンニュートラルへの移行を求められたとき、一気にパラダイムシフトが起こるはずだと。そこに大きな可能性を感じました。

特に関心を抱いたのが、海上で風力発電を行なう洋上風力です。当時の試算では原発や太陽光発電などを組み合わせてもカーボンニュートラルには届きませんが、不足分を洋上風力で補えるのではないかと期待されていました。ただ、調べれば調べるほど一筋縄ではいかない課題があることも分かってきたんです。

パワーエックス 伊藤正裕CEO
HIP
どんな課題でしょうか?
伊藤

「送電コスト」が大きな壁でした。ヨーロッパでは洋上風力で発電した電気を海底ケーブル経由で送電していますが、日本の海は水深が深く地震も多いため、海底ケーブルの設置に莫大なコストがかかってしまいます。

そこでふと思ったのは、「海底ケーブルが現実的でないなら、蓄電して船で運べばいいのではないか」と。ジャストアイデアでしたが、考えれば考えるほどワクワクしましたね。

調べる限り、船は手に入りそうだと。ただ、国内には船での運搬用に適合する蓄電池がまったくなかった。衝撃を受けました。チャンスじゃないか、と。これはどうも、向こうから「大きな波」がやってきている。ちょっとだけ頑張って漕けば、その波に乗れるかもしれないぞ、と。

HIP
そこで起業を決意するに至ったと。その「大きな波」とは、具体的に何を指しているのでしょうか?
伊藤

国産蓄電池の需要が急速に高まると予測されたことです。経済安全保障の観点からも、海外製品に頼るのではなく、国内での生産が必要だと考えました。

当時、そこに注力している国内の企業は見当たらなかったため、「いまからでも本気でやれば国内シェア100%も不可能ではない」と確信し、ZOZOを退職してパワーエックスを創業しました。

大型定置用蓄電池「PowerX Mega Power」

たった1年で50億超の資金調達。テスラやGoogleの元幹部とビジネスモデルを磨き上げる

HIP
2021年3月の起業からほどなく多くの大企業の賛同を得て、翌年8月までに50億円を超える資金調達に成功しています。伊藤さんにとっては未知の事業だったにも関わらず、そこまで順調なスタートを切れた理由をどう分析しますか?
伊藤

まず、事業を立ち上げるにあたり、重要視したのが社外取締役の選定です。元テスラ幹部で電池ベンチャー世界大手のノースボルト創設者でもあるパオロ・セルッティ、元Google幹部のシーザー・セングプタ、米ゴールドマン・サックスの元パートナーのマーク・ターセク。各業界において世界でも指折りのプロフェッショナルたちに対して、私が考えたビジネスモデルをひたすら壁打ちして磨いていきました。

初期段階で入念に練り上げたこのビジネスモデルが、資金調達のうえでも、人材を集めるうえでも高く評価してもらえるポイントになったと思います。

また、資金調達にあたってはもう1つ、人々の関心を呼ぶ、話題になるような何かが必要でした。そこで、ビジネスモデルが完成したタイミングで、これまでどこもやったことのない「電気運搬船」の事業を前面に押し出すかたちで発表したんです。もちろん、定置用蓄電池と超急速EV充電器も当初の計画に含まれているのですが、より目立つためには電気運搬船のほうをアピールしたほうがいいだろうと。

電気運搬船「Power Ark」(イメージ)
HIP
たしかに、発表時は世間にかなりのインパクトを与えました。
伊藤

とはいえ、それもインパクト重視の夢物語ではなく、具体的な計画を練り上げました。事前に何度もリサーチやシミュレーションを重ね、十分に実現可能性があると判断したうえで発表しています。

造船技師による船の設計、燃費やエネルギー密度の計算を入念に行なったほか、ビジネスとして成立するかどうかの検討も徹底的にやりました。当時、ゴールドマン・サックスのリサーチペーパーでは2030年に蓄電池のセルコストが57ドル/kWhになると。私たちは60ドル/kWhを切ればコストに見合うという試算をしていましたので、十分に勝算があるだろうと考えました。

さらには、CGによるイメージパースも作成しました。日本海の荒波を想定し、それに耐えられる船の構造をビジュアルでも具現化したんです。可能な限り蓋然性を高めて、「SF」だといわれないようにすること、どこからもツッコミようがないところまで仕上げることに、かなりの時間をかけました。

その結果、資金調達もうまくいき、良い人材を獲得できたので、数年単位で事業の進度を早められたのではないかと思います。

また、電気運搬船を活用した海上送電事業を担う子会社である株式会社海上パワーグリッドでは、2025年1月、風力発電分野において豊富な知識と実績を有する大西英之を新たに代表取締役社長に迎えました。こうした人材獲得を含めて、海上送電事業を実現のフェーズに移行させ、さらなる推進を図っていきます。

HIP
人材という点では、ボードメンバーには伊藤さん以外にも起業経験のある取締役が複数います。起業経験の有無にこだわる理由はありますか?
伊藤

おっしゃるとおり、パワーエックスの取締役会の大半は、自分で会社をつくったことがある、または現在も事業を手掛けている人たちで構成されています。やはり同じ起業家同士だと、さまざまな面で通じるところがあるんです。危険な兆候を察知する動物的な勘のようなものも働きますし、事業を進めるにあたっての予測も立てられる。

特に、弊社は初期から多岐にわたる分野の人材を集める努力をしてきました。金融情勢や日本のベンチャー企業に対する注目度といったマクロな視点もあれば、エネルギー事業を進めるうえで環境対策として押さえておくべきポイント、工場を立ち上げるうえでやってはいけないことなど、それぞれの経験に基づく知見はとても貴重で、大きな支えになっています。

ZOZO時代、前澤氏の退任後に味わった苦い思いとは?

次のページを見る

SHARE

お問い合わせ

HIPでの取材や
お問い合わせは、
下記より
お問い合わせフォームにアクセスしてください。

SNSにて最新情報配信中

HIPでは随時、FacebookやWebサイトを通して
情報発信をいたします。
ぜひフォローしてください。