凸版印刷が、デジタルトランスフォーメーションに向けて「覚悟」を示した。
2019年4月に誕生した、株式会社ONE COMPATH。凸版印刷株式会社の100%子会社であり、地図検索サービス「Mapion」を運営する株式会社マピオンに、凸版印刷の電子チラシサービス事業「Shufoo!」を統合した実質的な新会社だ。今後はONE COMPATHが運営元となり、これらのデジタルメディアサービスを展開する。
国内地図検索サービスの先駆けである「Mapion」と、女性を中心に月間4億PVを叩き出す「Shufoo!」。BtoB領域を主力とする凸版印刷にとって、このようなBtoCサービスは異色の存在だ。統合はグループ全体にも大きな影響をもたらすという。
業界トップを走る凸版印刷の強烈な課題感から生まれた、「本気のIT企業」を目指す新組織。その誕生の裏側を、ONE COMPATH代表取締役社長 CEOの早川礼氏にうかがった。
取材・文:笹林司 写真:丹野雄二
BtoCの戦略的強化が必要。BtoB主体の凸版印刷にあった危機感とは
HIP編集部(以下、HIP):「Mapion」や「Shufoo!」といったBtoC事業をひとつの会社として集約する構想は、いつ頃から検討されていたのでしょうか。
早川礼氏(以下、早川):構想自体は数年前からあったようです。当時、私は「Shufoo!」事業で課長を務めていましたが、上層部には「サービスをより成長させるためには、凸版印刷から切り離して新しい環境に置くべきだ」という考えがありました。
HIP:その考えの背景にあった課題感を、詳しく教えていただけますか。
早川:「Shufoo!」や「Mapion」を成長させるためには、IT企業のようにスピーディーな経営判断ができる環境を整える必要がありました。さらには、いずれも約20年続いているサービスだからこそ、「その次のサービス」をつくっていかなければならない。
ですが、IT業界と凸版印刷では考え方や人事制度などの面でギャップがあるのも事実です。今後の成長を見据え、BtoC領域やIT業界に合わせた文化や環境をつくることになりました。
早川:その大前提として、社会の変化に合わせてデジタルトランスフォーメーションを推進するべきだという凸版印刷全体の経営課題がありました。また、主力のBtoB領域だけでなく、BtoC領域の戦略的な強化も必要だった。凸版印刷も「BtoBだけやっていればいい」とは思っていなかったのです。
たとえばGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)は、生活者とダイレクトな接点を持ち、そのデータをBtoBに活かすことで、大きなビジネスを生み出している。ONE COMPATHも、BtoCサービスからデータを収集してBtoBのビジネスを生み出し、最終的にはそのノウハウをグループ全体に還流させるミッションを担っています。
イノベーションは、まず社員の「挑戦したい想い」を引き出すことから生まれる
HIP:順調だった「Shufoo!」を切り出すとなると、凸版印刷社内でも賛否があったのでは?
早川:もちろん、切り出す意味や費用対効果に関して、心配する声もありました。その都度、話し合いを重ねましたね。新会社の構想は凸版印刷全体の経営判断から生まれましたが、経営ビジョンやロゴは私が中心となってつくりました。
HIP:いち事業の課長がいきなり代表取締役社長に任命されるというのは、大胆な人事だったのではないでしょうか。
早川:設立を発表してからは、「早川が社長か」と突っ込まれることも多かったですね(笑)。もちろん、人事は凸版印刷本体の経営判断。「若い体制で挑戦してほしい」という期待と、社内外に大きな覚悟を示す意味合いがあったのでしょう。若手社員からは、「凸版印刷もここまで思い切ったことをするんだ」とか「若い年代でも経営に携われるんだ」というポジティブな反応もありましたね。
HIP:早川さんは、ご自身の役割をどのようにとらえていますか?
早川:これからがいちばん大変だと思っています。みんな、心のうちに秘めた思いややりたいことを持っている人ばかりだと感じるのですが、これまではさまざまな事情があって、個人としてのチャレンジが生まれていなかった。まずは文化や制度を整えて、社員の挑戦したい想いを引き出すことが私の役割です。
代案や「捨て案」は持っていかない。120%の熱量で想いを説明
HIP:もともとマピオンに在籍していた約90名に加え、凸版印刷から「Shufoo!」を手がけていた約30名が参加しているそうですね。マピオンと凸版印刷で、社風の違いはあるのですか?
早川:凸版印刷は、顧客企業が求めることを全力で汲み取り、よりよく仕上げることに長けています。言い方を変えると、受注文化に根ざした責任感と着実な実行力がある。一方、マピオンにはIT会社らしい社風があると思います。新しいものを求める意識が高く、生活者の隠れたニーズを汲み取って、一から事業を生み出すことに長けている。
社風が異なるふたつの組織がひとつになるので、前向きな一体感を生むためにも、新しい社名とビジョンをつくりたいという想いが強くありました。これはベンチャー企業から受けた影響も大きいですね。
昨年「Shufoo!」の成長を考えていくなかで、何十名ものベンチャー企業の社長にお会いしたのですが、誰もが「会社の存在意義」や「仕事を通じて実現したい未来」に対する熱量を持っていた。ビジョンやミッションに込めた熱い想いをシャワーのように浴びて、私も大いに感銘を受けました。
HIP:逆に、凸版印刷とマピオンのあいだに共通点はあったのですか?
早川:社名やミッション、ビジョンをつくるために「Shufoo!」や「Mapion」の現場担当者に話を聞きました。そのなかで奇しくも共通していたのが、「世界を変える」といったスケールの大きなことより、「近くにいる人の身近な何かを豊かにする」といったことへの志向が強かった点。
こうして定義したビジョンが、「ワンマイル・イノベーション・カンパニー」です。日常や暮らしといった生活行動圏を意味する「ワンマイル」に、イノベーションを生み出し続ける存在でありたいと思っています。
HIP:ビジョンや社名などに込めた想いを、上層部にはどのように理解してもらったのですか?
早川:「一歩も引かないぞ!」という気合いで説明しました(笑)。代案や「捨て案」を含めた複数案を持っていくやり方はやめて、「これで行きます!」と大きな声で伝え、何を言われても120%の熱量で説明することにこだわったのです。それが理由かどうかはわかりませんが、結果的には理解してもらえました。