INTERVIEW
日本ガイシが地域新電力に参入。新たなアプローチで脱炭素に挑む理由
中西祐一 / 伊藤良幸(日本ガイシ株式会社 エネルギー&インダストリー事業本部)

INFORMATION

2022.12.22

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日本政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」を目指すことを宣言している。それに伴い、環境負荷低減に考慮した取り組みを推進している企業も少なくない。創業から100年以上の歴史を歩み、世界最大級のセラミックスメーカーへと成長を遂げている日本ガイシもそのひとつだ。

2021年4月に日本ガイシは、恵那市、中部電力ミライズと共同で地域新電力会社「恵那電力」を立ち上げた。同社は日本ガイシのNAS電池を活用しながら、エネルギーの地産地消による恵那市のゼロカーボンシティー実現と地域経済活性化、災害対応力強化の実現を目指す。

電力という一般的に「守り」のイメージが強いインフラ分野において、一線を画す新しい試みとなった本プロジェクト。その裏には果たしてどんな困難があったのだろうか。また、プロジェクトを推し進めるカギはどこにあったのか。今回は、日本ガイシのエネルギー&インダストリー事業本部に所属し恵那電力取締役も務める中西祐一氏と、同本部の伊藤良幸氏のお二人に、地域新電力事業の立ち上げから今後のビジョンをうかがった。


取材・文:サナダユキタカ 写真:柴田祐希

「最もキツく長い道のりになる」。地域新電力でNAS電池を活用する選択

HIP編集部(以下、HIP):日本ガイシが実用化し、恵那電力でも活用されているNAS電池ですが、まずこの電池の特徴を教えてください。

中西祐一氏(以下、中西):NAS電池は日本ガイシが開発したメガワット級の電力貯蔵システムです。特徴は「大容量」、「高エネルギー密度」、「長寿命」の3つが挙げられます。

大容量の蓄電池であることから、電力を使わない時間帯にはその電気をためておくことができ、それを電力使用のピーク時に放電することでピークカットを実現します。発電が不安定になりがちな再生可能エネルギーでも、発電量に合わせてNAS電池を用いて蓄電・放電することで、安定的な電力供給が可能です。

日本ガイシ株式会社 エネルギー&インダストリー事業本部兼恵那電力取締役の中西祐一氏

伊藤良幸氏(以下、伊藤):地域新電力を含め、再生可能エネルギーの安定供給に資するものですが、ほかにも災害時のバックアップにも利用できますし、地方自治体の抱える課題のソリューションの一つになれると考えています。

私たち日本ガイシはこのNAS電池の開発に1980年代から着手し、2002年に事業化しました。事業化後は、国内の大手電力会社や電源を確保したいと考える工場、海外でも電力貯蔵用に利用されてきました。

日本ガイシ株式会社 エネルギー&インダストリー事業本部の伊藤良幸氏

HIP:今から20年前に事業化したNAS電池を活用し、いまあらためて「地域新電力」という新規事業に踏み切ったきっかけは何だったのでしょう?

中西:きっかけは私がドイツ駐在から帰国した2018年末、当時電力事業の本部長をしており現在の社長である小林(茂氏)のとある一言でした。「せっかく帰国したんだから、日本のなかでNAS電池を使った新しいことをやってみたら?」と。海外営業の経験が長く、帰国後も漠然と「海外営業を継続するのかな」と考えていた私にとって、青天の霹靂ともいえる予想だにしない提案でした。

一方で、海外の経験をさせてもらったことで、ドイツのシュタットベルケと呼ばれる地域公共サービスを担う地域公社の存在を知りました。シュタットベルケは各都市にあり、公共交通網からプール運営のようなことまでさまざまな業務をしています。

であれば、日本でも電力を供給する地域密着の組織があってもよいのではないかと思いました。販売だけでNAS電池の可能性を広げていくのは難易度が上がりますが、地域新電力ならば将来的に伸びるマーケットですし可能性があるのでは?と考えたのです。

伊藤:私は入社してから10年ほど、NAS電池のシステム設計を担当していたのですが、営業企画へ異動して、エンジニアの目線からマーケットを見て自分たちのビジネスをどうすべきか考えなさいという命題が与えられていました。

そこで中西と仕事をするようになり、話をして、NAS電池の3つの新しい事業プランを考えたのです。1つ目はNAS電池を使ったマイクログリッド(小規模電力網)。2つ目が再エネ発電所にNAS電池をつけて、遠隔地の工場に送電し、工場の脱炭素化に寄与する仕組み。そして3つ目が地域新電力でした。

以上の3つのなかから選んだのが、おそらく最もキツく、長い道のりになるだろうと予想した地域新電力でした。難易度が高いからには、そこから得られる知見も多いはず。そんな無謀な考えが当時はありました。

社内で冷たい視線を感じることも……。理解を得るために、意識した説明の仕方

HIP:セラミックス製品を中心にプロダクトを生み出してきた日本ガイシにとって、自らが主体となって小売電力事業というサービスビジネスに取り組むことは新たな挑戦となります。立ち上げ当初は苦労も多かったのではないでしょうか?

中西:立ち上げ初期は、何から何まで未経験。地域新電力会社の立上げについて社内の他部門へ相談に行くと「あなたたち、いったい何をやっているの?」と半ば呆れたような顔をされることもしばしばでした。

2021年には需給調整市場が創設されることが決まり、余剰電力は市場を通じて売り買いする時代が到来するなど、われわれは地域新電力立ち上げに向けて追い風だと感じていましたが、社内はそうではなく、冷たい視線を感じることも……。

それでも、粘り強くNAS電池の持つ将来性や地域社会への貢献性を社内に伝えていくことが大切だと思っていました。特にこれまでNAS電池を売るという「モノ売り」から、電力サービスの一部としてNAS電池も提供するという「コト売り」への転換の意味を、社内の各部署に向けてこんこんと説明していきました。

NAS電池の模型

HIP:社内理解を得るために、説明のなかで特に意識した点はありますか?

伊藤:当時は電力自由化のほか、脱炭素も社会的なテーマになるなど変革の時期でした。まさにゲームチェンジが起きるタイミングに差し掛かっていたにもかかわらず、そこに対する知識が会社、事業部にはあまり浸透していなかったのも現実です。

それではいくらわれわれが新しいことをしたいといっても溝が埋まりません。いままさに何が起きているかを客観的に伝えること、そして、会社、事業部に対して、危機感を持ってもらいつつ、裏を返すとチャンスでもあるということを伝え続けました。

新規事業が立ち上がる際は熱量だけで推し進めがちですが、「それをやることで何が得られるか?」「一方でどんなリスクがあるのか?」と、一つひとつ整理して伝えることを意識しました。

HIP:社外のステークホルダーはどのように巻き込んでいったのでしょう?

中西:私たちは電力に関するプロダクトを売ったことはあっても、電力事業をやった経験はありません。そこで、電力会社をいかに巻き込むかがカギになりました。「どのように電気を買えば収支が安定するのか?」「太陽光パネルはどうやって設置するのか?」など、電気という商材をサービス事業として取り扱った経験のない私たちにはすべてが未知の世界。

われわれがアプローチをしたのは、同じ中部エリアに拠点をもつ中部電力ミライズさまですが、最初は半信半疑だったと思います。しかし、頻繁にお話をするうちにこちらの熱意が伝わり、あらゆる相談に乗ってくれて、最終的に恵那電力にも出資して同じ船に乗ってくださることになったのです。

伊藤:自治体を巻き込むのにも苦労した記憶があります。というのは、地域新電力のない自治体のほうが多いわけですから、市役所などの方々もどう対応すべきかわからない場合もありますし、電力に関係する部署は防災課、環境課、企画課……と複数にまたがるため一つひとつの部署と話をしなければならないこともありました。また、地域新電力の必要性や意義にご理解をいただけても、費用を気にされる自治体もあります。

そこで、コストも勘案したうえで、エネルギーを戦略的に供給していくことも自治体のサービスに含まれるのではないかと提案していきました。そのような活動を通して、恵那市さまと中部電力ミライズさまの双方からの出資が決まり、ようやくピースが埋まったのです。

理解を得るためには、必死さや熱意が重要。そして、お互いがWin-Winになるような提案も

HIP:恵那市と中部電力ミライズの双方に対して、どんなアプローチが決め手になったのでしょうか?

中西:中部電力ミライズさまに関しては、もともと別のプロジェクトでNAS電池を使った実証実験に協力してくださる方がおり、その方へNAS電池の活用法からビジョンまで地域新電力の構想を語りました。

そうすると、必死さが伝わったのか、「この部署の人をあたってみなさい」とネットワークがつながっていったのです。そこからは、恵那電力の立ち上げという目標の共有ができるようになっていきました。

一方で、恵那市さまは当社の生産拠点があるものの、じつのところ最初は窓口もわからずいきなり市役所へお電話するような、ほぼゼロからのアプローチ。いま振り返ると、「これに賭けているんです」といった必死さや熱意が功を奏したのだと感じています。

HIP:熱意がカギを握るということですが、ほかにも意識した点はありますか?

伊藤:中部電力ミライズさまでは、地域に根差した電力インフラをビジネスモデルとして掲げていたこともあり、「それならば事例をつくる必要がありますね」と、お互いがWin-Winになるような提案も意識しました。

恵那電力の太陽光発電設備とNAS電池

HIP:2021年4月に恵那市・中部電力ミライズ・日本ガイシが共同で地域新電力会社「恵那電力」を立ち上げ、2022年10月にはリコーやIHIと共に脱炭素・経済循環システムの実証事業も開始されています。恵那電力の現状とビジョンを教えていただけますか?

中西:私たちが目指す目標のひとつがエネルギーの地産地消化。ひとつの自治体でエネルギーをまかなうのは難しく、恵那電力は現状、恵那市の小中学校や市役所、市民会館などの公共施設約60箇所と、当社のグループ会社の明知ガイシ大久手工場に電力を供給しており、全体の約10%は自社の再生可能エネルギー、あとは外部から調達している状況です。

太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーは、自然条件によって発電量が大きく変動することから、いかにコントロールするかが課題です。そうした課題に対し、恵那市では地域マイクログリッドをソリューションのひとつとして検討中です。

エリア内で蓄電池を使い、地産地消を行なうことにより、エネルギーに関わるサプライチェーンやそのほかの周辺ビジネスを活性化したい。その結果として、地域の経済循環に寄与することをビジョンに掲げています。

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