「ビジョンはアクション」。行動することでビジョンは生み出される
HIP:会社で働いていた10年の間に、起業しようとは思わなかったんですか?
澤田:会社勤めもとても楽しかったので、目の前の仕事に没頭していることが多かった気がします。ただ、自分は誰なのか、どういう人間になりたいのか、ずっと自分に問い続けていました。北京に行ったのもそうでしたが、激変しているフィールドを自分から求めていく傾向があるので、医療業界はぴったりだったのかもしれません。
HIP:とは言え、医療業界って特殊そうです。
澤田:たしかに、ビジネスの現場とは異なる部分もありますが、JIGHには医療者側のメンバーも集まっているので、いつも仲間に助けられています。
HIP:澤田さんとお話ししているとこちらまでエネルギッシュになっていく気がしますが、そういった頼りになる人に仲間になってもらうために意識していることはありますか?
澤田:ビジョンを伝えることももちろん大切なのですが、具体的な欲求を伝えるようにしていますね。どうしてもやりたいという強い感情を相手にぶつけて、それを行動で見せるようにしています。
HIP:ビジョンが必要になる瞬間はどのようなときなのでしょうか?
澤田:基本的に私は前のめりに生きているので、前に倒れるのは得意なんですけど、後ろに退くことはすごく苦手です(笑)。北京時代に撤退の決断をするときは苦しかったですが、自分が長期的に何を達成したいのかというビジョンに立ち返ったとき、ビジョンを描けなかった。そのとき、退こう、と決めました。10年も前のことですが、その時の感情は忘れません。自分自身が今やっていることにビジョンが持てないならば、異なる方向に意思決定した方がいい。自分の弱さや苦しみと向き合うことでもあり、心を使う作業ではありますが、自分が好きな人たちを巻き込むためにも、強くビジョンを描く作業は必要不可欠だと思います。
HIP:今取り組んでいる活動のビジョンは、信じきれていますか?
澤田:信じています。ビジョンをもとに次々とアイデアをチームにぶつけると、初めは突拍子がないと思われることも多いのですが、メンバーも活動しているうちにそのビジョンを信じていってくれる。「ビジョンはアクション」で、行動しないと本当の意味でビジョンは生まれないと思います。私たちが掲げる「すべての人々が、障壁なく、望む医療を選択できる世界」というビジョンに共感し、助けてくれる人も増えてきました。
mediPhoneは、言語障壁の高い日本だからこそ生まれたサービス
HIP:ビジネスモデルや商品が変わっても、ビジョンが固まっていれば問題ないのでしょうか?
澤田:mediPhoneは最初は医療現場向けに開発したサービスだったのですが、途中で個人の外国人向けのサービス提供を開始し、最近では企業向けのサービスも始めています。すでに戦略転換は何度か行っていますが、ビジョンから外れなければアプローチが変わることは全く問題ないと感じています。
HIP:企業向けにもサービスを提供されているんですね。
澤田:医療機関の検索・予約サイトやビデオ通訳サービスなどで、mediPhoneの医療通訳システムを活用してもらっています。最近、居住国とは異なる国や地域で医療サービスを受ける「メディカルツーリズム」の市場が伸びていますが、医療機関は医療通訳者がいないと、外国人患者を受け入れることができません。医療通訳者は母数が限られている特殊な人たちなので、企業側はなかなかアクセスできていませんでした。そこを私たちが繋いでいます。
HIP:そういったケースは、企業から問い合わせが来るんですか?
澤田:お問い合わせをいただく場合もありますし、こちらからアプローチをして「一緒に新しい市場を創りましょう」と提案することもあります。ビジネスデベロップメントの領域ですかね。
HIP:企業が医療領域に関わるようになってくると、医療業界も変化しそうですね。
澤田:変化していくと思います。今は、「医療の再定義」が行われているときなのではないでしょうか。日本でも規制緩和が進んでいますし、予防医療やダイエットコーチングなどのアプローチも広まってきました。医療は、病院に足を運んで治療するもの、という認識ではなくなってきています。そうした環境の中で、社会的、物理的、また経済的な障壁が要因で、一部の人しか医療にアクセスできない状態を解消し、医療の選択肢を公正に増やしていきたいと考えています。
HIP:JIGH、mediPhoneの長期的な目標はどういったものになるんでしょうか?
澤田:私たちが提供しているのは、国を問わず使えるサービスです。将来的には、mediPhoneをグローバルなプラットフォームにしたいと考えています。それは単純にビジネスのスケールを求めるという話ではなく、そのほうが医療のコストを下げ、医療へのアクセシビリティを高められると考えているためです。医療従事者のリソースは有限ですので、テクノロジーで効率化していく必要があります。グローバル化とテクノロジーの活用により、例えばインドにいる医師が中国の患者を診るといったことも可能にしていきたいです。
HIP:そんなプラットフォームができたらすごいですね。
澤田:mediPhoneは、日本が言語障壁の高い国だからこそ生まれたアイデア。日本の視点から生まれた事業によって、世界で助かる人が生まれる。そんな日を目指して活動していきたいです。
課題に「探されて」しまうのではなく、自分から「探したい」と思うこと
HIP:では、これから何か新しいことを始めようとしている人に対して、アドバイスはありますか?
澤田:「探したい」と思うことが重要だと思います。簡単なことではありませんが、自分が心から欲しているものを知っておくこと。日本の大企業で働いている人は優秀な人が多いので、課題に先に「探されて」しまうことが多いと思うのですが。
HIP:まず、自分が何をしたいのかが重要だと?
澤田:そう思います。自分がやりたいことは、社会から求められるものとはずれていることもあると思うんです。私は、ずっと続けていたピアノと決別したときもそうでしたが、北京で事業撤退を決断したときも、人生の戦略転換をするときも、自分とは何か、自分はどうなりたいのかを考えてきました。そこには変わらないものもあるし、変わるものもある。だからこそ、自分に問い続けることをやめない。そこにある変化を認め、受け入れることが大切だと思います。