世界のクリエイター集団「グレーテル社」との刺激的な仕事
HIP:グレーテル社とのリブランディングプロジェクトは、どんなステップで進めていきましたか?
川治:まずは自分たちを知ってもらうところからスタートしました。グレーテル社のメンバーは『AKIRA』や『攻殻機動隊』のことは知っていましたが、講談社のことは知りませんでした。
それから、講談社のように漫画から週刊誌、小説、女性誌、絵本までなんでもやるような「総合出版社」という存在は、海外ではほとんど例がないそうなんですね。だから、このごちゃ混ぜ状態をどうわかってもらうかも課題でした。
また、編集者という仕事のあり方も、クリエイターではないのだけど、作品づくりの深いところまでコミットするという意味で、日本独自のものがあります。
そこで、まずは講談社という会社、編集者という仕事の多面性を理解してもらうために、社内のほぼすべての部局から50人を選び、グレーテル社のメンバーにインタビューしてもらったんです。
HIP:50人……! けっこう大変ですね。
岸:みっちり時間割をつくって、実施しました。グレーテル社からは、さすがに少し減らしてほしいと言われましたけどね(笑)。
グレーテル社とは、隔週で定例ミーティングを行ったほか、Slackでやりとりするなど、コミュニケーションはかなり密にとっていました。時差の問題もありましたが、グレーテル社から提案を受けたときは、48時間以内にフィードバックするというルールがあったので、スケジュール通りに進行できました。
たとえばオンラインで日本時間の朝にプレゼンを受けたら、その日のうちに講談社内のチームメンバーで話し合い、野間社長にも意見を聞いたうえで文書化し、翌日に英訳して戻すというプロセスです。そのやりとりは、国境を超えても、まさに編集者と作家の二人三脚の関係にも近かったと思います。
HIP:たしかにクリエイターやクライアントと議論し合い、フィードバックも行いながら長所を引き出し、アウトプットにつなげていくという意味では、編集もブランディングの仕事も同じですね。
川治:そうですね。そういう意味でも、グレーテル社は本当に素晴らしかったです。
われわれ編集者は原稿をいただいたら、感想と提案を書き手に戻します。もっとこうしたらさらに面白くなるはず、という提案ですね。そしてこちらのフィードバックに対して、芯を食った答えやこちらの予想を超えるような答えを導いてくれると、作品はどんどん良くなっていきます。
グレーテル社も、こちらが「もうちょっとこうしたい」と伝えたときの打ち返しが本当に的確で、とても楽しく仕事ができました。
HIP:クリエイター同士、刺激し合える関係性でもあったんですね。
川治:このプロジェクトをやりながらわかったのは、講談社は110年以上の歴史があるなかで、自分たちが何者かということをあまり言語化してこなかったんですよね。
社史を読むと、もちろん創業期は強い信念があって、創業社長はくどいほど言語化しているんですが、出版活動の領域がどんどん広がっていくにつれて、時間が経つにつれて、言語化されることが少なくなったような印象があります。
だから、海外に向けて一言で自己紹介をしようとするときに、言葉に詰まってしまう。今回、グレーテル社のように地理的にも文化的にも離れていて、講談社のことをまったく知らない人たちが「鏡」になってくれて、自分たちの姿をそこに映し出すことができたのはとても良かったなと思いました。鏡がないと自分の姿ってわかりませんからね。
HIP:そうした過程を経て、最終的に「Inspire Impossible Stories」というパーパスが完成しました。新たな発見や創造性をうながし(Inspire)、あり得ない、見たことのない(Impossible)、物語(Stories)を提供するという意味が込められているそうですね。
川治:「おもしろくて、ためになる」という初代社長の言葉が、講談社で代々受け継がれてきたスローガンのようなものでした。入社研修で学んだり、壁に貼られていたりするわけではないのですが、全社員が頭の片隅にいつも置いている言葉です。
それをただ英語に直訳しても、こぼれおちてしまうニュアンスがあまりに大きい。それではどう英語で表現するか。グレーテル社と一緒に探して、たどりついたのが「Inspire Impossible Stories」です。
アンドレアス:外部の私から見ても、この言葉にこそ講談社のものづくりへの思いが集約しているのでは、と感じました。
じつは講談社さんとのプロジェクトをスタートした頃は、不思議な企業だなあと思っていたんです。「おもしろくて、ためになる」という言葉はありましたが、会社のヴィジョンやミッションというわけでもないし、一人ひとりの個性も仕事もバラバラだし、組織としてもあまりまとまっていないというか(笑)。
でも110年以上も続いている大企業だし、その秘訣はなんなんだろう? ってずっと考えてたんですね。けっきょく思ったのは、「おもしろくて、ためになる」というワードを、社員それぞれが無意識に、自分勝手に解釈しているからこそ、一人ひとりがつくっているものはバラバラでも、企業として長く続けてこられたのではないかと。
川治:バラバラですよね(笑)。グレーテル社による社員へのインタビューで一番頻出した講談社を形容するワードは「自由」でした。みんなバラバラなんだけど、そのポイントは不思議と一致する。
今回の新しいブランドストーリーは、私たちプロジェクトチームやグレーテル社だけでつくったものではありません。ベースになっているのは、いろんな社員へのインタビューから出てきた言葉と思いなんです。
岸:実際、グレーテル社からのプレゼンでも、この言葉は「講談社の社員自身から出てきたもの」という意図を説明されました。勝手に第三者であるデザイナーがつくって、勝手に押し付けられているのものではなく、インタビューをベースに何度もグレーテル社とやりとりをし、社長や経営陣の思いから生み出された社員自身の言葉になったと思います。なので、自然と社内に浸透していくといいなと感じています。
「おもしろくて、ためになる」を世界へ
HIP:ブランドストーリーとロゴマークが完成し、海外に向けて「自分たちが何者か」を示す準備は整いました。今後は、具体的にどんな手を打っていくのでしょうか?
川治:パーパスは完成したものの、これを本当に現場の一人ひとりの社員にまで浸透させるにはまだまだ時間がかかります。ですから、まずはそのスイッチをどう入れていくか。
大きな課題ですが、そのスイッチさえうまく入れられたら、こちらがなにかを仕向けるまでもなく、自然と海外展開を加速する動きが出てくる会社だと思います
岸:具体的な動きとしては、企業ブランドの刷新と同時に新しくコーポレート企画部というセクションが立ち上がりました。ここで、統一したロゴとイメージを海外に向けて発信していくことは少しずつはじめていますね。
また社内に向けてもインナーブランディングを根強く続けていく必要があると思っています。その動きのうちのひとつが、このトートバッグなんですが、意外にもけっこう社員に受け入れられているような気がしています。
川治:社内でよく見かけるんですよね。これまでの社風を考えると、みんなが同じ物を使ってるなんてあり得なかった。編集者の立場からすると、「隣の編集部はライバル!」みたいな価値観でずっとやってきたので、その上にある「講談社」という傘の存在を意識する機会がほとんどなかったんですよね。
HIP:いままさに自分たち自身を知りつつ、グローバルに向けても自己紹介をはじめたというわけですね。最後に、講談社の海外進出の可能性について、いまあらためてどのように感じていらっしゃいますか?
アンドレアス:これまでさまざまな会社のコンサルタントをしてきましたが、お世辞でもなんでもなく、これだけ優秀でクリエイティブな人材が揃っている会社は本当に珍しいです。こういった人材がグローバルに目線を向ければ、きっとすごいことをやってくれるだろうという思いは、初期段階から持っていました。
そこでキーになるのはやはり、講談社が日本で成功した大きな要因である「おもしろくて、ためになる」の精神です。それを海外でもうまく再現できれば、すごく大きなチャンスを掴めるのではないかと思います。そういう意味でも、「Inspire Impossible Stories」のパーパスを掲げた講談社がどうグローバルに羽ばたいていくのか、私自身も楽しみにしています。
岸:編集者の仕事が、日本と海外で違うという話がありましたが、日本の編集者を海外に伝えるために、「Editor」では語弊があるということで、グレーテル社が「Creative Collaborator」という会社のパーソナリティを現す言葉をつくってくれたんです。
作家やクリエイターと一緒に作品をつくるのが好きな人材がたくさん集まっていること自体が講談社の強みでもありますし、海外でもEditorとは違うCreative Collaboratorという存在が知られるようになれば、編集力の横展開という可能性が広がるんじゃないかと夢見ています。
川治:今回のプロジェクトで一番印象に残ったのは、魅力的なコンテンツに国境は関係ないと実感できたことです。グレーテル社のメンバーからも、社内に貼ってあった『AKIRA』のポスターを剥がして持って帰りたいとせがまれたり(笑)。
それから、「Inspire Impossible Stories」というパーパスが生まれてあらためて思ったのは、出版社の仕事は、フィクションに限らず、ノンフィクションも女性誌の記事もすべてストーリーなんだなということです。ぼくらは「Stories」を生みだし、伝えるプロであるということに、あらためて誇りと可能性を感じています。