INTERVIEW
優れたインキュベーションセンターとは?研究者が語る 「理想のエコシステム」
芦澤美智子(横浜市立大学国際商学部准教授) / 渡邉万里子(東京理科大学経営学部講師)

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2022.03.14

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オケージョンの広い旗を立てることで、事業の幅が広がる

HIP:ほかに、ARCHの研究から見えた特徴はありますか?

渡邉:事業化スピードが早くイノベーティブな取り組みを推進している入居企業はのなかに、ネットワーク構造の縁にいるケースが目立っていました。つまり、みんなとつながりを持てるような中心人物ではなく、みんなが興味を示さなかった領域とつながっている人物だったのです。

HIP:ネットワークの縁にいる企業は中心にいる企業よりも情報量などが少ないように感じますが、なぜイノベーティブな取り組みが生まれやすいのでしょうか?

芦澤:イノベーションを起こせるかどうかは、本人の気質やモチベーションによるところが大きいです。ネットワークの縁にいる人は、例えるなら、学校のクラスの中心人物ではなく、教室の端っこにいるオタク気質の生徒。何を意味しているかといいますと、中心人物として多くの人とつながるよりも、良い意味で周りを気にせず「自分は何がやりたいのか」という旗をしっかりと立てている人が多い。そういったかたのほうが、イノベーションを起こしやすいのです。

そして、旗を立てたあとに「ここでなら何かできそうだ」と志を共有する人が集まりやすくなります。似ている人が集まれば、それだけ話も早く進むので事業スピードも上がるのでしょう。

渡邉:加えて、ネットワークの縁でイノベーティブな取り組みをうまく推進している人の特徴としては、本業とかけ離れた新規事業をしていることが多いです。本業とかけ離れた新規事業であれば、社内からも文句を言われず、スピード感を持って進められるメリットもありますからね。

芦澤:本業とかけ離れた新規事業を立ち上げるのは、じつは「関連多角化が良し」とされる従来の戦略理論からは逸脱しています。本業の資源を使った新規事業を検討するのが定説ですが、ARCHにおける協業の成果はそれらを覆す可能性があります。

避けるべきだとされてきた非関連多角化は、飛び地による新規事業で誰も文句を言わない部分と共通しています。しかし、その領域の知見がないというのがデメリットになります。ではなぜ、本業と離れた新規事業がスピード感を持って進んでいくのか。それは、スタートアップ支援のプログラムが補完しているのではと考えています。

今後、ARCHのようなインキュベーションセンターから、社内から文句を言われない本業とかけ離れた新規事業がどんどん生まれれば、定説を覆すショッキングな出来事になるでしょう。ARCHのなかで創発されたもので社会実装フェーズまで進んだ新規事業はまだありません。まずは、ここを乗り越えていく必要があります。

大企業はスタートアップに比べ、時間とお金が使いやすいというメリットがあります。さらに、社内には優秀な人材もいる。彼らに時間とお金を預けて、本業と離れた新規事業を飛び地でチャレンジさせれば、成功確度が上がるのではないでしょうか。

新規事業においてこれまでスタートアップが優位に立っていたのは、VCから資金調達ができた、死に物狂いでやる、さまざまな人が助けてくれるといった、起業エコシステムのメリットを受けていたからです。大企業も飛び地で同じように取り組めば、成功するという仮説が成り立ちます。

イノベーションを起こすために重要なポイントは、「どんなタグを立てるか」

HIP:お二人は、起業エコシステムに関する共同研究をされているとうかがいました。優れたイノベーションを生み出すためには、どういった起業エコシステムが望ましいのでしょうか。そのポイントについてお聞かせください。

芦澤:まず、「どんなタグを立てるか」が重要です。スタートアップも同じように、最初に取り組む事業によって8割は成功・失敗が決まるといわれています。タグをどうするかは、SDGsやカーボンニュートラル、ウェルビーイングといった社会や経済の大きな流れを読むのが重要でしょう。

そして、それらを大企業の価値観でなく、社会・経済のコンテクストと合わせて表現しなくてはなりません。支援をしてくれる人、質の高いメンターや仲間とどうつながっていくのか。そうしたことを実現できる、エコシステム、すなわちインキュベーションセンターも必要だと考えています。

渡邉:起業エコシステムは、企業文化が支えているとされています。以前、シンガポールでカルチャーとイノベーションを研究している方から、興味深い話を聞きました。中国、シンガポール、インド、日本において、新しいものを見つける行動と、いまあるものを深める行動による違いを調べたそうです。つまり知の探索と知の深化です。

インドはマルチカルチャーで、共通ルールに縛られない国であるため、それぞれが好きなことをやる傾向にあります。そのため、知の探索が多く見られる結果になりました。シンガポールはルールが厳しいカルチャーで、納期を守るといったことが重要視されています。さらに、失敗を恐れる傾向にあるため、勝利を掴むための挑戦をしないそうです。そして、このシンガポールと似た結果になったのが、日本だったのです。

今後、日本のイノベーションを加速させるには、失敗を恐れず、心理的安全性を保ち、ルールから離れて発想しても応援される場が必要なのです。ARCHの入居企業に対して実施したインタビューで印象的だったのが、「あんな突飛な発言をしてもいいのだと、この場所に来てわかった」という言葉です。いままでと違う発想による発言を「良かったよ」「盛り上がったよ」とお互いが褒め合う場が、これからますます重要になるのではないでしょうか。

HIP:芦澤先生は、横浜市内の4つの大学と企業・行政の連携で運営する学びの場「YOXOカレッジ」の講師もされています。そうした場での経験もふまえ、ARCHに期待すること、起業エコシステム全体が目指すべきビジョンについてお聞かせください。

芦澤:YOXOカレッジはまさに産学官をあげて、イノベーションのためのエコシステムを目指しています。それぞれのプレーヤーには強み・弱みがありますが、みんな「横浜という街を発展させたい」という、共通の思いを持っています。

それらを軸に、みんなの強みを集めるという思想から成り立っているのです。イノベーションの支援プログラムは、大学や自治体、民間にもあるため、いざイノベーションを起こそうと行動しても、情報や取り組みが多すぎて迷子になってしまいます。そうした課題も情報を集約したYOXOカレッジによって、解決していく狙いです。

一方、ARCHは資源を持っている大企業が集まる拠点として、起業エコシステムとしての役割を果たせるはずです。今後は同じビルにある日本最大級のスタートアップ集積拠点であるCIC Tokyoといった外部のインキュベーションセンター、大学や自治体にあるエコシステムとも活発に交流し、より拡大した日本流イノベーションエコシステムを生み出す流れもできてほしいです。もちろんその一つとして、YOXOカレッジが活発につながることにも期待していますね。

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Profile

プロフィール

芦澤美智子(横浜市立大学国際商学部准教授)

1996年より大手監査法人で企業監査業務に従事。2003年にMBAを取得した後、産業再生機構、アドバンテッジパートナーズで多数の企業プロジェクトに携わる。2013年より現職に就任し、プライベートエクイティファンドやVCなどの研究を行う。2018年よりスタートアップ・エコシステム研究に力を注いでいる。

渡邉万里子(東京理科大学経営学部講師)

2015年、慶應義塾大学大学院経営管理研究科で博士号取得。同大学院助教、福島大学経済経営学類准教授などを経て、2017年より現職。多国籍企業の戦略と海外子会社のマネジメント、スタートアップ・エコシステムなどの研究を行う。

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