国内有数のVCであるインキュベイトファンドは、2022年10月に『Incubate Camp 15th』を開催した。同プログラムの最大の特徴は、日本を代表するVCから意思決定レイヤーのキャピタリスト(投資家)16名がメンターとして参加すること。634件の応募から選ばれた16名の起業家とキャピタリストがペアとなって1泊2日の合同経営合宿に取り組み、事業成長を目指す。
同プログラムで行なわれた決勝プレゼンテーションをふまえ、総合1位となった北山太志氏(株式会社Arch 代表取締役COO)と総合2位の新田尚氏(株式会社CYBO 代表取締役)。二人は、『Incubate Camp』に参加したことでどのような気づきや変化があったのだろうか。主催者側であるインキュベイトファンドの南出昌弥氏を交えて話を訊いた。
取材・文:サナダユキタカ 写真:坂口愛弥
キャピタリストからの解像度の高いアドバイス。『Incubate Camp』に期待したこと
HIP編集部(以下、HIP):『Incubate Camp 15th』は、総合1位が株式会社Archで、2位が株式会社CYBOでした。まずはそれぞれの事業について教えてください。
北山太志氏(以下、北山):Archでは建設業界をターゲットに、建設機械のレンタル品の管理フローをすべてデジタル化するサービスを提供しています。建設機械といえば、ショベルカーやクレーン、その他にも仮設足場などがあります。じつは現場で使われているそうした機器・備品はレンタル品がほとんどなんです。
レンタル金額は、1現場で数千万〜数億円。点数は数百〜数千点に上るのですが、それらを紙の台帳でアナログ管理しているのが、建設業界の現状です。そのすべてのデジタル化を私たちは目指しています。
新田尚氏(以下、新田):CYBO(サイボウ)という社名からもわかるように、当社では細胞にフォーカスした事業を展開しています。より詳細にいうと、細胞の計測や解析技術を用いていままでよりも多様で奥深い細胞の利用が可能になるプラットフォームづくりがミッションです。
つまり、私たちは細胞に関連した何らかのものづくりをするメーカーではなく、細胞によって人々の生活を向上させるための仕組みづくりをする企業といえます。
なぜ細胞にフォーカスしたのかというと、生き物の基本単位だからです。細胞を理解することによって生命の理解にもつながり、そこから得られた知見を医療はもちろん、食品や環境、エネルギーにまで事業を展開できる可能性があります。
HIP:昨今、インキュベーションプログラムやアクセラレータープログラムなど、事業会社、VCがさまざまなスタートアップ向けプログラムを開催しています。そうしたなかでなぜ『Incubate Camp』に参加しようと思ったのですか?
北山:『Incubate Camp』は日本を代表するVCから16名のキャピタリストが参加し、1泊2日で密接なコミュニケーションを取ることができます。いままで参加したプログラムにはない、解像度の高いアドバイスをもらうことを期待して参加しました。
実際に参加してみると、想像以上にハードなプログラムで(笑)。1日目、会場に到着して早々にピッチを行ない、16名のキャピタリスト全員から13分間ずつフィードバックをもらいます。
みなさん凄腕の方なので、核心をついたアドバイスばかりでしたね。私のメンターには、XTech Venturesの手嶋浩己さん(共同創業者兼ジェネラルパートナー)がついてくださいました。
知りたいのは「山の高さ」ではなく「登り方」。キャピタリストが起業家に聞きたいこと
HIP:参加する起業家のメンターは、どのように決まっていくのでしょうか?『Incubate Camp』の流れとともに紹介ください。
南出昌弥氏(以下、南出):まず1日目に参加企業16社がピッチを行ない、キャピタリストのアドバイスをもとにブラッシュアップ。それらを経て、メンターとなるキャピタリストが組みたい起業家を指名してペアが組まれます。
その後、2日目の午前中までマンツーマンで壁打ちをしながら事業を磨いていきます。その間、食事もともにしながら、夜遅くまで作業するペアもありました。そして、2日目に決勝プレゼンを行ないます。
HIP:Archは総合1位を獲得されましたが、手嶋さんからどのようなアドバイスがあったのでしょう?
北山:手嶋さんからのアドバイスはいろいろありましたが、まずはArchがどう成長していくかを大きなスパンで考え、KPIをどう達成するのか分解して考えるよう求められました。具体的には、山の登り方を表現するかたちで説明してほしいと。富士山だったら、吉田とか須走などといった登山ルートがありますよね。
つまり、どういったルートを選ぶか、言い換えればどんな戦略やプランをもって成長させていくのかを考えました。あとは、Archの事業は大きなマーケットを一気に取れるということがいえるといいよね、とのアドバイスをいただき、とても参考になりました。
HIP:数か月間、時間をかけてインキュベーションしていくプログラムもありますが、1泊2日の短期集中で行なう『Incubate Camp』はいかがでしたか。
北山:以前はそれこそ、3か月かけて取り組むプログラムにも参加しましたが、事業と向き合う時間は『Incubate Camp』のほうが長いように感じます。中長期のプログラムといっても、毎日行なわれるわけではありませんし、メンターがずっとついていてくれるわけでもない。
一方で、『Incubate Camp』は、私たちの事業を理解してくれているキャピタリストと密に会話を重ねながら、ピッチ資料などをブラッシュアップしていくのでアドバイスの解像度も段違いですね。『Incubate Camp』が終わったあとも、手嶋さんとはやり取りをしていますのでキャピタリストと継続的に関わっていくことができるプログラムだと思います。
ずっと知りたかったキャピタリストの思考回路。印象的だったメンターからのアドバイスとは
HIP:では次に、新田さんが『Incubate Camp』に参加した理由について教えてください。
新田:2018年にCYBOを創業し、多くのキャピタリストと会ってきました。私自身、長年、大企業・ベンチャーで事業を推進してきたので事業家としての視点は持っています。しかし、キャピタリストの視点は持ち合わせておらず、彼らがどのような思考をしているのかわからないことも多い。
そうしたなかで、『Incubate Camp』なら16名のキャピタリストと1泊2日、缶詰になって話し合うことができるため、彼らがどんな思考回路なのか深く理解できると思い、参加しました。実際にピッチに関するフィードバックを16名全員から受けられたので、話がどのように伝わったのか、何を気にしているのかなどが把握でき、勉強になりましたね。
HIP:最初のピッチ後、キャピタリスト16名からフィードバックがあります。さまざまな観点でのアドバイスがあり、なかには相反する意見も出てきたのではと思います。混乱するようなことはなかったのでしょうか。
新田:私は16名のフィードバックをメモしておき、あとでメンターを務めてもらったJAFCOの沼田朋子さん(チーフキャピタリスト)に、コメントでわからなかったところの解説をお願いしました。そこであらためてフィードバックの意図を理解し、腹落ちすることができましたね。
HIP:メンターからのアドバイスで、印象的なものはありましたか?
新田:沼田さんはテック領域での経験が豊富で、その視点からアドバイスをもらいました。当社の良い部分のアピール方法などはとても参考になりましたね。
当社の事業テーマが細胞と、知識を持っている人でなければ伝わりにくいものを、社会的意義と技術をつなげながらストーリーを描くことで、当社が何をしたいのかシンプルに伝えられるようになりました。
HIP:新田さんは『Incubate Camp』で総合2位という高評価でした。評価されたポイントはやはりストーリーを描きながら、シンプルに自社を紹介できるようになったからだと感じますか?
新田:そうですね。当社の事業はいわゆるディープテック領域なので、技術に関する話をどうしてもしたくなってしまいます。その部分を端的に伝えつつ、当社の技術がどう社会貢献につながるのか、という切り口でシンプルに話すことができるようになりました。
具体的には、病理検査を行なう病理医が不足していることを取り上げています。その課題解決に当社のサービスが貢献でき、ビジネスにつながっていくことをシンプルなストーリーで伝えました。
北山さんと同様にプログラム後もメンターの沼田さんとは連絡を取っていますし、ほかのキャピタリストともつながりができ、参加して本当に良かったですね。