1980年に西友のプライベートブランドとしてスタートした『無印良品』。今では日本全国各地の商業施設に店舗を構えるほか、海外でも『MUJI』の名で親しまれ、海外店舗数が日本の店舗数を超える日も近いという。
しかし、そんな人気ブランドにもかつて低迷した時期があった。その逆境の中で会社を立て直していった人物が、当時、株式会社良品計画の社長に就任したばかりだった松井忠三氏だ。
大企業体質からの脱却、社風による競争力、個人の経験によらずサービスの質を均一にするためのマニュアル化。今の『無印良品』が出来上がった背景には、松井氏が徹底的に取り組んだ「勝つための構造」作りがあった。
取材・文:HIP編集部 写真:相良博昭
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「無印の時代は終わった」と世間では言われていた
HIP編集部(以下、HIP):松井さんが良品計画の社長に就任された2001年、会社はどのような状況だったのでしょうか?
松井忠三(以下、松井):創業以来10年間、右肩上がりで成長してきた会社が、初めて減益を経験した年でした。「無印の時代は終わった」と世間では言われていましたね。20世紀に生まれた一風変わったブランドが、21世紀で終焉のときを迎えた、と。
HIP:厳しい環境の中、社長に就任されたんですね。
松井:課題は多岐に渡っていましたが、その一つとして、創業以来ずっと右肩上がりだったこともあり、社内が自信満々だったことが挙げられます。そんな状況だったので、ほかの企業を研究したり、無印良品以外のお店をチェックしたりすることもなくなっていました。
HIP:10年もずっと調子が良ければ、無理もないですね……。
松井:大企業病に罹ってしまうんですよね。会議では毎回同じようなことしか議題に挙がらず、悪い情報は表にされないし、失敗の責任をとる人もいない。こういった組織になっていくんです。外に目を向けることがなくなると、企業は大体おかしくなります。
HIP:顧客のニーズもだいぶ変化していたのでは? その頃には既に、無印良品のブランドが立ち上がってから約20年経っていますよね。
松井:そうですね。時代を先取りする形で登場してきたブランドも、20年も経過したら顧客が変わります。大企業病に罹ってしまったこともあって、顧客が求める半歩先の商品を作れなくなっていたんです。無印良品はラインナップの広さを得意としていましたが、時代とともに同様の強みを発揮するライバルも出現してきて。社内の体制が弱く、ブランドが弱体化しているところに、ライバルの出現。こうした状況が減益を生みました。
どうやって、負けた構造から勝つ構造を作り出すか
HIP:伺っているだけで頭が痛くなってしまいそうな状況ですね。数多くある課題には、どこから着手されたのでしょうか?
松井:まず、一番の課題は「出血」を止めること。赤字の店舗を中心に、お店を閉めていきました。社長に就任して1年経った2002年には、1割ほどのお店を閉めましたね。あとは「在庫」の問題。在庫処分をしていなかったので、売価でいうと100億円分の在庫を抱えていたんです。これらの在庫は焼却処分しました。
HIP:燃やしちゃったんですか!
松井:マーチャンダイザーは欠品リスクに備えるために、どうしても在庫を多めに抱えてしまう。なので、焼却処分の現場にマーチャンダイザーを連れて行ってその様子を自分の目で見てもらいました。なのに、また半年すると在庫が溜まってきました。売れる量の倍作っていたからです。しかし二度失敗すると気付いてくれるんですね。今までの作り方では駄目だと。ここから改革に拍車がかかってきました。
HIP:店舗の閉鎖と在庫処分、まずはマイナスをなくすことから取り組んでいかれたんですね。
松井:結果につながるか先も読めず、五里霧中の中で一つひとつ手を打っていきました。しかし、もちろん「出血」を止めるだけでは業績を回復できません。当時、一回凋落して復活した専門店はありませんでした。その理由は、負けた構造から勝つ構造を作り出せなかったから。どうやって勝つ構造を作り出すか。これが次の大きなテーマになりました。
HIP:「勝つ構造」を作り出すためにどういったことに取り組まれたのでしょうか?
松井:まずは、年6回もリコールしていた商品の品質改善に取り組みました。それまでは仕様書を作って、外部のメーカーに商品を作ってもらっていましたが、そうしているとどうしても品質不良が防げない。そのため、工場に行って、自分たちで商品を確認し、自分たちで品質をコントロールする体制作りを行いました。
HIP:良い商品を作れるようにすることが、「勝つ構造」へとつながっていったのでしょうか?
松井:成熟化の時代に品質は絶対的に重要なポイントでした。しかしもっと本質的に変えなければいけないことがありました。それは、「経験主義」という会社の体質です。
個人の力に頼る経験主義を脱し、組織を強くする仕組み化で勝負する
HIP:「経験主義を変えなければならない」というのは一体どういうことなのでしょう?
松井:無印良品はセゾングループから生まれたブランドですが、セゾンは感性を大切にする企業文化を持っています。故に、経験主義が強く根付いていました。たとえば、経理を長く経験してきた人をその役割から外すと、経理の戦力がガクンと落ちるんですね。そうすると、その人を経理から外すことができずに、経理のノウハウは人に蓄積されてしまう。個人に蓄積した経験に頼るやり方では、人が退職する度に会社の資産が失われていってしまいます。
HIP:個人の力に頼ってしまう状態は、会社の運営にとってもデメリットがあるんですね。
松井:そうです。個人の力は決して過信しすぎてはいけません。店舗の業績が上がらないときに「店長が悪い」と言い出す人がいるけれど、そんなことはありえない。小売業は、モノ作りから販売、出店など、総合力で戦うものなんです。「店長が悪い」と考えると、解決策が「店長を変えればいい」ということになり、考えがそこで止まってしまう。
HIP:個人が与えられる影響にも限界がありますよね。
松井:顧客に満足してもらえる商品、ライバルに勝てる商品を作るには、組織が弱いままでは対等に戦えない。そこで、個人に頼らず「仕組み」で勝負しようと考えるようになりました。商品開発する仕組み、販売する仕組み、経営する仕組み、海外に進出するための仕組み……様々なことを仕組み化し始めたんです。
HIP:個人の力量だけに頼らず、組織でライバル企業と戦っていくための仕組み化。どのようなメリットがあるのでしょうか?
松井:仕組みを作ると、業務が自動的に可視化されます。可視化されると、自動的に標準化も可能になる。可視化されて、標準化ができると、会社における問題の8割は解決できます。社内の意識改革をするためにも、仕組みを作ることが重要ですね。檄を飛ばして意識改革ができる会社なんてないんです。具体的な活動に落とし込まなきゃしょうがない。
HIP:具体的な活動に落としこんでいくための手段が仕組み化だと。
松井:仕組みを作ってしまえば、意識はそのうち変わるんですよ。良品計画でも、自動発注という新しい仕組みを導入したことがありました。このときも、「発注という最も創造性を発揮する仕事を奪うなんて!」と、社員にずいぶん抵抗されましたが、仕組みの成果が出てくると、意識が変わり始める。そして、社員の過半数以上が新しい仕組みに納得すると、さらに変わる。こうなると、自動発注という新しい仕組みは放っておいても機能し始めます。
HIP:仕組み化を成功させるためのポイントは何なのでしょうか。
松井:キーワードは「過半数」と「効果」ですね。過半数が納得し、効果が実感できるようになると、簡単に昔の状態には戻らなくなる。そうして、昔の状態が非常識だと思われるようになる。ここまで到達すると、ようやく会社としての競争力がつきます。