日本の大学スポーツ界の行方に近年、注目が集まっている。アメリカではカレッジスポーツがカルチャーとして定着しており、マーケットも巨大。全米大学体育協会(NCAA)は、試合の放映権料などで年間1,000億円の収入があるという。一方、日本の部活動の運営は、学生の頑張りが基本であり、サポートもOBのボランティア頼りという状況だ。
そんな中、旧来の日本のスポーツ業界のあり方に疑問を呈し、プロチームの運営や学校スポーツの改革、スタジアム・アリーナビジネスを通じてスポーツ界、ひいては日本全体に変革をもたらそうとしているのが、アメリカのスポーツアパレルブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店であり、スポーツ・コングロマリット(複合企業)として急成長を遂げているドームである。
業界慣習にとらわれず、多角的な事業を行うドームの背景にあるのは徹底した「合理主義」と「自前主義」、そして「フラットな人間関係」だ。同社の目指すビジョンと、その実現のための戦略とは? スポーツの可能性に魅せられ金融業界から転身したというドーム取締役兼執行役員で今年から東大フットボール監督に就任した三沢英生氏に聞いた。
取材・文:宮田文久 写真:岩本良介
アメリカのカレッジスポーツでは、ガバナンスとリスク管理を徹底した上で収益を上げ、教育環境改善に向けての再投資を行っています。
HIP編集部(以下HIP):ドームでは近年、日本の大学スポーツ改革に関する取り組みを行っていますが、どういう課題を感じられているのでしょうか。
三沢英生氏(以下三沢):
大学スポーツは、多くのお客さんに楽しんでもらえる魅力のあるコンテンツですし、ビジネスとしてのポテンシャルも高いと思います。しかし、「部活動」というのは残念ながら、リスク管理がほとんどなされず、何のガバナンスもなされていない「任意団体」として運営されてきました。そのため、部活動を取り巻く様々なリスクに対応できていません。学生スポーツは活動中の負傷や死亡などの健康リスクに加え、選手の犯罪行為といった法的リスク、適正に処理されていない会計のリスクなど、様々なリスクを抱えております。これに対し、アメリカではNCAAがガバナンスを効かせ、しっかりとルールを定めてリスクに対処しています。残念ながらこうした仕組みのない日本では何か問題が生じたときに協会や連盟、学校が場当たり的な処分を科したり、チームが反射的に活動自粛をしたりとその場しのぎの対応に終始しております。さらに、選手の不測の事故や、違法行為の責任をなぜか指導者が問われてしまう。にもかかわらず、妥当な報酬も得られず、社会的身分も保証されないとなっては、必然的に有望な指導者たる人材がその道をあきらめたとしても、やむを得ないのではないでしょうか。責任の所在が不明確で、社会的責任も十分に果たせないわけです。そこが日本の学生スポーツの最大の課題であると考えています。
ドームは2016年よりアカデミック・インフラストラクチャー・プロジェクト(AIP)という大学スポーツ改革事業を立ち上げ、関東学院大学や筑波大学、近畿大学と一緒に取り組んできました(AIP自体は大学に限らず学校すべてが対象ですが、今回は大学に的を絞っています)。これは大学スポーツを産業化することで、その収益を施設、研究開発に再投資し、好循環を生み出そうとするプロジェクトです。このプロジェクトに端を発し、私自身が東大フットボールの監督となって大学スポーツの現場に直接入り込んだことでこの課題がはっきりとしました。
HIP:具体的にAIPではどのような改革を行なっているのでしょうか?
三沢:リスクを管理し、ガバナンスを徹底し、学生が思う存分活動できる環境を整備すると同時に「スクールブランディング」を行って収益を上げることが、プロジェクトの核となります。ロゴやスクールカラーの統一、ライセンス商品の販売、各部のウェブサイトのフォーマットを統一するなど、大学全体でブランド価値を高めることで、試合の集客からグッズ販売、放映権料までさまざまな収益を高めていくことが可能です。実際にアメリカのカレッジスポーツでは、各大学がより良い大学になろうという強い意志のもとにブランディングを進めています。加えて、同じ志を持つ大学同士が連携してカンファレンスを形成することで莫大な富を築いているのです。そしてその収益を教育環境改善に向けての再投資し、より優秀な研究者や指導者を招いたり、冷暖房完備の巨大なトレーニング施設や図書館といったファシリティの拡充につなげたりしているわけです。
HIP:組織の最適化や産業化の意識を持つことで、部活動だけでなく、学校全体の価値や質を上げることにもなると。
三沢:アメリカでは「スポーツは大学の玄関である」と言われているんです。カレッジスポーツがカルチャーとして根付いており、市場も日本の大学スポーツとは比べものにならないほど巨大です。私たちのベンチマークも常にアメリカを基準にしています。
また、アメリカでは試合観戦前に会場の外でバーベキューをしてお酒を楽しむ「テールゲート・パーティー」がカルチャーとして根付いていますが、そういった新たなスポーツの楽しみ方も提案していきたいと思っているんです。
HIP:一見スポーツに関係のないことも、ファン目線で見れば大事だということですね。
三沢:日本では「アスリート・ファースト」という言葉が誤解されがちで、競技環境などの整備が優先されることが多いのですが、本来はお客さんが第一であり、カスタマーエクスペリエンス最大化がなされるべきなんです。お客さんが楽しんでくれるからこそ経済がまわって、結果的に収益がアスリートに還元されていく。これが真のアスリート・ファーストです。最近、プロの世界ではそのことを意識しているチームが出てきましたが、大学スポーツの改革モデルも全く同じなんです。