放送事業を手がけ、数々のヒットコンテンツを生み出してきたテレビ朝日。AI活用を得意とするDX支援企業・AMBL(アンブル)。この2社が手を組み、2022年3月に誕生したのがeduleap(エデュリープ)だ。同社はAIを中心としたデジタル人材育成を目的とした教育事業を展開。今年1月にはBtoB向けにディープラーニングの基礎知識などを問う「G検定」の取得に向けた動画コンテンツを180本リリースした。
eduleapの事業の特筆すべき点は、コンテンツの内容にある。講義内容を検討する過程にはテレビ番組制作に携わるディレクターや放送作家が参加するほか、動画はテレビ朝日のアナウンサーが出演し、IT知識などをわかりやすく解説している。
なぜテレビ朝日はこれほどまでのリソースを割いて、教育分野へ進出したのか。一方、AMBLは教育コンテンツをテレビ朝日とともにどのように作り上げていったのか。テレビ朝日の石井貴裕氏とeduleap代表取締役社長の寺田善之氏に話をうかがった。
取材・文:サナダユキタカ 写真:坂口愛弥
「コンテンツ力」が新規事業の領域を広げていく
HIP編集部(以下、HIP):はじめに、eduleapがどのようなビジョンから設立されたのかを教えてください。
寺田善之氏(以下、寺田):eduleapは、IT企業であるAMBLとテレビ朝日が教育事業を進めるために資本業務提携し、2022年3月に誕生したスタートアップです。
AMBLにはおよそ600名のエンジニアが在籍しているのですが、その内130名がAIエンジニアという特徴を持っています。これは世の中の流れとして、AIに関する業務が多くなったことが背景にあります。
では、どうやって人材を確保したのかといえば、もともといた社員をリスキリングによって、AIエンジニアに育成しました。こうしたナレッジを活かして、デジタル人材育成を目的とした教育事業を展開するeduleapを設立しました。
石井貴裕氏(以下、石井):もともとテレビ朝日のグループ会社とAMBLとのあいだでは、エンジニア派遣などの業務取引があったため、われわれもAMBLのリスキリングや人材育成知見については存じておりました。さまざまな分野で事業の可能性を探っていくなかで、そうしたAMBLのナレッジとリソースにテレビ朝日のコンテンツ力が合わされば大きなシナジーが生まれるのではないか……それがこの事業のきっかけです。
HIP:テレビ朝日は民放キー局という立場の放送事業者です。いま、なぜ異業界の企業との共創やオープンイノベーションを推進しているのでしょうか?
石井:当社に限らず、現在テレビ業界では主力の地上波広告事業が苦戦しています。広告費の市場もマスコミ4媒体(新聞、雑誌、テレビ、ラジオ)がインターネット広告に抜かされている現状です。
しかし、われわれテレビ局の本当の強み、企業価値の源泉はコンテンツ力ですから、それを武器にして新たな事業領域にも積極的にチャレンジしていこうと考えています。その選択肢の1つとして、他社との共創やオープンイノベーションがあるのです。
HIP:テレビ朝日の新規事業といえば、サイバーエージェントと協業するストリーミング放送局「ABEMA」が知られていますね。
石井:ABEMAはこれまでにない「新しいテレビ」「新しいメディア」の形を目指して、サイバーエージェントさんとともにスタートした事業です。もともと挑戦に対して前向きな社風ではあるんですが、コンテンツを活かした土俵で勝負すれば必ず注目してくださる方がいるという自信と、それが結果につながっているという点では、ABEMAもeduleapも根底では通じるところがあるかもしれませんね。
HIP:サイバーエージェント以外の共創事例では、どのようなものがありますか?
石井:直近だと現実世界を拡張させる「リアルメタバース」を推進しているPsychic VR Labさんと資本業務提携し、XR事業におけるコンテンツ制作などを行なっています。また、やはりメタバースプラットフォームを開発・運営するクラスターさんとの共創では、テレビ番組とメタバースを組み合わせた「光と星のメタバース六本木」を舞台に、オリジナルイベントを行なっています。テレビ朝日からデビューしたメタバースアイドル「めたしっぷ」の部屋も展開中です。
チャレンジのヒントは「原点」にあった
HIP:メタバース領域はたしかにテレビで培われたコンテンツ力が活かせそうです。
石井:ええ。しかし、メタバースのようなわかりやすく親和性のある領域だけでなく、このeduleapの事業展開においても、テレビの力は活かせると思っています。テレビ朝日がかつて「日本教育テレビ(NET)」という社名だったことをご存じですか? 1977年までこの社名だったことからわかるように、われわれはそもそも「民放の教育テレビ局」だったんです。
こうした歴史もあってか、テレビ朝日という社名になっても、視聴者本位で物事をわかりやすく伝えるというコンテンツづくりを、長年にわたり手がけてきました。それはバラエティ、報道、ドラマとジャンルが異なっても一貫しており、そのナレッジをデジタル人材育成にも応用できればと考えたのです。
今回の取り組みはテレビ朝日にとって「まっさらな領域」にチャレンジするためですが、一方でテレビ朝日の原点に立ち返ったともいえると思います。