立ち上げからスピンアウト、代表コンテンツ『プロジェクトV』が生まれるまで
HIP:新規事業を進めるにあたって、知識やノウハウはどのように得ていったのでしょうか。メンターなどをご自身で探したのですか?
大井:いまでもそうですが、教えを請うことは大切ですね。わからないことがあれば、その分野に詳しい経営者や有識者の方々にTwitterのDMを送っています。すると大体返信をいただけて、お会いしてくれるんですよ(笑)。
ほかにもミーティングなどで一緒になった人で、この人に話を聞いてみたいということがあれば、連絡して食事に行きつつ情報交換をしています。日本テレビ内でも会いたい人がいれば、紹介してほしいとお願いすることはよくあります。「話が聞きたい、会ってみたい」と思ったら、躊躇せずにアクションを起こしていますね。
また、自分がここまで自由に挑戦できたのも、当時の上司たちが私の可能性を信じて任せてくれたことが大きかったです。もちろん、どのような若手に任せるか、見極めや目利きは重要ですが、若手としては任されることで自分事化できて、結果的に個人や事業の成長を早める部分があると思います。
HIP:新規事業であるVTuber事業「V-Clan」を立ち上げ、スピンアウトも実現しました。「0→1」で事業を軌道に乗せるのは、とても大変だったのでは?
大井:新規事業としてスタートしてから、1年半くらいは本当に大変でしたね。社会人1年目は研修期間が長かったため、ビジネスの経験がほとんどなく、事業をマネタイズさせる方法もわかりません。テレビ制作のことから、営業、マーケティング、経理や契約書のことまで全部勉強しなければなりませんでした。
しかも当時は、VTuberに関する書籍なんてないですし、周囲に知っている人もいない。だから、VTuberについての知見をお持ちの方に突撃で聞きに行くしかない(笑)。そうしないと、生き残れないですから。コロナ前はとにかくいろんなイベントに参加し、名刺交換を何千回としましたね。
HIP:そのように知識を得て、経験を積みながら、VTuberをメインとした「プロジェクトV」というテレビ番組を、2021年7月からスタートさせました。
大井:これは、私たちのVTuber事業の象徴的なコンテンツですね。最初は地上波放送をスタートさせることに抵抗がありました。というのも、テレビの枠を超えたものを発信するために新規事業を立ち上げたので。
しかし、それは自分のなかの小さいプライドで、視野の狭い考え方だなと思い直したのです。テレビ局で新規事業を成功させるなら、放送網というアセットを最大限活かすことが重要だと考えました。
番組内容の工夫としては、バラエティー番組によくあるような「ネットで活躍するインフルエンサーに年収を聞いて面白がる」といった色物に扱う企画ではなく、VTuberと真剣に向き合い、本当の魅力を引き出すことにこだわっています。
大企業発でスモールビジネスをやっても意味がない
HIP:VTuberを軸とした新規事業が、軌道に乗ったと確信した瞬間というのはありましたか。
大井: 2018年にVTuber事業をスタートしたときは、市場調査をしてもまだ何も出てこないようなマーケットでした。そこを直感で突き進んだといいますか……。
VTuberが当時100名ほど参加する「V-Clan」のネットワークをつくったことで、そこからさまざまなビジネスの可能性が広がり、売上が伸びたのが2022年5月ごろです。うまく行かないこともたくさんあったのですが、そのあたりで少し抜け出せたかなと思いました。
HIP:2022年に日本テレビからスピンアウトし、新会社であるClaN Entertainmentを設立しました。
大井:新規事業を提案した当時の資料にも「会社を設立する」というのは書いており、ずっと言い続けてきたことです。日本テレビという大企業で、スモールビジネスをやっても意味がないですし、それだったら自分で起業します。
日本テレビのリソースやナレッジを使い、短期間で大きなビジネスを実現させたいんです。そのために、社内ベンチャーが必要でした。会社設立を言い続けていたなかで、2021年夏ごろにそのGOサインが出て。急ピッチで準備を進め、2022年4月にClaN Entertainmentを設立しました。
HIP:ClaN Entertainmentを立ち上げ、現在、事業はどのように進捗していますか。
大井:「V-Clan」のネットワークは約300名に増え、Google公認のネットワークとしてマルチチャンネルネットワーク(MCN)も設立するかたちで、さらにネットワークを拡大しています。
今後は既存のVTuberだけでなく、歌い手やゲーム実況者などのクリエイターとも関わっていきたいですね。当社は「人生を変える、エンターテイメントを」をスローガンにしていますので、エンタメ業界に変革を起こすクリエイターをサポートしていきます。
VTuber先進国・日本のコンテンツはアメリカで通用するか
HIP:現在のClaN Entertainmentと日本テレビの関係も教えてください。協業などは行なっているのですか。
大井:ほかのグループ会社と比べ、自由度の高いかたちで経営を任されています。バックオフィス面では社内システム、評価制度なども、日本テレビと異なります。オフィスも渋谷や恵比寿、五反田といったスタートアップが集まるエリアに近い目黒に置くことで、そうした企業とコミュニケーションが取りやすいようにしています。
独立性を保ちつつも、日本テレビとの協業はもちろんあります。日本テレビ報道局とVTuber が最新ニュースをお届けするTwitterアカウント「NVN(Nittele Vtuber NEWS)」を立ち上げましたし、『ぐるナイ』のアバター企画のサポートもしています。ほかにも特番とのコラボレーションなど、多数関わっています。
今年1月にYouTubeチャンネル『THE FIRST TAKE』にVTuberの星街すいせいが初出演しましたが、同時視聴数約16万人という、いままでにない数字を記録し、公開から3日で500万回再生も達成しました。
VTuberにこんなに注目が集まるとは、誰も予想もしていなかったですよね。業界全体が日々成長しているので、これからもさまざまな取り組みにチャレンジしていきたいです。
#VTuberが伝える今日のニュース #NVN#newsevery #クマーバ#ダブリス#ネコルン pic.twitter.com/2ff6nlGit7
— Nittele VTuber NEWS?VTuberがニュースをお届け中? (@nvn_ntv) February 3, 2023
HIP:最後に、VTuberの未来や、ClaN Entertainmentのこれからのビジョンについて教えてください。
大井:最近では、自分の顔を露出しないアーティストも増えてきています。これはつまり、中身重視の、実力勝負の流れがきているのだと思っています。そして、見た目を自由に変えられるVTuberもまた、中身が重要視されるコンテンツです。
VTuberを演じるのは簡単だと思っている人がいますが、考えてみてください。VTuberとしてのキャラクター性を保ちながら、数時間ものあいだ、リアルタイムでユーザーのコメントに返事をし、ゲーム実況などをし続ける。しかも炎上は許されない。それを台本もディレクターもなしに一人で行なう。
私はVTuberを天才だと思っています。これからもさまざまなVTuberが現れ、新しいエンターテイメントのかたちを示してくれるでしょう。
HIP:ClaN Entertainmentのビジネス面ではどうでしょうか?
大井:VTuber事業で世界に打って出たいですね。日本はVTuberのカルチャーを生んだ場所で、「VTuber先進国」であるそのノウハウを使ってグローバルに展開できるはずです。かつて自分が暮らしたエンターテイメント大国・アメリカに、そのエンターテイメントで挑戦するというのは、留学して以来、ずっと思い描いてきましたから。
スタートアップとしても、大企業からスピンアウトした成功事例になれればと考えています。テレビ局は古い体質だと思われがちですが、ここから新しい企業やカルチャーが生まれていくことを、多くの人に知ってもらいたいですね。