INTERVIEW
アシックスが「寿命」を予測? 運動データを活かした健康増進プログラムとは
勝眞理(株式会社アシックス スポーツ工学研究所 インキュベーション機能推進部 部長)

INFORMATION

2019.11.11

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スポーツ用品メーカーのアシックスは今年、企業向けの健康増進プログラム「ASICS HEALTH CARE CHECK」を開発した。独自の測定・分析技術を用いて「健康寿命」を割り出し、個々の課題に合わせた運動プログラムをアドバイスするという。

プロジェクトの舵をとるのは、アシックススポーツ工学研究所の勝 眞理氏。1988年の入社以来、運動生理学や人間工学などの研究に取り組んできた。蓄積したデータを活かした新たなビジネスを模索した結果、このプログラムに行き着いたそうだ。

「ASICS HEALTH CARE CHECK」が目指す、「いつまでも健康体でいられる人」を増やすためのビジョンとは。さらに、大企業のなかで新規事業を進めるために必要なマインドなども含め、勝氏にうかがった。


取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 写真:玉村敬太

健康診断では、アドバイスが不十分?日常の動きを工夫するだけで、良い運動になる

HIP編集部:企業向けの健康増進が目的とのことですが、現状でも年に一度の健康診断を実施している企業は多いです。そうしたものでは不十分なのでしょうか?

勝 眞理氏(以下、勝):もちろん、そうした検査は重要です。ただ、従来の健康診断では、具体的な改善につなげるための情報が足りないと思っています。

「適度な運動をしましょう」「食事を改善しましょう」という指導は受けますが、「じゃあ、どんな運動を、どのくらいすればいいのか」という具体的なアドバイスまで得ることはなかなかありません。

株式会社アシックススポーツ工学研究所インキュベーション機能推進部部長の勝眞理氏

HIP:たしかに。「適度な運動をしてください」と診断されたときの「適度」がどの程度なのか、よくわからないです。

:そうなんです。たとえば、一般的に「健康のためには1日1万歩、歩きましょう」といわれていますよね。しかし、重要なのは歩数ではなく、歩く速さや、歩き方など一人ひとりに合った最適な運動の質なんです。そもそも目的や意義もわからず、長い時間をかけて1万歩をトボトボ歩くのは、ただ疲れるだけです(笑)。

それより、たとえ20分でも正しい姿勢で、自分に合った歩幅を広げて歩くほうが良いんです。毎日の通勤で歩き方を意識的に変えるだけでもトレーニングになる。ほかにも、掃除などの家事もやり方次第で、とても良い運動になります。そうした日常生活の動きを工夫するだけなら長続きしますし、効率よく健康改善につなげられますよね。

スポーツ用品メーカーの大手・アシックスが提供する「健康増進プログラム」とは?

HIP:そういった運動や健康を手助けしてくれるサービスが、「ASICS HEALTH CARE CHECK」なのでしょうか。

:そうです。アシックスには、製品開発に必要な「人間の身体のつくりや動き」をデータ分析・研究する「アシックススポーツ工学研究所」があります。そこでは長年にわたって、ウォーキングシューズなどの研究開発を行っています。その過程でさまざまな年齢、性別の歩行データを収集・分析してきました。ですから、歩き方に関するさまざまな情報や知見が蓄積していたんです。

その強みを活かして新たな事業ができないかと考えた結果、生まれたのが「ASICS HEALTH CARE CHECK」です。一人ひとりに合った理想的な健康生活のサイクルを構築することを目指しています。

HIP:どのように歩行能力を計測するのですか?

:RGBカメラと深度センサーが内臓された特殊な装置に向かって、6メートルくらい歩いてもらえばデータがとれます。それをもとに「歩く速さ」「身体の揺れ」などを含む6つの側面から歩行能力を割り出します。さらに「筋力」「柔軟性」「持久力」「平衡性」など身体全体の活動能力も分析。その結果に基づいて、個々に応じたトレーニングメニューを提供する流れですね。

歩行能力テストの様子(画像提供:アシックス)

HIP:健康を維持するためには20代、30代から「歩行能力」をチェックしておいたほうがいいのでしょうか?

:はい。歩行能力は年齢とともに落ちていくことがデータでわかっています。一般的に、高齢の方は若い人に比べて前傾姿勢なため、すり足になりやすく歩幅も狭くなります。しかし、いきなりそうなるわけではありません。身体能力の低下に伴って緩やかに変わっていくんです。ですから、定期的に現状を正しく把握し、必要な改善をしていくことが重要です。

HIP:なるほど。忙しく働く社会人にとっては、ありがたい情報ですね。ちなみに、歩行能力以外はどんな計測ができるのでしょうか。

:認知力やストレスなども計測して数値化します。項目としては「カラダ」「アタマ」「ココロ」の要素を計測し、総合的な健康指数を算出します。さらに、将来的に健康ではなくなるまでの期間や、転倒・疼痛の危険率を予測することもできます。

現在は複数の企業にご協力いただき実証検証を進めています。従業員の健康に対する意識の高い企業に導入してもらい、テストをしている段階ですね。

新たに1,000人弱の健康状態を測定。働く大人に運動習慣を根づかせるための取り組み

HIP:なぜ「健康」をテーマにした事業に参入することになったのでしょうか?

:弊社はスポーツ用品メーカーですから、やはり根底には「スポーツ人口を増やしたい」という思いがあります。特に仕事が忙しく運動実施率も低い30代から50代の社会人層にこそ、運動への関心を持っていただきたいと考えていました。

そのための事業構想を本格的に考え始めたのが、2017年頃。当時、世間では従業員の健康増進を重視する「健康経営」というキーワードが注目されはじめていました。それで、従業員それぞれにカスタマイズされた企業向けの運動プログラムを提供できれば、結果的に社会人の運動への関心を高められるのではないかと考え、このプロジェクトが始動したんです。

HIP:まずは何から始めましたか?

:まずは「健康度を可視化する」ための指標を決めました。弊社の強みである歩行能力に加えて、筋力や柔軟性、認知力など、健康状態を測定するために必要な項目を挙げていきました。

ただ、歩行能力や筋力などのデータは蓄積していましたが、「カラダ」「アタマ」「ココロ」の要素から総合的な健康指数を算出するためのデータは持っていなかった。ですから、最初は基準値をつくるためのデータ集めから始めました。弊社の社員も含め1,000人弱の健康状態を測定し、必要な項目の絞り込みと基準値の作成を行っていきました。

HIP:データの収集や分析では、どんな点に苦労しましたか?

:特に苦労したのは、認知機能やストレス状態などの測定ですね。より高いレベルでサービスを提供するために、社外の研究機関や他社さんにお力添えいただきました。

ほかにも、運動にまつわるアドバイスはできても、食事や睡眠といった分野の知見は不十分。ですので、現在も各専門分野のエキスパートであるパートナー企業や機関と連携して、さらなるサービス向上に努めています。

HIP:パートナー企業を選定する際の基準はありますか?

:いちばん重要視しているポイントは、オリジナルの技術でしっかりしたエビデンスを持っているか。そして、ビジョンが一致するかどうかです。その技術を使って、どんな社会を実現したいのかという価値観が一致していないと、良いパートナーシップは生まれないと思うので。

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