時代の変化に取り残されず生き残るためには、イノベーションを創出しなければならない。そんな危機感を抱き、「チャレンジ」に乗り出し始めた大企業。「HIP」でも数々の事例を紹介してきたが、現場のイノベーターたちは口を揃えて「まだ満足していない」と語る。
いま、日本企業のチャレンジを阻んでいる壁とはいったい何なのか。新春特別企画として、グローバルな視点を持つ「イノベーション仕掛人」による鼎談をお届けする。
お話をうかがったのは、東京・虎ノ門エリアを熟知する二人。イノベーターが集うコミュニティー「ベンチャーカフェ東京」の小村隆祐氏と、海外企業の日本進出を支援するプラットフォーム「アンカースター」でディレクターを務めるザイドラー・アンドレアス氏。
さらに、2018年に始まった東京都イノベーション・エコシステム形成支援事業で⻁ノ⾨・赤坂・六本木エリアの代表事業者を担う森ビル株式会社の竹田真二氏を交え、チャレンジを加速させるためのヒントを探った。
取材・文:笹林司 写真:丹野雄二
これまでのパラダイムが通用しない時代。価値観そのものを更新すべき
HIP編集部(以下HIP):みなさんは、「日本企業発イノベーション」の現状をどのように捉えていますか?
小村隆祐氏(以下、小村):日本、とりわけ大企業がイノベーティブになるには、「計画性」と「過去からの連続性」という2つのキーワードを踏まえ、価値観をアップデートしなくてはいけないと思っています。
小村:1990年代以降の日本ではMBA(Master of Business Administration。日本語では「経営学修士」「経営管理修士」と呼ばれる)がもてはやされました。そもそもMBAとは、大量生産と標準化が求められる状況で、高精度な計画を立案・実行できる人材を育てるためのものだと考えています。高度成長期からバブル期に至る日本のビジネスモデルにはピッタリだったわけです。
ですが、現在はあらゆるもののコストが低下するとともにプロダクトのライフサイクルが速くなることで、「計画」というパラダイムが古臭くなりつつあるのです。
HIP:「計画」に代わり、何が重視されるべきなのでしょうか?
小村:「行動」です。やってみないとわからないなら、まずはやってみる。いまの日本企業には、やってみることで学びを得て、学びながら軌道修正をしていくことが求められると思います。
技術革新によって、ビジネスの現場にも機動性や柔軟性が生まれつつあるとはいえ、日本企業はまだまだ計画を重視しがちです。今後は価値観をアップデートして、リスクを見極めながらも「まずはやってみる」手法に変える必要があるでしょう。
HIP:それでは、「計画」とあわせてアップデートが必要だという「過去からの連続性」の価値観とは、どういったものですか?
小村:過去からの連続性、イコール「前例踏襲主義」と言えるかもしれません。日本は世界的に見ても長く存続する企業が多い国。一定の成功法則を守り続けることを重んじていますが、その反面、企業が変わるスピードは遅いです。
一方、海外では、日本とは比べものにならないくらい企業が潰れます。ですが結果として、また新しい企業が生まれる。彼らはしがらみや成功体験がないので、新しい組織のあり方やビジネスモデルをどんどん試すことができ、それがイノベーションにつながっています。
なにも「会社は潰れたほうがいい」といっているわけではなく、目を向けるべきは、新しいことに取り組む姿勢やスピード感において、日本と海外では大きな差があるということ。
世界は日本以上のスピードで進んでおり、ぼくは日本が「周回遅れ」になり始めているのではないかと危惧しています。そのギャップを埋めるためにも、まずは「何が足かせになっているのか」という構造自体をしっかり理解する必要があるでしょう。
竹田真二氏(以下、竹田):確かに、価値観のアップデートは非常に重要ですね。森ビルでは、法律の話がよく使われます。当然法律は守らなくてはなりません。しかし、それはある時代のある価値観に基づいてつくられたもの。時代の変化によって価値観が変わったら、既存の法律に違和感を持つ感性も重要です。よりよいものが生まれるのであれば、ルールを見直して変えていくほうが合理的ですしね。
国内企業はイノベーションの「本質」に迫りつつある。海外から見た現在地
HIP:アンドレアスさんは、日本企業のイノベーションの現状をどう見ていますか。
ザイドラー・アンドレアス氏(以下、アンドレアス):概ねお二人と同じ認識ですが、日本企業の取り組みについてはポジティブに見ています。
アンドレアス:日本企業は「イノベーション」を新規事業創出の文脈で使うことが多いと思いますが、海外では、「自らを新しくする」という意味合いがあります。価値創造の考え方やビジネスモデル、意思決定から評価制度に至るまで、会社の本質的な部分を変えることを「イノベーション」と捉えているんですね。
そういった意味では、日本企業の一部はすでにビジネスモデルの変換や人事制度の刷新に取り組んでおり、イノベーションの本質に迫っているといえるでしょう。
先日、アメリカのスタートアップで仕事をしている友人が、「日本にはスタートアップはいらないのではないか」という興味深い話をしていました。彼は「アメリカではスタートアップがイノベーションを担っているけれど、日本では同じような価値を大企業が担っている」と言うのです。私もここ2、3年は、イノベーション研究がもっとも進んでいるのは日本の大企業なのではないかと思っています。
HIP:それはなぜでしょう?
アンドレアス:イノベーションに対する大企業の意識が変わってきているからだと思います。数年前、大企業が新規事業を立ち上げるときは、「出島」と称して、社内でうまくいかないことを外に切り離して始めることが一般的でした。ただ、それが「島流し」のようにも見えてしまい、いくら新しいことをしても評価されづらかった。その体質が、変わりつつあるように思います。
アンドレアス:ここからは個人的な感覚ですが、最近は経営幹部の候補者といったスーパースター的な社員が「出島」に行くケースが多いのではないでしょうか。会社のスターを新規事業の「顔」として立てることで、ほかのメンバーがやる気になったり、「新規事業」のイメージがアップしたりする。そういう選択ができるようになったという意味で、日本企業は進化しているように思います。
まずは実践する海外と比べると、確かに日本のイノベーションはスピード感に欠けるかもしれません。しかし歩みは確実で、結果として「会社そのものを変える」というイノベーションの本質が根づきつつある。日本の大企業をリスペクトしているヨーロッパの企業も多いですよ。
大企業の「ピース」になることがわかっていて、組もうと思うスタートアップはいない
HIP:スピード感以外に、ヨーロッパやアメリカから日本企業が学ぶべきことはありますか?
小村:「問題意識」ですね。そもそもイノベーションの前提には、強烈な問題意識や当事者意識が必要ですが、日本の社会ではそういったことを考えなくなってしまう慣性があるなと感じます。ある意味、幸せなことなのかもしれませんが。
たとえば環境問題。先日、ベンチャーカフェのグローバル会議でアメリカに行ったときに、お土産に鉄製のストローをもらいました。買い物でも紙袋に入れられることが多く、「プラスティックを使わない」という意識が社会に浸透しています。
しかし、日本では買い物をすればビニール袋がついてくるし、個人レベルでも「プラスティックのストローはやめておこう」という意識はまだ根づいていない。日本も他人事ではないにも関わらず、この問題意識のギャップには違和感があります。
アンドレアス:とても共感します。問題意識のギャップは、個人レベルではなく企業にもいえることですよね。国内外の経営者と議論する際、私たちはよくビジョンやパーパス(目的、存在意義)といった概念を「北極星」という言葉で表しますが、海外の企業は実現したい世界が明確にあり、そこに向かって走っていく。会社の意思決定や投資判断なども、その「北極星」と照らし合わせて行うんです。そのような走り方は、日本ではあまり見当たらないですね。
一部の日本企業は、実現したい世界よりも、「存続すること」を目指していて、「前年比5%成長に向けて頑張りましょう」というような走り方をしている気がします。「何百億円の売上げのために新規事業を創出する」なんて、志が感じられません。イノベーションを起こすには、理想や実現したい世界があるべきで、そこには問題意識が不可欠でしょう。
海外のスタートアップと日本企業をつなぐお手伝いをするなかで、日本側から、「時代の変化に対応するために、こういうピースのスタートアップが必要だ」というリクエストがよくあります。でも、最初から大企業の「ピース」になることがわかっていて、組もうと思うスタートアップはいませんよ。「また時代が変わったら、今度は別のスタートアップと組むんでしょう?」と思われてしまう。
本当は、実現したい世界を明確に掲げて、「そのためにあなたたちと一緒にやりたい」と言うべき。そのほうが、もっと楽しいパートナーシップを築けると思います。