「事業とはまず人々を幸せにすることが目的で、営利は後からついてくる」
HIP:先ほど三木さんからうかがった「社会の課題解決を目指した事業開発」は、東洋製罐グループのイノベーションにおいて大きなテーマなのでしょうか?
三木:もともと当社は、約100年前、食料が不十分な地域に食料を届けるためのツールとして、缶の容器をつくり始めたことが創業のきっかけでした。当時から「事業とはまず人々を幸せにすることが目的で、営利は後からついてくる」という考えが根底にあり、東洋製罐グループは社会の変化に応じて成長してきた。ですので、時代に沿った社会課題を当社のリソースで解決することは、グループ全体の根本にある方針です。
HIP:2019年4月に設立されたという「イノベーション推進室」も、その取り組みを加速させるための組織なのですか?
三木:そうですね。イノベーション推進室は、グループのトップである大塚一男(代表取締役社長)の直下にあります。そのため、トップダウンで意思決定を下しやすい。「詰太郎」のように優れた企画を、スピーディーに事業化することが可能になります。
事業開発のほかには、組織開発や人材育成にも注力しています。東洋製罐グループは母体であるホールディングスの下に多くの事業会社があり、グループ全体で1万9,000人もの従業員がいる。高い技術力や知見を持つ社員も多く、彼らが日々の業務や生活のなかで感じたことやアイデアは、未来のイノベーションの種になるでしょう。それをしっかりと活かすのが、イノベーション推進室の大きな役割のひとつですね。
HIP:具体的に、どのようなサポートを行っているのでしょうか?
三木:社会課題を解決する事業を創出するには、「文脈」が大事だと考えています。どんなストーリーを描き、どんなパートナーと組み、どんな社内リソースを組み合わせるのか。そうした文脈をイノベーション推進室が明確に打ち出してあげることで、企画が実現しやすくなるんです。
「詰太郎」でいえば、「缶をどう売るか」という視点だけでは社内外を巻き込むには至りません。ですが、お祭りや日本酒といった文化の再興という社会課題を見つけ、事業と結びつく文脈を設けることで、グループ会社や自治体、酒造も賛同してくれます。ストーリーを立て、パートナーを見つけ、ときにはグループ内の調整まで行い、円滑にプロジェクトを回していく。そのようなサポートを行っています。
HIP:イノベーション推進室の設立で、アイデアを出しやすい風土は生まれましたか?
三木:そうですね。1万9,000人もいる社員のなかには、新しいことを考える人も必ずいます。ですがいざ実現しようとすると、大きな組織であるがゆえに、正攻法のプロセスを踏むと承認に時間がかかったり、途中でプロジェクトが頓挫してしまったりすることもある。
もちろんそういった企業の仕組みは必要ですが、いままでにないイノベーションを生むためには、イノベーション推進室のような「抜け道」も有効なのだと思います。
会社の歩みを振り返れば、イノベーションの「勝ちパターン」が見えてくる
HIP:落合さん、平岡さんは、今後「詰太郎」をどのように成長させていきたいですか?
落合:今年も大曲の花火大会で日本酒缶を販売する予定ですし、全国の自治体ともお話をしている最中です。日本各地にはさまざまなお祭りがあり、土地には必ず酒蔵がある。そこをうまく掛け合わせ、事例を増やしていきたいです。
平岡:酒造や自治体以外に、「企業のノベルティーとしてオリジナルの日本酒缶をつくりたい」といった声もいただきました。日本酒だけでなく、クラフトビールやワインなどにも展開できるでしょう。社内外から期待を寄せていただいていると感じます。
HIP:イノベーション推進室としてはいかがですか? ドローン事業や宇宙開発など、幅広い領域に展開する予定だとうかがいました。
三木:いきなりドローンや宇宙というと、唐突に感じられるかもしれません。しかし、これらもまた、東洋製罐グループの技術や知見を十分に活かせる分野だと考えています。
そう遠くない未来、宇宙旅行や月、火星への移住が日常的なものになるかもしれません。本気で月や火星で生活をしようと思ったら、ゴミを循環させる仕組みが不可欠です。容器は確実にゴミになりますから、循環できるものでなければ宇宙には持ち込めない。それは、いま地球上で起きているマイクロプラスチックの問題、環境問題にもつながりますよね。
地球レベルでは解決が難しい問題も、宇宙というスケールで考えれば新しい発想が生まれる。それが、ひいては地球の環境課題を解決する糸口にもなるのだと思います。
HIP:トップカンパニーが本格的に環境問題に取り組む意義は大きいですね。
三木:現代社会は課題が山積みですが、我々のリソースで解決できる問題はまだまだあるかもしれない。社会課題をどういう文脈で切り取り、どのリソースを活用するかが重要なポイントだと考えています。
そのヒントを得る手段として、会社の歴史から学べることも多いです。これまで世に出した製品の過程を紐解いていくと、人や会社の動き、社内プロセスなど、イノベーションを成功に導くヒントが詰まっている。ときには引退した役員のもとを訪ね、「あのとき、なぜこのアイデアを採用したのですか?」と話を聞くこともあります。
HIP:未来のために、過去からヒントを得るという手法はユニークですね。
三木:プロジェクトの内容は違っても、成功までのプロセスには、共通する「勝ちパターン」があるということです。新しい製品が世に出るまでに、どういう人間がどんなコミュニケーションをしたのか。それは意外と普遍的で、汎用性が高いんですよ。
もちろん会社によって「勝ちパターン」は多彩なので、東洋製罐グループのやり方が他社にマッチするとは限りません。ただ、新規事業でつまずいたときは、立ち止まり過去を振り返ってみることで、得られるヒントもあるのではないでしょうか。