震災によって表面化した社会課題を、ビジネスで解決したい。
HIP:生川さんは、実際にデジタルイノベーターとして活躍されているのですか?
柴崎:というよりも、モデルのような人です。デジタルイノベーターは、彼のような人材を育成するイメージから生まれたともいえます。彼が東日本大震災のときに立ち上げた新規事業、その動き方がヒントになりました。
生川慎二(以下、生川氏):私はもともとSEなので、仕様書どおりに、よい品質のシステムをつくるのが仕事でした。しかし、常駐先のお客様と話をしていると、新しい課題が見えてきて、もっといいアイデアが生まれてくる。それを実現しようとすると、原価率は上がり損益は悪化。もとの仕様に比べても過剰品質になってしまいます。
そんなジレンマのなかで、次第に「自分がやるべき仕事はこれではない」と思うようになりました。そこで興味を持ったのが、ビジネスを通して社会課題を解決する「ソーシャルイノベーション」です。2010年頃から個人的にチャレンジしていましたが、当時はまだ一般的ではありませんでした。
HIP:東日本大震災の復興支援では、国や自治体だけでなく、さまざまな企業が強みを活かしたソーシャルイノベーションを行い、注目されました。
生川:かつて、宮崎県で起きた口蹄疫や鳥インフルエンザへの対応で、富士通のクラウドサーバー技術が有効に活用できると手応えを感じていたんです。ですから、震災が起きてすぐに、被災地での情報管理を手助けできるのではないかと考え、震災当日に企画書を書いて、翌日には経営陣に直訴。震災から4日後に、新プロジェクトチームが発足しました。
チームのメンバーで手分けして避難所を訪れ、状況を集約してクラウドサーバーにアップすることで、支援を行うNPOや各省庁、自治体が共有できるシステムをつくりあげました。
このシステムからは、医療状況の悪化問題が浮き彫りになりました。病院が被災してカルテが失われてしまったことで、適切な治療を受けられない人が大勢いたのです。震災以前から、カルテの電子化は進められていましたが、それを複数の病院間で共有するような仕組みがなかった。隠されていた問題が、震災によって一気に表面化したんです。
生川:そこで、スマートフォンを利用して、現場の医師や薬剤師、ホームヘルパーが服薬情報や病状を共有できる機能も追加しました。こういった臨機応変な対応も、被災地で活動するSEが状況、課題を把握することでアイデアが生まれ、即座にシステム開発に活かすことで可能になったんです。
柴崎:そのシステムは、2012年に「高齢者ケアクラウド」として事業化されました。それまで課題であった医療機関と介護事業者の隔たりを解消したということが評価され、社会企業大学の「ソーシャルビジネスグランプリ 2013冬 ソーシャルイントラプレナー大賞」もいただきました。これこそが、まさに「デジタルイノベーター」が実現するべき仕事のあり方だと感じたんです。
生川:残念ながらその後、「高齢者ケアクラウド」は、事業としてはシュリンクしていきました。社会にとって有意義なことが、かならずしもビジネスとして成立するわけではありません。いったんクールダウンして視点を変えようと考えていたところに、柴崎からデジタルイノベーターの相談があったんです。被災地で実践した「現地で課題を見つけて、アイデアを出し、それを実装して社会課題を解決する手法」は、デジタルイノベーターのコンセプトとリンクします。やっと時代が追いついてきてくれた、と感じましたね(笑)。
社内からの抵抗は、本当にイノベーティブなことをしているかどうかの目安。
HIP:一方で、現在も富士通のSI事業の売上は、既存のSoR開発が大半だと思います。そのあり方をある意味否定するような「デジタルイノベーター」という新規事業を実現するために、社内でコンセンサスを得るのは大変だったのではないですか。
生川:もちろん大変でしたが、抵抗勢力があるということは、それだけ革新的なことをしているということ。自分たちがやっていることが本当にイノベーティブかどうかの目安だと考えていました。
富士通には誰でも企画書を提案できる文化が浸透していて、役員はみんな話を聞いてくれる。企画さえ通れば新規事業も起こしやすい。借金することなく、ベンチャー企業を立ち上げるようなイメージです。大企業は人材も豊富だから、チームビルディングもしやすいのもメリットです。
柴崎:もうしばらくは、SoRのような受託型のビジネスモデルでも安泰でしょう。しかし、多くの企業がITを活用した変革や、新しいビジネスモデルを模索している近年の流れを考えれば未来はない。このままでは、いずれ富士通という会社は消滅するかもしれないという強い危機感を持って、デジタルイノベーターの重要性を説いていきました。
生川:東日本大震災は社内の意識を変えるきっかけのひとつだったと思います。いまでこそ企業の強みを生かし、ビジネスで社会課題を解決するソーシャルイノベーションは一般的になっていますが、震災でその必要性が共通認識となりました。加えて、一社だけでは難しい社会課題に取り組むときには、複数の企業、NPO、行政が手を取り合うことも大事です。まさに共創につながる考えです。
柴崎:社内のコンセンサスをとるためには、ちょっとしたテクニックも必要です。たとえば、PLYでハッカソンを始めたときには、相手に合わせて訴求するポイントを使い分けて説得をしました。
人事担当の役員には、チャレンジの場が生まれ、人材の育成につながると訴えました。事業部の役員には、ハッカソンから生まれたアイデアによって、眠っている技術を新たなサービスとして再利用できるかもしれないという話をする。労働組合には、外部との交流によって生まれるモチベーションアップや、社員同士のコミュニケーションを促すことで、社員満足度の向上につながると伝えました。物事は、えてして多面的。そういったずる賢さは必要ですね(笑)。