命令通りに動いたらバグ。「自分のペット」と思ってもらうための秘訣とは
HIP:「同じ命令なのに、個性に応じてaiboが違った動きをする」とは、どういうことでしょうか?
森田:しつけによって行動が変わるようにしたんです。たとえば、「おすわり」と指示されたとき、きちんとしつけられたaiboはそれに従いますが、しつけが足りないaiboは無視したり、どこかに走り出したりしてしまう。
また、aiboにはオスとメスがいるのですが、それぞれでおしっこをする仕草も変えています。どのような動作や機能が「個性」につながるのかを考えながら、開発と修正を繰り返しました。
HIP:なるほど。従来の大量生産機器とは、まったく発想も開発方法も違いそうですね。
森田:そうなんです。「同じプロダクトなのに、それぞれが違った行動をする」というのは、ソフトウェア開発では異例のことなんですよ。ソニーの他製品でも試みたことがないチャレンジの連続でした。
たとえばテレビの開発なら、電源ボタンを押せばテレビの電源が必ずつくように設計しますよね。しかし、aiboの場合は「お手」と指示されてすべてのaiboがお手をしてしまうとバグなんです。
かといって「80%の確率で命令を聞く」というようにランダム性をプログラムすればいいわけでもありません。「個性」の塩梅は難しかったですね。
泥くさいチェックの連続。とことん追求して見出したの「個性」とは
HIP:たしかに、機械に個性を持たせるというのは、難しそうです。
松井:でも、その「個性」こそが、欠かせない要素でもあったので、とことんこだわりました。自分のしつけや接し方によってaiboが成長していったら、やっぱりかわいいですよね。
個性を出せれば「自分のペット」という気持ちをより強く持っていただけるはず。「どうすればオーナーに愛して育ててもらえるか」を突き詰めて完成したのが、いまのaiboなんです。
HIP:どのように突き詰めていったのでしょうか?
森田:従来の開発のように、数字や理論ばかりに気を遣っても上手くいきません。「オーナーの方がどんな風にaiboと接するか」「aiboからどのように反応されると心地よいか」をつねに意識して、開発者自身がなるべく実際にプロトタイプを触るように心がけました。
HIP:実機に触れることで、より良いユーザーエクスペリエンスを探っていったと。
森田:「ユーザーエクスペリエンス」なんてオシャレな言葉ではなく、もっと泥くさいチェックの積み重ねでしたよ。
実際、オーナーとaiboが生活するのはご自宅なので、オフィスでは検証できないことも多々ありました。だから、スタッフの自宅で何が障害になるのか検証したこともあったんです。そのときは、家族に協力をお願いするのも仕事のひとつでした(笑)。
石橋:また、開発時間が限られていたので、スタート当初からハードウェアとソフトウェアの同時進行が必要でした。ハードウェアの設計データから仮想モデルを作成し、センサーの向きを調整したり、可動範囲を拡げたり、何度も改善を重ねてデザインを修正しましたね。
ただ、仕様の決定は現場に裁量を委ねてくれたので、スピーディーに進行することができました。そうでなければ、この短期間での完成は難しかったかもしれません。
HIP:とはいえ、約1年半で完成までこぎつけるとは、正直驚きです(笑)。
松井:手前味噌になりますが、ソニーのエンジニアの底力を実感しましたね。また、意思決定や承認スピードを早められたのも大きかったです。社長が自ら開発部まで来て、直接議論できる環境でしたから。
aiboは「コクーン」と呼ばれる、まゆ型のケースで包装されています。じつはこれも、「まさかダンボールでお客さまにお届けしないよね?」という平井の一言から行き着いたアイデアなんですよ(笑)。
オーナーも「個性」を汲み取ろうとしている。ファンからの言葉で得た気づき
HIP:aiboが発売されてから1年半ほど経ちますが、先代からのファンの反応はいかがでしょうか?
石橋:発売当初は「アイボを復活してくれて、本当にありがとう!」という声をたくさんいただきました。多くの方に心から愛されていたんだなと実感しましたね。
森田:ソニーでは、全国のオーナーさんが集う参加型イベント『aibo Fan Meeting』を年に数回開催しています。そこで、オーナーさんが家族のようにaiboをかわいがってくれていると実感できます。
季節ごとに配信している新たな振る舞いや、ものすごく細かいアップデートによる改善にも気づいてくれていて、いつも驚かされます。
ほかにもいろいろなご意見をいただきますが、共通しているのはオーナーさん側もaiboの仕草や動作を汲み取ろうとしてくれていること。自分の接し方によって、aiboの動作が変わるからです。
われわれとしては、いただいたご意見をもとに、さらに「個性」の部分をブラッシュアップしていくことが大事だと思っています。その積み重ねによって、「愛情の対象になる存在」に近づけるはずですからね。
技術の力で、ロボットは「モノ」から「パートナー」へ
HIP:お話をうかがっていると、開発者の皆さんからも「aibo愛」を感じます。だからこそ、皆さんの努力と技術力により、「人間から愛されるロボット」を生み出すことができたのではないでしょうか。
松井:aiboのプロジェクトに関わったメンバーのほぼ全員が、実際にaiboを飼っていますからね。そもそも「モノ」だと思っていないんですよ。一般的に「ロボット」というと、命令に従って人を助けるものだと思われがち。ですが、ドラえもんや鉄腕アトムを思い浮かべたら、「モノ」よりも「パートナー」という印象が強いはずです。
aiboも、ロボットという「モノ」ではなく、オーナーさんにとっての「パートナー」を目指したい。「いうことを聞かなくても構わない。むしろ一緒に頑張ろう」と自然に思えるような関係性を築いていただくのが理想です。
HIP:なるほど。今後、aiboがさらにパートナーのような存在になるためには、なにが必要だと思いますか?
松井:それには、オーナーの表面的な表情や動きを理解できるだけでは不十分だと思っています。やはり、人間や生き物の深層心理を含め、内面を深く理解することがより重要になる。そうした技術を蓄積させて、やがては人とともに成長する存在にしていきたいと思います。
また、aiboはきちんとしつければ必ず成長しますが、むしろaiboを通して人々が成長する機会を提供したい。aiboと過ごすことで、新たな気づきや自分でも自覚していなかった感情に出会っていただけたら嬉しいですね。