2014年から日本テレビで放送されているテレビ番組「SENSORS」は、最先端のクリエイティブ、テクノロジー、ムーブメントをWebメディアと連動しながら様々な視点で紹介しているプロジェクトだ。そんなSENSORSが開催するリアルイベント『SENSORS IGNITION 2016』が2016年2月26日に虎ノ門ヒルズで開催された。
このイベントの目玉となるのは、レイ・イナモト、齋藤精一、松尾豊など各分野のイノベーターたちが登壇する「イノベーターズセッション」、そして、これまでにSENSORSが取り上げた様々なプロダクトやサービスを実際に体感できる展示エリアだ。SENSORSプロデューサーの加藤友規氏と共に展示エリアを周りながら見えてきた、未来のイノベーションの種とは?
取材・文:HIP編集部 撮影:豊島望
民間による月面探査レースで優勝を狙うHAKUTO
まず足を運んだのは、民間月面探査チームHAKUTOのブースだ。彼らは民間による月面探査レース「Google Lunar X PRIZE」に挑戦しており、月面に純民間開発のロボット探査機を着陸させ、着陸地点から500メートル以上移動させるなど、いくつかのミッションのクリアを目指し活動を行っている。
ブースで展示していたのは「ローバー」と呼ばれるロボット探査機。このローバーの性能が高く評価され、世界10か国以上から16チームが集う中、レースの中間賞である「モビリティサブシステム中間賞」を受賞したそうだ。HAKUTOの技術力の高さは世界からも注目されているが、現在約50名のメンバーのうち半分以上がボランティアスタッフで構成されているという。そう教えてくれた広報担当のスタッフの方も、宇宙への憧れからHAKUTOの一員となったボランティアだった。
「今後は一緒にHAKUTOを作っていってくれるボランティアの規模も少しずつ大きくしていきたいですし、広報にはさらに力を入れていこうと思っています。挑戦に成功するためには、もっと多くの日本人にHAKUTOのことを知ってもらわなくてはいけないですから」
システムエンジニア、弁護士、科学者など、宇宙への憧れを持つ多種多様なメンバーが集まって、個人のスキルを活かしながら活動しているというHAKUTO。彼らのゴールはレースで優勝することだけでなく、「普通の人が宇宙に行くことができる未来を作ること」だそうだ。様々な人々とのコラボレーションを実現し、ゴールを達成することを願いたい。
身体感覚を子どもに変換できる筑波大学の「CHILDHOOD」
筑波大学のブースでは、「CHILDHOOD」という、自分の身体感覚を小児のものへと変換するウェアラブルデバイスを展示していた。腰の位置にデバイスを装着してゴーグルをつけると、視線位置が子どもと同じ高さに。さらに手にデバイスを装着すると、子どもと同じ手指の感覚を体験することができる。
このデバイスを開発したのは、筑波大学エンパワーメント情報学プログラムの博士課程、人工知能研究室に所属する研究者の西田惇氏。普段は手術支援ロボットの開発などを行っているという。
「ふと、子どもの頃の身体に戻ったら面白いのでは、と思ったことから、普段の研究を生かし『CHILDHOOD』の開発を始めました。今では小児病棟の使いやすさを検証したり、教室における危ない場所を特定するのに活用できています。今回ブースを出展したことで、新しい使い方や応用の仕方に関するアドバイスを多くの人からいただけたので、さらに発展させていきたいと思っています」
ふとしたきっかけで生まれた「CHILDHOOD」は、メディアアートとしても検証用のツールとしても有用だということで、世界からも反響を得ているという。持っている技術と遊び心を組み合わせると、新しい可能性が拓けるという事例の一つかもしれない。
日本テレビとヤマハが共同で開発したVRピアノ演奏視聴システム「テオミルン」
最後に紹介したいのは、日本テレビとヤマハが共同で開発したVRピアノ演奏視聴システム「テオミルン」のブース。ヘッドマウントディスプレイを装着してピアノの前に座ると、次にどこを弾いたらいいのかが視界に現れるという仕組みだ。
この「テオミルン」は、日本テレビのCGのセクションで働き、「SENSORS」の番組制作にも携わっているという藤井彩人氏のとあるアイデアが形になったものだという。
「小さい頃からピアノが趣味で、今でも習っているのですが、これが全然上手にならなくて(笑)。自分のCGの技術でピアノが上達させられないか、ずっと考えていたんです。自宅で先生が演奏している様子を見ることができれば、と着想したことから『テオミルン』のアイデアが生まれました。10年前であれば不可能だったかもしれないですが、今ではVRヘッドセットのOculus Riftなどもある。社内の技術開発部と実験研究を行い、形ができてきたので、ピアノということでヤマハさんにお声がけして一緒に進めることになったんです」
「テオミルン」は1年ほどで形になり、今回のイベントで展示するまでになった。藤井氏は、このプロジェクトを進める上で気をつけたことがあったという。
「私は一度、社内で新規事業に挑戦して失敗した経験があるんです。そのときは物事を進める順序を誤ってしまったのですが、今回は同じ失敗はしないように、正しい順番で社内の人たちに伝えていくことを意識していました。こうして展示会に出たことで、社内的にも、社外的にも『テオミルン』が広がっていけばいいですね」
イベントをきっかけに出展者同士のコラボレーションも
今回で第2回となる『SENSORS IGNITION』を開催し、SENSORSプロデューサーの加藤友規氏はどんな手応えを感じたのだろうか。
「昨年、イベントを開催してみてわかったことは、まず参加者の若さ。20、30代の人たちが7割ほどを占めていました。そのデータは今回のイベントの設計に反映していて、有料の『イノベーターズセッション』も通常よりも安い学割チケットを設けて学生の方でも参加しやすいようにしていたり、大学の研究から生まれた作品も展示ブースに参加してもらいました」
第1回の傾向を活かしてアレンジしたこともあり、今年も会場は多くの若者で溢れかえっていた。第1回と第2回の違いはそれだけではない。
「昨年のイベントでは別々に出展していたクリエイターと技術者集団が、今回は一緒になって出展していただけました。バスキュールとプログレス・テクノロジーズによる『touch.plus』がそのケースですね。前回の出展をきっかけに、私たちが機会をセッティングしたことで企業の垣根を超えてチームが組まれた。これは大きな変化ですね」
協業によって生まれた「touch.plus」が出展していたのは、iPad Proの画面上で動く専用ロボット「TABO(ターボ)」。ゲーム性の高いプロダクトのため、ブースの周りには人だかりができていた。
SENSORSは、テクノロジーやクリエイティブによる社会が抱える課題の解決という点も重視している。展示エリアには、子どもからシニアまで参加できる新たなスポーツを啓蒙する「世界ゆるスポーツ協会」によるブースもあり、そっと投げないと泣き出してしまう、赤ちゃんのようなバスケットボールで遊べるコーナーも。「誰もが楽しく参加でき、健康にもなる。まさにこれからの社会に必要なものですよね」と、加藤氏は魅力を語った。
自分たちなりのオープンイノベーションのやり方を見つけていきたい
2回目の大型イベントも大盛況のうちに終わったSENSORS。テレビ、Web、イベントを交えて活動するSENSORSは、複合的なアプローチによって何を実現しようとしているのだろうか。
「SENSORSでは何かしらの化学反応を生み出していきたいと考えていてテレビ、Web、イベントにはそれぞれ役割を設定しているんです。テレビは、テクノロジー・エンターテイメントに関する情報を広く、わかりやすく届ける。一方でWebは、より詳しく、掘り下げて伝えることに適している。イベントでは、テレビやWebに登場していた人々と直接話すことができ、プロダクトの面白さを再認識できます。プロダクトを理解することで『この人と組んで何かできるのでは』という発想を生みだしてもらうのがイベントを開催する目的です」
異なる領域にいる人々をマッチングすることで、新たな事業を生み出していくことがSENSORSの狙いだ。そして、マッチングの対象となるのは、日本テレビも例外ではない。
「新規事業開発を担当する人間は日本テレビにもいますが、テレビ局が考える新規事業の発想は、テレビ局の枠をなかなか超えられません。そこで、外部の人々が持つ発想と自分たちのリソースを合わせることで、何か新しいビジネスを生み出していけたらと考えています」
SENSORSが直接のきっかけとなったわけではないが、他社とのコラボレーションによって生まれたのが、VRピアノ演奏視聴システム「テオミルン」だ。『SENSORS IGNITION』は、社内の新たな動きを、社内外に伝える役割も果たしている。
「もちろん、日本テレビとのコラボレーションではなくとも、SENSORSを通じて新しいビジネスが生まれたら面白いですよね。様々なマッチングを生み出しながら、自分たちなりのオープンイノベーションのやり方を見つけていきたいと思います」
今年、SENSORSが挑戦していきたいのは、企業とクリエイティブカンパニーを結びつけることによって新規事業を社会に生み出していくこと。新たな萌芽が芽吹く瞬間に、「メディアとしてうまく連携していきたい」と、加藤氏は意気込みを語ってくれた。
『SENSORS IGNITION』に出展していた人々の話を聞くことで、新しい何かを生み出そうとする人にとってのヒントを得ることができた。
ふとした着想を大切にして、プロダクトを生み出すこと。プロボノでも良いから共感したプロジェクトへと関わること。経験した失敗を次の挑戦へとつなげること。互いに強みを持ち寄ってコラボレーションすること。「一歩踏み出す」ことで新たなパートナーとの出会いへとつながり、さらに次のステージへと進んでいくことができる。
『SENSORS IGNITION』は、行動することの大切さを伝えてくれるイベントだった。今の時代、創造の種はそこら中に転がっている。さぁ、挑戦してみよう。