世界各国に19の拠点を持つR/GAは「Connected by Design」をテーマに掲げ、戦略、クリエイティブやテクノロジーの力でクライアントの課題解決を行なうインタラクティブエージェンシーだ。新しい広告クリエイティブのために、プロダクトや技術開発、ベンチャー投資までを手がける同社。その事例は世界最大の広告フェスティバル『Cannes Lions』において高い評価を獲得し続けており、広告業界の世界的なトレンドをリードする存在となっている。
そんなR/GA がついに2017年5月、東京オフィスを設立した。チームを率いるのは、AppleでiPhoneを日本市場に展開し、楽天グループで全社横断のモバイル戦略を推進させるなど、多彩な分野での活躍を経てR/GAにジョインしたマネージングディレクター、筈井昌美氏だ。
今回は日本と海外、両方のビジネスの現場に精通した筈井氏に、R/GAが日本に進出する理由、そして各国での戦略を立案するカントリーマネージャーに求められる素質について話を聞いた。
取材・文:市來孝人 撮影:玉村敬太
“従来の広告会社の考え方にとらわれない人材こそがイノベーションを起こすと考えたんです。
HIP編集部(以下HIP):まずはR/GAが日本に進出したきっかけについて伺えますか?
筈井昌美氏(以下、筈井):R/GAの創設者でCEOのボブ・グリーンバーグ(以下、ボブ)はもともと日本が好きで、かねてから進出を視野に入れていました。ただ、日本の広告市場は大手広告代理店がシェアの多くを取っているという現状があり、そこに参入するべきかどうかは慎重に検討を重ねていたんです。
そんななか、日本の広告市場において、R/GAが得意とするデザインやクリエイティブに関するニーズが高まってきたこと、AIやIoTなどのテクノロジーが広告クリエイティブを実現するための手法として成熟してきたことが契機となり、R/GA東京オフィスは設立されました。
HIP:もともと日本の市場には魅力を感じていたのですね。
筈井:そうですね。日本のように、伝統的な文化と最新のテクノロジーが融合している国のカルチャーに触れることが、R/GAにとってもプラスになるとボブは考えていたようです。2020年の『東京オリンピック』を控え、スポーツやエンターテイメントを中心にあらゆる日本の市場が盛り上がりを見せていくことも魅力ですよね。
HIP:東京オフィス開設にあたっての準備は、どのように進められていったのでしょうか。
筈井:私は広告業界の経験がない前提で、東京オフィス立ち上げの代表としてR/GAに入社しました。「従来の広告会社の考え方にとらわれない人材こそがイノベーションを起こす」という方針がR/GAにはあり、特にこの代表のポジションは他業種の経験者を探していたんです。そこから半年かけて、さらに多様なスタッフを増やし、体制を整えてきたところですね。
HIP:他業種の方がチームに入ることで、具体的にはどのような効果があるのでしょうか?
筈井:やはり、複数のカルチャーをミックスさせたチームのほうがアイデアに幅が出ますよね。私にはAppleや楽天で得た知見もありますし、R/GAロンドンオフィスの立ち上げを経験したメンバーはグローバル基準の意見を出してくれます。このように異なるバックグラウンドを持った人が、それぞれの視点でディスカッションできるような体制を意識的につくっています。
それに加えて、広告業界を取り巻く環境も大きく影響しています。というのも、単純にプロモーションを考えるだけではもう「広告」としては機能しない時代になってきています。そのため、インターネットを使ったインタラクティブなキャンペーンや、アプリの制作、新しい広告につながるテクノロジーを生み出す企業への投資に至るまで、自らの事業領域を広げていく必要があるのです。
“世界中にいる2,000人以上のスタッフが同じ方向を向いて仕事をするために、ビジョンを言語化するのは重要だと気づきました。
HIP:R/GAでは、新しい広告クリエイティブを実現するために、業界の外からメンバーを招き入れる文化が定着しているのですね。しかし、筈井さんとしてもまったく経験のない広告業界へ移るのは勇気のいる決断です。R/GAのどういった点に惹かれたのですか?
筈井:これまでのキャリアパスのなかで、新しいことをやっていきたい、面白いことを追求したいということはつねに考えてきました。Appleで経験した日本市場へのiPhone参入や、楽天グループでの全社横断モバイル化の推進などもそうでしたが、自分がわくわくする仕事でないと、いいアウトプットも出せないと思うんですよね。
楽天での仕事が一区切りつき、モバイルに次ぐ新たなプラットフォームや経済圏構築に興味が移っていたときにR/GAと出会ったんです。通常の広告代理店業務だけでなく、企業コンサルティングからベンチャー支援、テクノロジー開発、さらに自社でもIoT分野に特化した商品開発を手がけるといった業務領域の幅広さを知り、ここでなら新しい技術やクリエイションに触れながらワクワクする仕事ができると思い入社を決めました。ボブや、現在の上司であるシンガポールオフィスのボスのジムとも話し、人に惹かれたという面も大きかったですね。
HIP:メンバーのバックグランドも国籍も違うなか、各国のオフィスとはどのようなコミュニケーションを取ったり、ビジョンを共有したりしているのでしょうか?
筈井:毎週各国のエグゼクティブが全員集まるビデオ会議があり、最新の状況を共有しています。例えば日本にコンタクトしたい他国のクライアントがいた場合はここで話を進めますね。
ミーティングの冒頭にボブがいま気になっているテーマや思いについて話をするのですが、特徴的なのは何度も同じ話題が繰り返されることです。はじめは「なぜここまで同じ話を繰り返すのだろう?」と疑問だったのですが、世界中にいる2,000人以上のスタッフが同じ方向を向いて仕事をするためには、ビジョンを言語化して何度も伝えるのは重要なんだと気づきました。繰り返し耳にすることで、自然に頭のなかに入ってくるんですよね。
HIP:どんなテーマがよく出てくるのですか?
筈井:最近挙がったテーマは「コネクテッドスペース」ですね。これは私たちの業務領域の一つである、テクノロジーを駆使した、より快適な空間づくりのことです。R/GAにおけるリテールと空間デザインの考えは3つの柱に基づいています。
⑴ ひと(そこにいる人の感情や機能面のニーズを反映すべき)
⑵ スペース(人の行動や感情を促すようにデザインされるべき)
⑶ システム(デジタルツールを活用してパーソナライズし、個々人が快適に利用ができるよう空間に順応性を持たせる)
これらを設計のベースに起き、空間のデザイン、運営を行なっています。実際に弊社もニューヨークオフィスで実践し、クライアントにも提供していく予定です。
R/GAは現在「Connected by Design」という全社共有のビジョンを掲げているんですが、このビジョン自体もいまはおおよそ2年に1回のペースで見直されています。環境変化の早い業界ですし、クライアントからの要望もそれに合わせてつねに変わっていくので、私たち自身も変革し続けなければいけないという意識なんですね。
いまはメインではないですが、環境が変われば「コネクテッドスペース」は今後R/GAの柱となる事業に成長するかも知れない。そういった変化に対応するために、ボブが興味を持っている最新のテーマをキャッチアップしながら、全社でビジョン共有していっているのです。