優れた事業の裏にはクリエイティブな契約がある。
HIP:クライアントからリーガルデザインの依頼を受けたとき、どのような順序で関わっていくのですか?
水野:ぼくはまず、「新しいことを始めるにはビジョンとロジックの両立が必要だ」と説明しています。相談にいらっしゃる企業の方々は、事業を通じて成し遂げたいビジョンは語れても、それを支えるロジックが欠けていることが多いんですよね。そこで、ぼくは法的ロジックの立て方と戦略をともに考えることで、企業のサポートをしています。
実際、GoogleやUber、Airbnbといったイノベーティブだといわれている企業は、企業が達成を目指すビジョンと並行し、法律の解釈を含めて戦略をつくりこみ、事業を成長させています。現行法ではグレーな意思決定であったとしても、強固な法的ロジックの裏づけによって問題を回避し、彼らは走り抜けてこれた。ぼくもまた、顧問弁護士やアドバイザーという立場でクライアントを法的観点から戦略的なサポートを行っているわけです。
HIP:ビジネスマンの描くイノベーティブなビジョンに対して、法律的なロジックの裏づけを組み立てていくと。
水野:そうですね。法的な裏づけによって、彼らが描いているビジョンに対して想定される不安要素を取り除いていきます。ただ、相談でよくあるのが、新しいことをやるために「前例を探してほしい」という矛盾した依頼なんです。
リスクを可能な限り抑えたいという意識の現れだと思うのですが、本当に新しいものであれば、当然前例はありませんよね(笑)。そうした状況において、過去で別分野の類似した事例をピックアップし、法的ロジックを組み立てていくのがぼくの力の見せどころになります。
HIP:過去の事例を組み合わせて、新しいルールを描いていく。まさに法律に対する「主体的な解釈」が必要な作業ですね。
水野:例えば契約書というのも、締結する当事者間で取り決められる「ルール」ですよね。多くのビジネスマンは雛形があるような「定型の契約書」に慣れているかもしれませんが、新しいビジネス分野の契約書ってそれこそゼロからつくっていかなければならないんです。
それって、企業同士が腹を探りあいながら、一つひとつの言葉を定義し、関係をプログラミングしていくクリエイティブな作業なんですよね。そこでお互いがグリップしたいこと、リリースしたいことをうまく整理していくと、ビジネスがうまく進むんです。優れた事業の裏にはクリエイティブな契約がある。それは間違いないですね。
法務は企業全体の情報が集まる「基地」になることもできるんです。
HIP:企業内で新規事業を始めようとする人がリーガルマインドを理解し、法律をうまく「使う」ためにはどうすれば良いのでしょうか?
水野:ぼくはクライアントに「法務部のなかに一緒に企んでくれる共犯者を見つけてください」とよく言っています。例えば、新規事業の企画段階で「こんなことを企んでいるんだけど、どこに問題があると思う?」と相談できる人が法務部にいて、一緒に戦略を立てることができれば、企画の実現可能性はぐんと高まっていくんじゃないかなと。
HIP:実現したいビジョンに対して、ロジックを固めてくれる、水野さんのような味方を社内に見つけるということですね。
水野:そういうことです。法務部にも一人くらい変な人がいるもんですよ(笑)。プロジェクトの初期段階で声をかけるというタイミングも重要です。かたちづくられた事業を持っていくのではなく、まだ完成図の見えない段階で実現するための答えを一緒に探すイメージですね。
HIP:クライアントの事業全体に関わっていくために、水野さんが意識していることはありますか?
水野:ビジネスの全体像を把握するための情報収集は欠かさないようにしています。例えば、クライアントが「Slack」のようなチャットツールを使っている場合は、法務とは関係ないやり取りにも交ぜてもらうようにしています。ポイントは法律に関する部分だけでなく、全体を俯瞰できる連絡系統のなかに組み込んでもらうこと。
そうすることで新規事業の企画が立ち上がったら、その動きをいち早くキャッチし、プロジェクトの初期段階から関わってくことができる可能性が高まります。会社全体の動きを把握する立場を得ることができれば、法務は企業の情報が集まる「基地」になることもできるんです。法律面だけではなく、ビジネス面全体を俯瞰できるポジションを確保することは重要ですね。
既存のかたちに捉われない仕組みづくりを行う「アーキテクト」が求められていくと思います。
HIP:法律面から企業のイノベーションを支援している水野さんの立場から、注目している分野やキーワードを伺えますか?
水野:最近はいわゆる「まちづくり」に関する仕事が増えていることもあり、「建築家」という職業に注目しています。
まちを構成している建物ひとつをとっても法律の影響力はすごく強いですよね。建築家という職業は建物の意匠や造形をつくる人と考えられていますが、その裏には建築基準法や条例といった多くのルールが存在していますし、法律と密接な関わりのある職業なんです。
そうした多くの法律やルールのなかでクライアントである施工主の求めるものをつくっていくためには、基礎的な法的知識はもちろん、ルールをクリエイティブに解釈していく能力が必須となります。
交渉力やプロジェクトマネジメント力も必要ですし、法律と実務面の折り合いをつける能力という点において、建築家の持つスキルセットというのはイノベーションを考えるうえで、多くのヒントがあると思いますね。
HIP:建築家の本分である「建てる」以外の部分でも建築家の職能は求められていくということでしょうか。
水野:例えば、株式会社ライゾマティクスの齋藤精一さんやR不動産の林厚見さんなどは建築家的な素養を下地にしてまちづくりだけでなく、アートや広告の分野に進出し、既存の方法とは違ったやり方でビジネスにトライをしていますよね。
建築家の磯崎新さんによると「アーキテクト」という言葉には「建築家」以前に「透明な箱をつくる人」という意味があるらしいんですよ。それって「仕組みをつくる人」ということですし、斎藤さんや林さんのような存在はまさに「アーキテクト」じゃないかと思うわけです。
Webデザインの分野でも、情報を整理し正確に伝達するための設計を表す「インフォメーション・アーキテクト」という言葉があります。分野を横断し、既存のかたちに捉われない仕組みづくりを行う「アーキテクト」がこれからあらゆる分野で求められていくんじゃないかなと思います。