INTERVIEW
培養肉を研究室から食卓へ。「エンジニアリングの日揮」の新事業が2030年の世界を救う!?
山木多恵子(株式会社オルガノイドファーム 代表取締役、日揮株式会社 未来戦略室 担当マネージャー)

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2025.12.15
取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 写真:丹野雄二 編集:藤﨑竜介(CINRA)

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畜産業が苦しむなか、新しいタンパク質を世界へ

HIP
食肉の生産・供給に関する課題とは、具体的にどんなことでしょうか。
山木

畜産に携わる人たちが口をそろえて言うのは、担い手不足です。このままでは国内の畜産業界が成り立たなくなるくらい、高齢化や人手不足が深刻化しています。

それに最近は、温室効果ガスの排出量など環境負荷の問題も取り沙汰されている。海外では、人口増加にともなう食肉の需要拡大や、タンパク質不足の問題も顕在化しています。

畜産の現場を知る人ほど、従来のやり方だけでは限界が来ていることを実感しているのではないでしょうか。

HIP
培養肉の事業はある意味、既存の畜産業と競合するビジネスなのでは。
山木

そういう側面もなくはありませんが、基本的に競う相手だとは思っていません。

重要なのは大豆ミートや培養肉などの新しい技術を「タンパク質を摂取するための選択肢」として確立して、従来の畜産と共存していくことです。つまり「肉の代替品」をつくるのではなく、新しいタンパク質源を世に広めたいと考えているんです。それは結果的に、畜産業の負担軽減につながるはずです。

畜産の現場を知る人ほど、従来のやり方だけでは限界が来ていることを実感しているのではないでしょうか。

HIP
たしかに世界の人口が増加するなかで、従来の畜産だけで十分な量をまかなうのは難しいと言われていますね。
山木
はい。オルガノイドファームは「幸せをあきらめない地球へ」というスローガンを掲げています。それは「肉を食べる幸せ」をあきらめないことであり、同時に畜産業や周辺の産業に従事する人たちも含めた、幸せの循環をつくりたいというメッセージでもあるんです。

目に見えない小さな細胞から、ハンバーガーのようなジューシーな味わいを再現

HIP
そもそも、培養肉とはどのようなものなのでしょうか。
山木
培養肉は、動物の細胞を体外で培養・増幅して生産される食肉の代替品です。国内外のさまざまな企業が開発を進めるなか、当社は日揮グループがこれまで再生医療・医薬品関連プロジェクトで培ってきた細胞培養に関する知見を基に、商業スケールでの生産を目指して研究開発を進めています。 
画像提供:オルガノイドファーム
HIP
研究開発はいま、どのような段階にありますか。
山木
2025年夏に初の試作品が完成して、同年10月のバイオ技術展「BioJapan 2025」に出展しました。
BioJapan 2025で展示した試作品。画像提供:オルガノイドファーム
山木

BioJapan 2025では、パンと組み合わせて「ミニ培養肉バーガー」として展示しました。牛から採取した筋肉細胞を培養して、それを固めて焼くことでハンバーガーのパティのような状態を再現できました。

培養肉の素(もと)にするのは目に見えないほど小さな細胞なので、牛を殺すことなく肉の代替品を供給することができるんです。

HIP
パティ以外のものもできるのですか。
山木
そうですね。たとえば脂肪を添加したり、風味をつけたりして、カルビ風やロース風などさまざまな味や風味を実現したいと考えています。そういうアレンジの自由度も、培養肉のメリットの1つなんです。
HIP
オルガノイドファームが、ミニ培養肉バーガーのような商品を手がけるのですか。
山木
いえ、私たちは美味しい培養肉を効率よく生産するための基礎技術の開発・提供に集中したいと考えています。そこから先の商品化については、食品メーカーなど私たちの顧客になる企業が主体となって進めるイメージです。技術面で商品開発や生産をサポートするのが、オルガノイドファームの役割ですね。

大規模な実証設備など、リソース面が大企業発スタートアップの強み

HIP
オルガノイドファームの強みや差別化できる点を教えてください。
山木

大きく2つあります。1つ目は牛肉に特化している点。牛肉はほかの食肉に比べて培養が難しく、国内でも海外でも鶏や豚の培養肉を中心に手がけている企業が多いんです。一方、牛肉は単価が高く、市場規模も大きい。私たちは、そこを狙っています。

2つ目は、生産プロセスの構築力です。原料となる小さな細胞を効率よく、コストを抑えながら大量に培養するためには大規模な設備が必要になります。そこは、やはり日揮グループの技術力と事業推進力があることが大きくて。

山木
実際にグループが所有する設備を使った実証実験の計画もありますし、将来的に量産の方法を検討する際には、日揮がこれまでプラントエンジニアリングで培ってきたノウハウを活用できるはずです。
HIP
大企業ならではのリソースが強みになると。
山木
そうですね。それにビジネスを本格的に展開する段階でも、日揮グループと密に連携することを想定しています。
HIP
どのように協力するイメージですか。
山木
オルガノイドファームの役割はすでに述べたとおり、培養肉の素材と培養技術、つまり「レシピ」を提供すること。そして食品メーカーなどがその素材とレシピで培養肉を生産するわけですが、そのための量産工場を日揮がつくるイメージです。
HIP
ビジネス上でも、日揮とのシナジーが生まれるわけですね。
山木
はい。日揮がこの事業に投資した理由の1つでもあります。

2030年は、普通の肉と培養肉が共存する世界へ

HIP
ところで経営者としての仕事について、技術者だったときからの変化は感じますか。
山木

仕事の性質が、やはりまったく違いますね。技術者時代は、会社の大きな方針があったうえで個別の問題に向き合っていましたが、いまは方針そのものをつくるのが仕事。必要な視点も大きく異なります。

正直、大変なこともありますよ。でもまさしく「おもしろい仕事」ですし、自分にとって視野が広がるいい経験になっています。

HIP
なるほど。では、これからどのようなことに力を入れようとしていますか。
山木

まずは、培養技術のレベルを引き上げることです。現在は容量数リットル程度の培養装置を使っていて、2週間で数十グラムの培養肉の素ができるのですが、さらに効率よく大量生産できるようにする必要があります。

今後は培養装置を200リットル、1000リットルと大きくしつつ、その条件下で安定生産するため、培養環境の制御技術を磨いていきたいですね。

HIP
技術面以外に、課題はありますか。
山木
たくさんあります。たとえば、培養肉の安全性に関する公的な基準は、まだないのが実情です。策定に向けて国も動き始めているので、1事業者の立場から、有効かつ現実的なルールになるよう働きかけていきたいと思います。
山木
培養肉に対する消費者層の意識や理解度も課題です。BioJapan 2025のような展示会などで、培養肉の可能性を広めていきたいと考えています。
HIP
たしかに、現状では培養肉に対して抵抗感を覚える人も少なくないかもしれません。
山木
国内の調査では、「安全性がどう担保されているか」「国が認可した方法でつくられているか」といった点を気にする人が多いようです。こうした消費者心理を踏まえ、安全性・信頼性に関するデータを蓄積して、将来的に公開するための準備を進めています。
HIP
信頼を獲得するうえで、客観的なデータは大事ですね。
山木

ええ。ただ、データを提示しても、心理的に抵抗感を抱く人は一定数残るはずです。最終的にはそういう層にも届けていきたいですが、まずは新しい食、環境、健康、動物愛護などへの関心が高い人に受け入れてもらえるよう、足場を固めていきたい。

実績を積み上げてから、より多くの消費者へ届けていくといったかたちで、段階を踏むことが大事だと思います。

HIP
実用化に向けた、今後の展望を教えてください。
山木
2026〜27年にかけて大量培養の実証実験を行い、2028年までに量産品を試作できるようにしたいですね。そこまでいくと、安全性を本格的に検証するフェーズになります。なので、そこから量産技術の改善と安全性の最終確認を並行して進めて、2030〜32年には消費者のもとへ届くようにしたいと考えています。
HIP
オルガノイドファームの培養肉技術が普及することで、どのような社会になるとイメージしていますか。
山木

私たちが最終的に目指すのは、食料危機の解決と環境負荷の低減です。その過程で、食文化を支えてきた畜産業とも、共存していきたい。これまでどおり畜産由来の肉が手に入る一方で、新しい選択肢として培養肉も存在する状態が、理想です。

そのためにもパートナー企業などと連携しながら、少しでも早くこの技術を世に出せるよう、走り続けたいですね。

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プロフィール

山木多恵子(株式会社オルガノイドファーム 代表取締役、日揮株式会社 未来戦略室 担当マネージャー)

大学院修了後、日揮に入社。石油・ガス精製プラントの設計に携わった後、新規事業部門に異動。2021年にオルガノイドファームを設立し、代表取締役に就任。

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