新規事業に必要なのは「アイデア」よりも「ガバナンス」と「ファイナンス」
杉山:いまでこそ10年間続いているMATですが、継続するためにいろんな工夫をされてきたと思います。振り返ってみて、新しいことを継続していくために重要なポイントは何だと思いますか?
谷川:最も重要なのがガバナンスとファイナンスです。この2つがないと持続性が生まれてきません。企業内の新規事業にも当てはまりますが、いいアイデアはヤマのように生まれてくるものです。しかし、最後にどこで途絶えるかというと、そのアイデアの権利を整理することやファイナンスに乗せるという計画が立て切れないことです。
例えば、メーカーの新規事業部では多くの場合、事業部を運用するコストが確保されていても、新規事業をやるコストは割り当てられていません。その意味で新規事業をやるときには関係部署の予算を割いてもらう必要があります。
つまり、相当高い調整能力か、ものすごい熱量が必要です。それらをクリアしたうえでアイデアが出てきたら、ガバナンスとファイナンスの二軸で実現性を立証し、関係部署を説得する。アイデアだけで話すと「お前の熱量はわかるけど、それ儲かるの?」となりますから。
杉山:企業で新規事業をやる人が、ガバナンスとファイナンスの計画を立てるための方法はありますか?
谷川さん:自分の会社以上に外とつながることです。新規事業は会社の軸に寄り添った内容であることが重要です。会社のメリットであり自己実現もできるというバランス感覚と調整能力が求められます。この視点は、自分たちの組織を外から客観的に見ないとなかなか持てない。
つまり、自分を第三者の立場に置いた「本当の顧客志向」が必要ということです。ただ、バランスを取りながら調整することは、つねにリスクをヘッジし続けるということであり、組織人として保身も働くから冒険もしづらくなる。ですから、もっというと、組織人であることを自ら否定すべきではないでしょうか。
例えば、「このチームで新しい事業をつくってカーブアウトし、スタートアップとして事業を拡大する」という目標を立てたとします。その場合、組織人ではない第三者の感覚を身につけないと、事業化するために本当に必要なものが見えにくくなるのです。
第三者視点であれば、現状の厳しさにうろたえず、冷静に物事を考えるはずですからね。「いまはコネクションがないけど、投資家集めは絶対に必要不可欠」とか「会社の予算は当てにしないけど、会社にも30%は出資してもらう必要がある」とか。そこから「じゃあ、そのためには、どうすれば良いのか」を考えていくことが大切なのです。やはり会社との関係性を変えるくらいのことをやらないと、新規事業は生まれづらいですよ。
杉山:なるほど。ちなみに、新規創出のための施設であるインキュベーションセンター「ARCH」からイノベーティブなビジネスが生まれるためには、何が必要でしょうか。
谷川:やはりインキュベーションセンターの宿命としては、ガバナンスとファイナンスまで含めて儲かるところまで設計することですよね。また、外からの視点を取り入れる重要性は、ARCHにいる人たちも同じです。ARCHで仕事するなら、ARCHのなかだけにいてはだめです。外からARCHを見ないと、ARCHを生かせないでしょうね。
Media Ambition Tokyoの持続性を、参加者と一緒につくっていきたい
杉山:最後に、MATのビジョンについて語り合えたらと思います。谷川さんは常々、MATの「軸」は硬くて太いものではなく、ピアノ線のようなしなやかでありつつも簡単には切れないものであり、そういう軸こそが都市を強くしたり運動体が強くなったりすると仰られていますよね。また、いくつもの人や会社と協業する、事業の方針転換をするときも、軸をブラしてはいけないとも思います。
会社の軸に寄り添っているという意味では、MATは森ビルの「都市を創り、都市を育む」というパーパスの延長線上にあります。MATは今年10回目の開催で節目の年ですが、また新たなことをしていく予定ですよね。
まだ頭の中で構想を練っている段階ですが、MATも虎ノ門で何か活動ができればと考えています。というのは、虎ノ門ヒルズエリアに立ち上がるステーションタワーの最上階には、クリエイター、アーティスト、アイデアを持つ企業などが自由な発想で新しい発表することができるイベントスペースができる。ここに来ないと体験できない新しい価値をつくり出す施設になる。この場を使って、今年はこれまで一緒にイベントをつくり上げてきてくれたクリエイターや企業のつながりをもう1回つむぐような活動がしたい。
目下、次のMATの10年を議論していく場を参加者と一緒につくりあげていきたいと谷川さんと話しをしています。この指止まれじゃないですけれども、一緒にやる仲間を集めるような、みんながオーナーシップを持った発表の場を今年は展開したいですね。
谷川: MATの将来を考えるときに、いまはどこで発表するかという場所よりも、来ている人がいつどんな作品を見てそれから何をしているかというのがすごく大事ですよね。これからのMATは、実空間としてのフィジカルな安心感とつながるメタバースのようなデジタルの空間とを両立して、虎ノ門や六本木の知的生態系になることを目指すべきです。
メタバースでいえば、ぼくらが考えなくてもMATに参加するアーティストが、そこでやりたいと言ってくれる気はします。それがまたコミュニティーの面白さですよね。だからぼくらは、「やっぱりMATって、かっこいいよね」と面白がる人が集まる状況をつくり続けたいですよね。
また、ぼくが『ミラノサローネ』に衝撃を受けた2000年初頭の頃に生まれた子どもたちは、すでに大人になり、クリエイターならば作品を発表する年齢になっている。それに比べるとMATはまだ10年しかやっていない、まだひよこ同然の状態です。ぼくは続けることが最も大事と思っているので、その持続性すらも参加者のみんなと一緒につくっていきたいですね。