「Incubation Hub Conference 2014」に登壇したのは、社内ベンチャーはもとより、企業の枠をも飛び越える新規ビジネスアイデアを事業化につなげるためのプログラム「Sony Seed Acceleration Program」(SAP)の立ち上げを主導し、現在も推進役として尽力している、ソニー・新規事業創出部の小田島伸至氏。
取材・文:HIP編集部
最初は、若手・中堅社員の想いを起点にボトムアップ的に始まった
ソニーが新規事業創出を目指して展開している「Sony Seed Acceleration Program」。最近になって始まったことのように取り上げられるこうした取り組みは、元々会社のDNAに組み込まれていた、と小田島氏は語る
小田島伸至(以下、小田島):「ソニーでは、オープンイノベーションによる新規事業創出を目指して、Sony Seed Acceleration Programを展開しています。とは言え、こうした取り組みは最近になり、突然始めたことではありません。さかのぼれば、音楽事業、保険事業、携帯電話事業に参入した時は他社と手を組みました。ソニーは1960年代から、オープンイノベーションにより様々な新事業を生み出しており、そのDNAを脈々と受け継いできた会社と言えます。」
小田島氏が現在、携わっているのは新規事業創出の推進だが、入社当時はB2Bのデバイス営業部門で働いていた。その後、2007年からデンマークに渡り、液晶ディスプレイでは取引実績のなかった北欧の大企業を相手に、新市場開拓を担うことになった。
小田島:「初の海外赴任に胸を躍らせながら現地に降り立ったものの、そこは実績ゼロ、人脈もない場所です。競合も多く、まさにレッドオーシャン。北欧の言葉に苦戦し、文化も異なるため、日常生活すらままならない。1カ月後には孤立無援、五里霧中となり、心が折れかかりました。」
北欧で精神的に追い詰められた小田島氏は、「新事業の立ち上げに携われるのは、実は大きなチャンスではないか?」と発想を転換。それからというもの、SNSなどをフル活用し、様々なパーティに行くなど、一心不乱に人脈を広げていったという。2年ほど経つと、事業は少しずつ軌道に乗り始め、最終的には年間数百億円の売上を達成した。
小田島:「忙しく働きながらも、大きな充実感を覚えていた2011年のこと。突然、本社から声がかかり、事業戦略部門に転属、数多くの試練に立ち向かいながら、ひとりデスクの上で様々なデータを見比べ、ありとあらゆるフレームワークを使いながら、必死に戦略を考えました。しかし、1年経っても一向に妙案が出てこない。どうにもならなくなった時、「原点に戻る」ということを思い出しました。過去に事業を立ち上げた時は、「人」と交流しながらネタを拾い集めていたはず。僕は自分のデスクから離れ、オフィスの外へと飛び出してみたのです。」
オフィスを飛び出し、社内を回ったことで、小田島氏は「何か面白いことをやりたい」「自分のアイデアを形にしたい」という想いを持つ若手・中堅社員に出会う。彼らに声をかけ、夜な夜な“放課後活動”を始めたのが2014年2月のこと。この活動は「類は友を呼ぶ」のことわざ通り、部門の枠を越えて広がり始めた。
小田島:「活動が広がり始めた時に、かつてソニー銀行を立ち上げた十時裕樹氏が事業戦略部門に参画し、僕たちの想いに共鳴してくれたことで、“放課後活動”が一気に社長直轄のプロジェクトへと変貌しました。Sony Seed Acceleration Programは、僕を含む若手・中堅社員の想いを起点とし、ボトムアップ的に始まったプログラムなのです。」
社内には長年蓄積してきたモノづくりのノウハウがある
一般的に、企業は業績が芳しくなくなると、安全性の高い既存事業にフォーカスしがちになり、リスクの伴う新事業創造を避けるようになる。そうなってしまうと、企業・個人としてのクリエイティビティやベンチャースピリットはもちろん、スピード感や競争力も失われていく。
一方で、企業の中には必ず“面白い人”がいるもの。だが、社内の面白い人同士は、組織の壁で隔てられているのが現状だ。こうした人々が密に集い、互いに刺激し合うためには、「場」が必要、そう小田島氏は考えている。
小田島:「2014年8月、本社の1階に「SAP Creative Lounge」をオープンしました。今後はこの場所をインキュベーション・ハブとし、社内外の方を巻き込みながら様々なイノベーションを生み出していきたいと考えています。SAP Creative Loungeは、大企業の中にありながらも、明るくカジュアルなスペースです。共創の場に相応しく、内装はすべて新規事業創出に携わるスタッフや社内外の有志が手掛けました。誰もが気軽に立ち寄れる場としたことで、平井一夫社長がふらりとやってきては、若手社員と意見を交わす光景も見かけます。また、レーザーカッターや3Dプリンタなど、アイデアを“見える化”するためのアイテムも豊富に取りそろえています。」
「SAP Creative Lounge」での活動の1つはワークショップ。例えば、社内外から様々な肩書きを持つ人たちを集め、「2025年には何が起こっているのか?」など、普段の業務から離れたテーマについて語り合う。また、異業種の外部企業とのコラボイベントも多数開催している。
もう1つは、年4回の新規事業オーディションだ。このオーディションの最たる特徴は、部署や事業の枠を越えなければ実現できないアイデアを提案すること、社内外問わず誰でも参加できること。応募案件は社内のイントラ上で公開され、社員による投票で採否を決定しているという。そうすることで、「自分もアイデアを出していいのだ」「あのプロジェクトに参加したい」と社員に感じてもらうきっかけにもつながっている。
小田島:「オーディションに合格したアイデアは3カ月間プロジェクト化され、必要最小限の人員とコストでプロトタイピングに取り組みます。その後、成果が見込まれれば期間延長、もしくは直ちに事業化・量産化となります。うまくいかないと判断すれば、すみやかに撤退もします。大企業のリソースを背景に持ちつつ、権限と責任が現場に委譲されているため、何事もスピーディに行うことができます。」
合格者は新規事業創出部に異動し、年齢や職歴を問わず、プロジェクトリーダーとして事業化に挑戦する。先日開催されたオーディションでは、入社2年目の社員が見事合格し、20代で課長となったという。こうした人をサポートする仕組みとして、スタートアップに必要なスキルを身につける研修も用意されている。
小田島:「手前味噌で恐縮ですが、ソニーのエンジニアは本当に優秀な方ばかり。そして、社内には長年蓄積してきたモノづくりのノウハウがあります。Sony Seed Acceleration Programを通じて、従来は離れ離れだった社内のリソースを結合し、社外の方々とも緩やかに結合していくことで、いままでにないビジネス、新しい未来を創り出していきたいと考えています。」