INTERVIEW
イノベーションが生まれにくい「医療・ヘルスケア業界」に革命を起こすには?『HIP Conference vol.4』佐々木紀彦インタビュー
佐々木紀彦(株式会社ニューズピックス 取締役 NewsPicks編集長)

INFORMATION

2016.06.28

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シリーズ第4回を迎えた『HIP Conference』。今回は「『医療・ヘルスケア✕ビジネス✕テクノロジー』~大きく変わる医療・ヘルスケアの未来とは?~」をテーマとし、各分野からさまざまな登壇者が集った。臨床医、予防医学研究者、トレーナーなどのバックグラウンドを活かしての起業や、巨大企業でのヘルスケア分野の新規事業立ち上げなど、イノベーションに取り組むリーダーたちは、「医療・ヘルスケア」の未来についてどのように考えているのだろうか。『HIP Conference』の企画者でもある、NewsPicks編集長・佐々木紀彦氏にイベント終了後、インタビューを行った。

取材・文:HIP編集部 写真:御厨慎一郎

ITリテラシーならぬ「健康リテラシー」が、ビジネスパーソンの成功を大きく左右する

HIP編集部(以下、HIP):『HIP Conference vol.4』には、これまでの開催で一番多くの参加者が集まり、ヘルスケアや医療への注目がビジネスパーソンの間で高まっていることを感じさせました。そもそも今回のテーマに「医療」を選ばれた理由は何だったのでしょうか。

佐々木紀彦氏(以下、佐々木):私自身が「健康おたく」ということもありますが(笑)、何よりも「健康的に暮らす」ことが、豊かでイノベーティブな都市を作るための根幹になると思ったのが大きくありました。虎ノ門ヒルズでも、ヨガイベントが開催されていますが、ビジネスパーソンにとって、健康的でいいものを取り入れる「ウェルネスリテラシー」が、長い目で見たときの成功を大きく左右すると思うんです。

HIPセッション1では、「『医療・ヘルスケア✕ビジネス』」の未来」として、医師でありながらバイオベンチャーを起業した窪田良さんと矢﨑雄一郎さんをゲストに迎えていました。医師がビジネスに参加すること自体、あまり一般的ではないため、その意義や、資金面や技術面についての質問が飛び交っていましたね。

佐々木:医療ってやっぱり現場の力が強いのですが、それをビジネスに変える力はまだまだだと思います。そのなかで矢﨑さんと窪田さんは臨床医の経験がありながら、バイオベンチャーを上場させるなど、ビジネスにもきちんと向き合っていて「すごいな」と思いました。「新薬開発の分野でも、スタートアップの存在感や比率が増している」という窪田さんの話もあったように、停滞する医薬品業界にベンチャーがイノベーションを与えるという構図は、ほかの産業でも共通していますね。

窪田良氏(慶應義塾大学医学部客員教授 / Acucela Inc. 会長、社長兼CEO)

HIP:窪田さんは、世界初の眼疾患治療の飲み薬の開発に取り組み、「リスクを背負ってでも叶えたい未来がある」と意気込みを見せていました。一方、矢﨑さんは副作用が少ない「免疫療法」という画期的ながん治療を提案しており、今後、現在の三大がん治療法(手術、薬物、放射線)に、あらたな選択肢が加わる可能性もあります。

佐々木:窪田さんも矢﨑さんも、「医者は診察、施術する人」という既成概念に対してイノベーションを起こしていますよね。患者を診察するわけではありませんが、極端に言えば、彼らの活動は何百万人もの命を救う可能性もあります。一人ひとり目の前の患者さんを助けることによって世の中の役に立つ道もあれば、新しい薬を創ることによって、より多くの人を救う道もあります。モデレーターとして、元産業医である大室正志さんにお手伝いいただきましたが、大室さんも医師だけでなく、編集者的な才能がある人なので、二人を横断して紹介いただいたのも良かったと思います。

矢﨑雄一郎氏(テラ株式会社 代表取締役社長)
セッション1のモデレーターを務めた、大室正志氏(医療法人同友会 産業医室)

ITを使ったフィットネスサービスは、ビッグデータをどう活用するかが鍵

HIPセッション2では、「『医療・ヘルスケア×テクノロジー』の未来」をテーマに、予防医学研究者である石川善樹さんと、モバイルを活用したヘルスケアサービスを展開しているFiNC代表取締役の溝口勇児さんが登壇しました。このセッションでは、どんな話を期待されていたのでしょうか。

佐々木:セッション1は、医療の未来を見据えた大規模なビジネスの話でしたが、セッション2では、一般の人たちに身近なサービスを作っているのが面白いと思いました。例えば「FiNCダイエット家庭教師」(スマートフォンを使ったダイエットサービス)は、ユーザーが毎日何をして、何を食べているのかといったライフログや心身の健康データが蓄積されるプラットフォームとして注目度が高く、資金もかなり集まっています。蓄積されるビッグデータの活用が考えられるだけでなく、データベースビジネスは早い者勝ちの世界でもありますしね。

HIP:もともとトレーナー出身で、トップアスリートや著名人の身体作りにも関わっていた溝口さんは、現場での経験を通じて「スマートフォンを使って、従来対面でしかできなかったフィットネスサービスをより幅広い人たちに届けたい」と語っていましたね。

佐々木:セッション2で共通していたテーマが「予防医療」で、つまり病気にならないようにすること。FiNCのサービスは、個々人のライフログや心身の健康データをもとに、海外を中心とした最先端の研究に基づいて、パーソナライズされた生活習慣改善のアドバイスをしてくれるそうです。いままで曖昧にしていたり、わからなかったことを、自分に合わせて「こうなんだ」と言ってくれるのは気持ちいいですもんね。

溝口勇児氏(株式会社FiNC 代表取締役社長 CEO)

HIP:石川さんも「1万人の高齢者のデータから、地域で老人会などの役員を務める人間は、役職をもたない人間より長生きする傾向がある」といったユニークな調査結果を分析し、「私たちが100年の人生を生き抜くための人生設計」の話を聞かせてくれました。一般的に「競争による淘汰」が進化だと言われていますが、本当は「多様性を生むこと」が進化だと石川さんは述べられていましたね。このセッションから「成長と進化の違い」の議論が出てきたのは、イノベーションを掲げるHIPとしても印象的でした。

佐々木:成長とは「自己愛や自分の欲求とできるだけ離れていくこと」と、石川さんはおっしゃっていましたが、本当のイノベーションも、いまある市場を奪うことではなく、まったく新しいものを作ることだと思います。例えば「NewsPicksのライバルはどこですか」とよく聞かれますが、何よりも新しいマーケットを作りたいと思っています。「進化とは多様性」という石川さんのメッセージもとても印象的でした。ビジネスにおいても、新しいサービスや製品でマーケットを作り、多様性を生むことがすなわち進化ですよね。それはイノベーションでもあるので、HIPともつながるテーマと言えます。

石川善樹氏(予防医学研究者 株式会社Campus for H共同創業者)
セッション2のモデレーターを務めた、ロフトワーク代表の林千晶氏

大企業のなかでイノベーションを生んだ、富士フイルムの一大戦略

HIP:イベントの最後を締め括ったラップアップでは、写真フィルム市場が縮小するなか、化粧品、医薬品、再生医療などのヘルスケア分野へと富士フイルムを進出させたキーパーソン、戸田雄三さんが登壇されました。日本有数の大企業で新分野への新規事業をいかにして乗り越え、イノベーティブな成功をおさめたのか。その戦略を惜しみなく紹介してくれました。

佐々木:前職の「東洋経済オンライン」で、「大企業の新規事業」を特集したのですが、正直言って、インパクトのある取材対象の方を見つけるのには苦労しました。そうした中、ついに出会えた「大企業イノベーター」が富士フイルムの戸田さんでした。戸田さんへの取材はすごく印象に残っていて、熱い思いがあるのに、根性論ではなく論理立てて話してくれる。巨大組織の中で新たな事業を立ち上げ、会社の重点領域として大きく成長させてきた点が戸田さんのすごいところで、ぜひ『HIP Conference』でもお話いただきたいと思っていたんです。スタートアップが成功するのもすばらしいのですが、やはり規模がそこまで大きくない。せいぜい数億、数十億円の規模というケースが大半です。大企業がイノベーションを起こせば、そのインパクトは絶大です。

左:インタビュアーを務めたNewsPicks佐々木紀彦氏 右:戸田雄三氏(富士フイルム株式会社 取締役副社長・CTO)

HIP:戸田さんのトークでは、富士フイルムの話を惜しみなく話してくれたことにも驚きました。チームビルディングの重要さやリーダー論などについても言及され、参加者からの質疑応答も白熱しました。巨大企業が時代や環境の変化についていくのは簡単ではないと思うのですが、それを富士フイルムが達成できた理由は何だと思いますか。

佐々木:自分たちがやってきたことは、ユニークさと深さがあって、簡単には真似されないという自信があるんじゃないでしょうか。そして、企業秘密としてイノベーションの秘訣を抱え込まずに、オープンな場所で話してくれるのも、そもそも公共精神があり、視座が高いからだと思うんです。あと、戸田さんが新規事業を創出する人材育成の三つの鍵だとおっしゃっていた「スキル」「個性」「社会性」も、戸田さん自身が体現しているなと思いました。富士フイルムだけじゃなく、社会や日本全体、世界に貢献したいという思いがあるんです。医療の発展に貢献できたら世界にも貢献できますもんね。

富士フイルムの新規事業戦略を紹介する戸田氏

「学術的に成果をあげても、産業化で負けることがある日本の状況が悔しい」(佐々木)

HIP:イベント全体のお話を伺っていて、医療・ヘルスケア業界は規制も厳しく、そのなかでイノベーションを起こすことはまさしく「挑戦」そのものだと感じました。イベント参加者の方々に感じてもらいたいことなどがありましたら教えてください。

佐々木:瞬間風速的なシーンの面白さはお伝えできたと思いますが、専門性の高い情報や、ビジネスの最新の知見が欲しかった方々には少し物足りなかったかもしれません。時間配分は今後の課題ですね。ただし、イベントで大事なことは、知識の伝達だけではなく、場や登壇者の雰囲気や魅力、迫力を伝えることだ思っていますので、そういう意味では、イノベーターの背中を見て、参加者のみなさまの心に刺さる部分があったらうれしいなという感じですね。

HIP:最後に医療・ヘルスケアの分野で、佐々木さんがいま注目しているものについて教えていただきたいです。

佐々木:医療をビジネス化するためのハードルの一つに治験があります。もしiPS細胞で人の細胞を作れたら、人体に限りなく近い状況での治験が可能になり、新しい薬を創りだすプロセスが短くなる可能性があります。iPS細胞などの再生医療の分野は日本が最先端ですので、ぜひ研究だけでなく、産業化でも勝ってほしいですね。これまでも日本は学術的には成果をあげても、産業化で負けることがありましたが、そのミスだけは繰り返してほしくないです。例えば、戸田さんがおっしゃっていましたが、頭髪と歯の再生は、これからの高齢化社会ですごくニーズがあると思います。まずお金になりそうなところからまず成功させて、業界を盛り上げていくことが大事なのではないかと思いました。そういった研究とビジネスサイドをつなげる場を作るのも、この『HIP Conference』の役割でもあるんじゃないでしょうか。

Profile

プロフィール

セッション1:

「『医療・ヘルスケア✕ビジネス』」の未来」

窪田良(慶應義塾大学医学部客員教授 / Acucela Inc. 会長、社長兼CEO)

慶應義塾大学医学部卒。研究過程で緑内障原因遺伝子のミオシリンを発見、須田賞を受賞。眼科臨床医として虎の門病院や慶應病院に勤務。緑内障、白内障、網膜疾患等の執刀経験を持つ。2000年に渡米。留学先のシアトルのワシントン大学で神経細胞の長期培養技術を確立し、起業。東証マザーズ上場。現在、さまざまな眼疾患に対する治療薬・医療技術の研究開発を手がける。

矢﨑雄一郎(テラ株式会社 代表取締役社長)

1996年東海大学附属病院勤務。2000年バイオベンチャー企業入社。2003年東京大学医科学研究所 細胞プロセッシング寄付研究部門に研究員として所属。2004年樹状細胞ワクチン療法等の研究開発、技術支援を行うテラ株式会社を設立し、代表取締役社長に就任(現任)。2009年ジャスダック上場。現在、全国39の契約医療機関へノウハウ提供を行っている。著書に『免疫力をあなどるな!』(サンマーク出版)。

大室正志(医療法人同友会 産業医室)

産業医科大学医学部医学科卒業。ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社統括産業医を経て現職。約30社の産業医を務める。メンタルヘルス対策や生活習慣病対策など企業における健康リスク低減に従事。共著に『使える!健康教育・労働衛生教育35選』(日本労務研究社)、「産業医と弁護士が解決する 社員のメンタルヘルス問題」(中央経済社)がある。

セッション2:

「『医療・ヘルスケア×テクノロジー』の未来」

溝口勇児(株式会社FiNC 代表取締役社長 CEO)

1984年生まれ。高校在学中からトレーナーとして活動。延べ数百人を超えるトップアスリート及び著名人のカラダ作りに携わる。業界最年少コンサルタントとして、数多の新規事業の立ち上げや業績不振企業の再建を担う。2012年4月にFiNCを創業。一般社団法人アンチエイジング学会理事、日経ビジネス「若手社長が選ぶベスト社長」に選出、「ニッポンの明日を創る30人」に選出。

石川善樹(予防医学研究者 株式会社Campus for H共同創業者)

広島県生まれ。株式会社Campus for H共同創業者。東京大学医学部健康科学科卒業後、ハーバード大学公衆衛生大学院修了。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとした学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学、マーケティング、計算社会科学等。講演や、雑誌、テレビへの出演も多数。著書に『疲れない脳をつくる生活習慣(プレジデント)』ほか。

林千晶(株式会社ロフトワーク代表取締役 / MITメディアラボ所長補佐)

1971年生。2000年にロフトワークを起業。ウェブデザイン、ビジネスデザイン、コミュニティーデザイン、空間デザインなど、ロフトワークが手がけるプロジェクトは年間530件を超える。書籍『シェアをデザインする』『Webプロジェクトマネジメント標準』などを執筆。MITメディアラボ所長補佐も務める。2015年4月、「株式会社飛騨の森でクマは踊る」を設立、代表取締役社長に就任。

ラップアップ:

戸田雄三(富士フイルム株式会社 取締役副社長・CTO)

1973年千葉大学工学部卒。カラーフィルム開発・製造技術に従事。1993年より、Fuji Photo Film B.V研究所長、コラーゲン研究を基に再生医療を研究。2004年化粧品・サプリメント、2007年医薬品事業を立ち上げる。富山化学工業(株)取締役・専務執行役員、再生医療イノベーションフォーラム代表理事・会長、内閣官房健康・医療戦略室参与も務める。

佐々木紀彦(株式会社ニューズピックス 取締役 NewsPicks編集長)

1979年福岡県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業、スタンフォード大学大学院で修士号取得(国際政治経済専攻)。東洋経済新報社で自動車、IT業界などを担当。2012年11月、「東洋経済オンライン」編集長に就任。リニューアルから4か月でビジネス誌系サイトNo.1に導く。2014年7月より現職。NewsPicks編集長業務と合わせて、ビジネスモデルの開発などに取り組む。

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