HIPとビジネス系ニュースアプリ「NewsPicks」のコラボレーションイベント『HIP Conference』。第1回「モータリゼーション2.0×都市」、第2回「消費×ビッグデータ×センス」に続いて、第3回のテーマは「教育」。
「教育ビジネスイノベーション」、「教育政策イノベーション」のセッションを終えて、ラップアップが行われた。インタビュアーはNewsPicks編集長の佐々木紀彦氏が務め、ゲストに前佐賀県武雄市長、ふるさとスマホ株式会社代表取締役会長の樋渡啓祐氏が登壇。市内の全小中学生全員にタブレットを配布するという大胆な取り組みを行った樋渡氏が、教育現場で得た実感を生々しく話した。
取材・文:HIP編集部 写真:御厨慎一郎
まずは行動が大事。小さくコンパクトに始めて、活動が評価されたら広げていく
佐々木「樋渡さんは様々な教育改革を実施されてきたわけですが、そもそも教育改革を始めようとしたきっかけはどういったものだったんですか?」
樋渡「もともとは、私が小学校のときにいじめられていた、そして不登校という原体験がきっかけですね。それで、小学校に行けない子にタブレットを配布しようと。」
佐々木「ご自身の体験がきっかけだったんですね。」
樋渡「そうです。あとは、明治5年から始まった学制公布に始まった『金太郎飴教育』に限界が来ているとも感じていました。もっと、個人にフォーカスした、時代に適合した教育が必要だと考えたんです。タブレットを配布した以外にも、DeNAと組んでプログラミング教育も実施して。私はとにかく、将来仕事に就けて飯が食える大人を作りたかったんです。それと、小学校に活力が出ると地域にも活力が出るし、いじめがなくなる。政治家としても重要なことでした。」
佐々木「やはり小学校の段階でアクションするのが大事なのでしょうか? 高校や大学からでは遅い?」
樋渡「小学校からじゃないとダメですね。それ以降はもう手遅れだと思います。そうは言っても一斉に始めるのではなくやってみないとわからないから、小さく始めるんです。」
佐々木「小学校の教育改革に取り組んできた樋渡さんが描いてらっしゃる、新しい時代の教育のヴィジョンはどういったものですか?」
樋渡「わかりませんね。ヴィジョンがわからないから行動で示そうと考えています。人は見えるものでしか判断できないですから。私なんか全然信用されていないですし(笑)。」
佐々木「まず行動が大事だと。」
樋渡「そうですね。小さくコンパクトに始めて、その活動が評価されたら広げる。やってみないとわからないというのが私の原動力なんです。やってみてダメだったら修正すればいい。」
なかなかわかり合えない地方と霞が関の「翻訳こんにゃく」の役割を担っていた
佐々木「過去に改革を実行された事例の成功要因は何になるのでしょうか。」
樋渡「教育長が課題が見えている人だったことだと思います。学校を変えたいと考えているけれど変え方がわからなかった。でも現場は知っている。私はヴィジョンはあったけれど現場は知らなかった。それがうまく組み合わさったから実行できたんだと思いますね。」
佐々木「物事を進める際は教育長からトップダウンで進めていったんですか?」
樋渡「いや、意外かもしれないけど、私、根回しがすごいんです(笑)。ちゃんと最初に相談に行って、『どこまで許してくれますか?』と聞く。最初にファイアーウォールを築くんです。そして、ファイアーウォールを破らないギリギリのところで動く。」
小宮山利恵子(セッション1のゲスト)「樋渡さんのお話を伺っていると、霞ヶ関で話されている『言語』を地方自治体の首長が『理解』できるかどうかが重要なのかなと感じました。」
樋渡「霞ヶ関で話されている『言語』と、地方で話されているそれは異なりますからね。お互いに話している『言語』が違うので、わかりあえないんです。だから、私は『翻訳こんにゃく』として、間に入って翻訳する役割を担っていました。」
藤井雅徳(セッション1のゲスト)「タブレットの配布がプログラムとしてほかにも広がっていく可能性もあると思うのですが、どのようにお考えなんですか?」
樋渡「段々実績が出ていますし、時間をかければ広がると思います。武雄市も、タブレットを導入したのは最初2校だけでしたが、実績が出てきて、全小学校に広がり、さらに他の地方へと広がっていきました。私たちは特区を使わないようにしています。制度を応用可能にするためには、現行制度の中で行う必要があります。」
タブレット配布、青空教室、反転学習。現場で取り組むことで、課題が見えてくる
佐々木「実際に現場でタブレット配布を実行していく上での苦労はなかったのでしょうか?」
樋渡「たくさんありましたよ。まず、私はまったく先生方に好かれませんでしたから。現場に私が行くと火に油を注ぐのがわかっていたので、あえて私が直接行かずに、ほかの人を送り込んだんです。その人が性格も良く、熱心な人だったので先生の心を鷲掴みにしてくれて。私は、その人から毎晩のように報告をもらっていました。」
佐々木「父兄の反応はいかがでした?」
樋渡「父兄は賛否両論でしたね。だから、土日も含めてオープンスクールを相当な回数開催しました。子どもたちの反応で父兄の考えは変わりますから。あとは、アンケートをしっかりと取って、良い結果が出ていることを数値化して示しました。あとは、子どもたちが家に帰ったときに親に『どうだった?』と聞かれたら、『楽しかった』と言ってねと(笑)。」
佐々木「子どもは本当に楽しくないと『楽しかった!』とは言わないですから、きっと楽しかったんでしょうね。ほかにはどんな取り組みをされたんですか?」
樋渡「異学年集まって『青空教室』を開催しました。普通、青空教室をやるときはトラブルが起きないように配慮するんですが、わざとトラブルが起きるようにしたんです。そして、リーダー役が仲裁するようにして、トラブルを解決していくことで、兄弟の疑似体験をさせました。ここでは、チームでやることの楽しさを体験させる事が大事なんです。だから、異学年合わせてやることが重要です。」
佐々木「それは子どもたちもいい経験になったでしょうね。タブレットで自宅で事前に講義を受けるという『反転学習』を武雄市では導入されているそうですが、どのような効果があったのでしょうか?」
樋渡「理科や算数などは持ち帰って予習をしてもらって、学校の授業ではその復習をするので、予習と復習が反転しているから『反転学習』と呼ばれます。実は、私の妹は教員なのですが、この取り組みを実践して、『私はこれまで子どもたちのわかっているフリやわからないフリが見抜けていなかったし、勘でやっている部分が多かったことがわかった』と言っていました。タブレットを活用して学習することには、学習の様子が数値に現れるという利点もあるんです。採点もしなくて良くなりますしね。」
佐々木「タブレットと反転学習は密接な関係があるんですね。反転学習に取り組んで何か気づかれた点はありましたか?」
樋渡「子どもたちの様子を見ていて、7割の子どもたちは授業の内容がわかってないことがわかりました。授業だけでわかる子どもは3割だけで、あとはわかっていない。わかっていないのに復習しろというのは無理な話なのに、学校でも家でも勉強しろと言われれば、そりゃ勉強は面白くなくなりますよね。マイナスのスパイラルだった。反転学習を行うことで、プラスのスパイラルに変えていきたいと考えています。」
人口5万人程度の街だけで動いていてもダメ。地方が同時多発的に進めていく必要がある
佐々木「先ほど、採点しなくてもよくなったとおっしゃっていましたが、反転学習を通じて先生にも変化がありましたか?」
樋渡「先生の余暇時間が増えるので、そのぶん子どもと向き合う時間も増えます。先生は忙しすぎるんです。あと県と市の2つに教育委員会が存在するため、両方にレポートを出しているんです。私が市長をしていたときは、市にペーパーを減らしてくれと言っていました。あとは、研修も多すぎます。それだけ働いていたら、そりゃあ時間もなくなりますよ。」
佐々木「反転学習は先生の負担を減らす役割も担っているんですね。反転学習のポジティブなイメージを打ち出していったら、さらに広がりそうですね。」
樋渡「そうですね。タブレットはもう古いので、今後はスマホに置き換わっていくと考えています。リクルートさんの『スタディサプリ』だってそうですよね。画面が小さいという意見もありますが、画面サイズに合わせてコンテンツは開発されるので心配いりません。スマホにはGPSも付いているので、子どもの安全につながるなど教育外でも役に立ちます。」
佐々木「今後、教育はどうしたらより変化が加速するのでしょうか。政策の変化によって上から変わっていくのか、それとも成功例を作ってボトムアップで変わっていくのか。どちらが早いと思われますか?」
樋渡「一番早いのはボトムアップですね。ボトムアップで動きがあると、国が動きます。ただ、人口5万人程度の街だけで動いていてもダメ。地方が同時多発的に進めていく必要があります。今後、全国の首長が連携して、各地で動きが起きると考えられます。あとは、各地の良い取り組みを『TTP(徹底的にパクる)』ことで、ボトムアップの動きが加速すると思いますね。」
教育改革を加速化するには、ボトムアップのアプローチが必要
セッション1はビジネスの面から、セッション2では政策の面から教育の今に迫った。比較的マクロな視点に立った話が多かったが、セッション3のラップアップは、長く現場で教育改革に携わってきた樋渡氏による、現場を改革するためのミクロな話が中心となった。タブレット配布、青空教室、反転学習など、次々と新しいことにチャレンジし、結果を出してきた樋渡氏の話に、会場は自然と引き込まれていた。
セッション1とセッション2で、今後の教育が目指すべき方向が見え、セッション3で今現場で起きている具体的な変化に触れることができた。このセッションに参加した関係者は、自信を持って改革のための一歩を踏み出すことができるのではないだろうか。
樋渡氏は、教育に変化をもたらすのに一番良いアプローチは、ボトムアップだと語った。教育をテーマにした『HIP Conference』に参加した人間が、それぞれ現場に帰ってアクションを起こすことで、日本の教育が変化するスピードは加速するのではないだろうか。