HIPとビジネス系ニュースアプリ「NewsPicks」のコラボレーションイベント「HIP Conference」。初回のテーマ「モータリゼーション2.0×都市」に続き、第2回目は「消費×ビッグデータ×センス」というテーマで開催された。テクノロジーの進化やビッグデータの発展により、科学的に消費の分析が可能になっている一方で、これまで以上に人間的な「センス」も重要になってきている。今回のHIP Conferenceでは、「ビッグデータ」「センス」それぞれのキーワードにおける第一人者がゲストとして登壇した。
「センスと消費」のセッションに登壇したのは、株式会社スマイルズ代表の遠山正道氏、株式会社トランジットジェネラルオフィス代表の中村貞裕氏。モデレーターは株式会社キュレーションジャパン代表の西園寺薫氏が務めた。
取材・文:HIP編集部 写真:御厨慎一郎
「なぜ自分たちがこの事業をやるのか」という問いに答えられなければならない
まず登壇したのは、スマイルズの遠山氏。スマイルズは、食べるスープの専門店「Soup Stock Tokyo」やネクタイブランド「giraffe」、セレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」など、独自のセンスでユニークな事業を展開する会社だ。「自分たちはビッグデータなんて皆無だし、トレンドにも無縁の存在」と語る遠山氏。彼にとって事業とはどのようなものなのだろうか。
遠山「三菱商事に勤めていた頃、『このままサラリーマンを続けて、定年を迎えて、おしまいというのはつまらない。10年目で何かをやってみよう』と思い、絵の個展を開きました。絵を描くときって、お客さんに『どんな絵がいいかな?』って聞いたりしないですよね。自分の気づきや面白いと感じたことを世の中に提案する。スマイルズにとっての事業も同じようなものなんです。だから、データもないし、トレンドとも無縁。」
スマイルズにとって、事業は自分たちが気づいたことを世に問いかけるもの。このアプローチはアートに近い。絵であれば、原価に関わらず、描かれたものによってその絵の値段が3万円になったり3億円になったりする。「この価値の違いはアートとしかいいようがないと思うんです」と遠山氏は語る。
遠山「スマイルズは、気づいたことを世に提案していくというスタイルで事業を展開しています。それはアートに似ているのですが、アートにも大きな流れはある。その流れの中で自分たちが何を発表するかを決めていくには、自分たちはどんな存在で、なぜこの事業をやるのかを考えることがとても大切なんです。」
「仕事って難しいですよね」と遠山氏は会場に投げかける。スマイルズが手がけている事業は、意外なことにどの事業もなかなか利益が安定しなかったという。こうした辛い時期を乗り越えるためには、「なぜ自分たちがこの事業をやるのか」という問いに答えられなければならないと遠山氏は語る。
遠山「『Soup Stock Tokyo』も、『giraffe』も、『PASS THE BATON』も、評価していただき売上も出ていましたが、利益が出るかはまた別問題。『Soup Stock Tokyo』の利益が安定するには、約8年の歳月を要しました。『giraffe』が黒字化したのは約7年目、『PASS THE BATON』は約4年目。ブランドがなくなりそうなタイミングはたくさんありましたね。だから、経営者としては全然ダメなんですよ、私は(笑)。」
スマイルズはもともと三菱商事の社内ベンチャー企業としてスタートしたが、2008年に創業者の遠山氏が個人で全株式を取得し、MBOを行っている。普通であれば、3年間赤字の事業が続いていたら会社はつぶされてしまうだろう。スマイルズは親会社が存在していたときも、独立した今でも、事業が苦しいときに「なぜ自分たちがこの事業をやるのか」という問いに答えることで事業を続けてこれたという。
遠山「事業がうまくいっていないときは、経営会議で必ず詰められます。『なんとかもう1年やらせてください!』と泣いて懇願する現場もしばしばあります(笑)。そういったときに、外部要因を頼りに『市場の状況からすればうまくいくはずだった』などと説明しようとしても、うまくいきません。なぜ自分たちがこの事業をやらなければならないか。誰がこの事業をやりたいと思ったのか。これがはっきりしていないと、厳しい時期を乗り越えられない。」
トランジット流・メディア戦略。連続ヒットはどのようにして生まれるのか?
「トレンドには無縁」というスマイルズとは異なり、街のトレンドを掴んだアプローチで数々のプロジェクトを成功へと導いてきたのが、トランジットジェネラルオフィス代表の中村貞裕氏だ。同社はこれまでに駅前の目印カフェとして展開する「Sign」や、“世界一の朝食”で一躍人気となった「bills」などの店舗を次々と展開してきた実績を持ち、最近では空手道場や旅館、さらには町など、多岐に渡ってプロデュースを手掛けている。そんな中村氏が最初にプロデュースを手がけたのは、カフェだった。
中村「以前、伊勢丹で働いていた時代に、駒沢公園にある『バワリー・キッチン』というカフェを見つけました。そこは夜遅くまで開いていて、ご飯もお茶も楽しめるようなお店。ニューヨークでは『ダイナー』と呼ばれていたようなタイプで、こうしたご飯を食べられるカフェがこれから流行るんじゃないかと思ったんです。そこから半年で『OFFICE』というカフェを外苑前にオープンさせ、それからカフェブームの中で過ごしてきました。」
気づけば周囲から「カフェブームの立役者」と呼ばれるようになっていた中村氏。とはいえ最初に始めたのは自分ではない、そんなジレンマもあったという。だが、次第に割り切ることができていったそうだ。
中村「ブームの火付け役や立役者になったかどうかというのは、自分が決めるのではなく周りが決めること。何かをヒットさせるには、必ずしも一番最初に手掛ける必要はなく、マラソンでいう1位集団に入っていればいいと割り切るようになりました。私がよく手掛けているのは、ニューヨークのダイナーやシドニーの朝食文化といった海外の文化を日本に持ってきて広めること。トランジットは、0から1を生み出すのではなく、1のものをたくさん見つけて、それを大きくしているんです。」
こうした発想で、さまざまなトレンドやブームを生み出してきた中村氏。どのようにして新しい事業のテーマを見つけてくるのだろうか。
中村「私にとってのマーケティングはひたすらインプットをすることなんです。暇さえあれば本屋に行っていますし、ネットサーフィンで日々色々な情報を収集しています。ミーハー仲間がたくさんいるので、夜な夜な集まって情報交換することも多いですし、自分で海外に足を運んで1日に20軒ほど店舗を回ることもあります。」
中村氏はインプットの重要性と同時に、アウトプットの重要性についても言及する。
中村「インプットも重要ですが、インプットを増やすためにはどれだけアウトプットできるかが重要です。私は、スタッフへのメールや社内での立ち話、講演や打ち合わせなどのあらゆる場所で、『口コミ隊長』として面白かった情報を伝えるようにしています。そうすることで良い情報が自然と集まるようになる。これはジムでトレーニングするようなもので、気を抜くとすぐ衰えてしまうため継続することが必要です。」
インプットを重ねることが中村氏にとってのマーケティングであり、見つけたトレンドの種をプロデュースすることでブームの火付け役となっている。
中村氏がプロデュースをする際に意識しているのは、どれだけ話題にできるかということだそうだ。店名、コンセプト、キャッチコピーなど、メディアに掲載されるようにアイデアを練っているという。そのために中村氏が実施しているのが、「因数分解」と「キャスティング」だ。
中村「毎回、メディアにどう取り上げられるかを考えながら、10文字前後でキャッチフレーズを考えます。例えば、billsだったら『世界一の朝食』ですね。それから、お店を因数分解して要素を分けていく。インテリア、グラフィック、メニュー、制服、BGM、スタッフといった、お店を形成する要素を大なり小なりできるだけ書き出します。メディアは色々な切り口でお店を取り上げるので、書き出した要素が取材される可能性のリストになるんです。」
要素を書き出した後は、それらの要素がより魅力的に見えるように「キャスティング」を行っていく。それぞれの要素に対して具体的な人名、ブランド名、イベント名を組み合わせて関心を持ちやすい切り口を作っておくことで、メディアに取り上げられやすい状況を生み出している。「このキャスティングの目利きが重要で、これは先程のアウトプットの力と関係してきます」と、中村氏はアウトプットの力がプロデュースにも関連してくることを紹介した。
センスがある人は、流行に流されず、自分でジャッジができる人
ゲスト二人の登壇の後は、パネルディスカッションへ。ディスカッションは、モデレーター・西園寺氏からの「どうやって新しいビジネスを考えているのか」という質問から始まった。
遠山「四行詩と呼んでいるものがあるので、そこから新しいビジネスを考えています。『やりたいということ』『必然性』『意義』『なかったという価値』の4つです。まず、自分たちがやりたいと考えるところからスタートしたい。そして、ビジネスはうまくいかないことが多いので、なぜやるのかという根っこが大事。銀行からお金を借りるなど、周りを巻き込まなくてはいけないので、社会的、会社的意義も必要です。そうしてオリジナルなビジネスになっていくと、プライドみたいなものができてくる。そうすると、大変な時期も踏ん張れます。」
中村「基本的にはあまり考えずに、無意識にやっていますね。自分が目にしていた情報や空気感が刷り込まれていて、それをふとした瞬間に思い出すんです。『そういえば、かき氷が流行ってたな』とか。インプットをしていることで、自分の中にフックができているので、それに引っかかる。分析ではなく感覚に近いですね。」
続いて、二人が語ったのは事業の「自分たちらしさ」について。遠山氏は「『スマイルズがやったらこうなった』と言ってもらいたい。今まで世の中にあったもの以上の価値を与えられているかが大事」とコメント。中村氏も「『トランジットらしさ』はあると思う。同じアイデアから店舗をプロデュースしたとしても、他とは違うものができあがるはず」と語った。
二人が感じている「らしさ」こそが、イベントのテーマでもある「センス」にあたる部分なのではないかという質問に対しては、それぞれこう語った。
中村「先天的にセンスが良い人はほとんどいないのではないでしょうか。センスが良い人は、センスが良い人、お店、場所などに出会っている。そうやって磨かれていくものだと思います。」
遠山「以前読んだ本の聞きかじりですが、センスがある人はジャッジができる人なんだそうです。ジャッジができないと、ブランドや流行だけで判断するようになってしまう。自分たちの会社を人に例えたときに、ジャッジができる人物になっていたいなと思いますね。」
最後に、二人は東京という都市のこれからに対する意気込みを語った。
中村「東京が盛り上がらないと国も盛り上がらないという思いから、『クール・ジャパン』に対して『ホット・トーキョー』というプロジェクトを社内で立ち上げました。東京はニューヨーク、パリ、ロンドンと並ぶ最先端都市であってほしい。その基準から落ちないために、それらの都市にあって東京にないものを常に探していますし、それを東京で作っていくことが自分の役割だと考えています。」
遠山「『PASS THE BATON』の新店舗を今年8月に京都祇園にオープンして、海外のメディアが取材に来てくれるなど評価していただいています。小さくてもいいから、日本らしさを持ったビジネスを東京から世界へ打ち出していけたらなと思います。」
消費を考えていく上で、ビッグデータと同じくらい大切な要素である「センス」。世界に通用するビジネスを生み出していくためにも、その企業らしさを打ち出すセンスを鍛えていくことが必要不可欠になるだろう。