INTERVIEW
東南アジアの貧困をなくす。DNPが畑違いのモビリティ事業で起こす改革
椎名隆之(大日本印刷株式会社 モビリティ事業部 事業企画室 室長)

INFORMATION

2020.08.31

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出資で重視すべきは「戦略的リターン」。経営層を説得させる工夫とは?

HIP: CVCをはじめ、一般的に大企業がスタートアップに出資を決める際、財務的リターンと戦略的リターンを目的にしますが、どちらを重視されたのでしょうか。

椎名:今回の取り組みに限らず、重要視すべきなのは戦略的リターンだと考えています。たとえ、短期的に金銭のリターンにつながらなくても、ベンチャーとの協業によって先端技術やノウハウ、市場の情報などを得られます。

そこから長期的に見れば、既存事業とのシナジーや新規事業の開拓のチャンスが生まれる可能性が広がり、ゆくゆくは大きな金銭のリターンにもつながるはず。GMSに関しても、すでにフィリピンという市場で知見や技術を磨き、実績を残しているのが大きかったです。

HIP:ほかにも出資を決める際に、意識しているポイントはありますか?

椎名:いきなり大きく出資するのではなく、スモールスタートで始めてみて、事業を着実に育てていくことが大事だと思います。今回のプロジェクトのように、まだ市場に存在していない領域ほど、投資効果が見えづらいですから。

とはいえ、大きな成長を期待されるのが大企業の新規事業です。だから、大事なのは、出資を抑えつつもスピーディーに成長していくための事業計画を立てることです。そのほうが、リスクも低いので、上層部や上司の理解も得やすい。社内の稟議もとおりやすくなるはずです。もちろん、その計画を実現していくことが、いちばん大事ですけどね。

なぜ出版と印刷に強いDNPがモビリティに? 事業部が発足した背景

HIP:DNPといえば出版や印刷事業の印象が強い企業です。GMSと協業する以前から、モビリティ事業部があったとのことですが、そもそも、なぜDNPがモビリティ分野に進出したのか、経緯を教えていただけますでしょうか。

椎名:おっしゃるとおり、DNPは出版や印刷に強い会社です。1836年の創業から印刷の基盤技術を使い、さまざまな業界用途に多角化してきた歴史があります。ですが、2008年のリーマンショック以降、停滞が目立っていたのも事実でした。

そういった状況のなか、2015年頃から未来を見据えて社会の成長領域にリソースを集約していく取り組みを開始。その領域のひとつが「住まいとモビリティ」だったんです。

最初は正式な部署ではなく、小規模なプロジェクトチームでスタートしました。ですが、次第に自社のリソースだけでは限界を感じて。M&Aなどを行いながら推進し、ようやく事業のかたちが見えてきたのが2017年。そのタイミングで、会社からも正式に部署と認められて「モビリティ事業部」が発足しました。

HIP:ちなみに、現在、モビリティ事業部の事業企画室室長を務める椎名さんは、どのような経緯で配属されたのでしょうか。

椎名:私は、辞令を受けて、2018年に室長として異動してきました。その前は、全社の方向性を考える経営企画室に所属し、M&Aや財務などを担当していました。モビリティ事業でもM&Aによる共創をより推し進めることになり、だったら慣れている椎名を呼ぼうという経緯だったようです。

HIP:モビリティ事業部は、東南アジアでの「物流マッチングサービス」のほかに、現在どういった事業を手掛けているのでしょうか。

椎名:いろいろありますが、もっとも多いのはDNPの印刷技術を活かしたフィルムやパーツの開発です。たとえば、車のセンターコンソールなどに使われている木目調のパーツや、カーナビの画面に使われる低反射フィルムなどですね。

一方で、自社のリソースのみで新規参入して事業の柱をつくることは難しい。そこで、自動車用の部品製造において、国内で高いシェアを誇っていた田村プラスチック製品株式会社を2015年にM&Aするなど、事業を拡大してきました。

HIP:ものづくりの分野が中心なのですね。そういった意味でも、サービス分野である「物流配送マッチングサービス」はある種、異質に感じます。

椎名:そうかもしれませんね。ただ、XaaS(X as a Service:インターネットなどを活用してその業界の新しいサービスを提供する)やMaaSが注目を集めるなか、自社だけがものづくり一辺倒で勝負していたら生き残れません。

ものづくり分野を強みにする私たちにとって、サービス分野の「物流配送マッチングサービス」は、チャレンジングな取り組みかもしれない。でも5年、10年先を見据えたときに「やってきて良かった」と思える事業だと信じています。

物流業界の既得権益を壊したい。誰もが参入できるサービスプラットフォームへ

HIP:真新しい挑戦は今後も増えていくと思いますが、新規事業を推進するうえで重要視していることがあれば教えてください。

椎名:モビリティ事業部として最初の頃に決めた、3つのクライテリア(判断基準)は、いまも大事にしています。どれもここまでの話に通じますが、1つ目が、社会課題の解決に直接つながる事業であること。2つ目は、小さくスタートできて、社内での理解が得やすい取り組みであること。3つ目は、横展開できる事業パッケージであることです。

これをクリアしていれば、どんどん新たなチャレンジもしていきたいと思っています。とはいえ、自社のリソースだけではキラーコンテンツをつくるのが難しい。GMSのようにビジョンや条件がマッチする企業と一緒に、「物流配送マッチングサービス」のようなインパクトある事業を共創していきたいですね。

HIP:最後に、東南アジア向けの「物流配送マッチングサービス」が目指す事業ビジョンについて、手応えはいかがですか?

椎名:まだ実証実験の段階ですが、現地パートナーの物流企業やドライバーさんからも良い反応をいただいています。今後も継続してサービスを拡充し、UberやGrabがタクシー業界の既得権益を壊したように、物流業界に対して新たな未来をつくっていきたいですし、徐々にですがその手応えも感じています。

フィリピンのみならず、世界中の多くの物流分野が既得権益に守られています。ローカル企業でないと参入しづらいし、ローカル企業でも大資本でないと難しい。そういったなか、ITを使うことで、どなたでも簡単に物流業界に参入できる未来をつくれれば、おのずと「真面目に働く人が正しく評価される仕組み」ができるはず。このサービスによって、一人でも貧困から救われる人がいたら、この事業をやった甲斐がありますね。

Profile

プロフィール

椎名隆之(大日本印刷株式会社 モビリティ事業部 事業企画室 室長)

1996年、大日本印刷株式会社に入社。包装部門にて無菌充填システムの開発販促をグローバルに活動。その後、本社事業企画部門にて、事業戦略立案やM&A業務に従事。2017年、モビリティ事業部の設立に伴い、事業企画室室長として配属。現在、新規事業開発を中心に活動中。

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