「サッカーもまだまだマイナー競技」。スポーツビジネスの可能性を元・川崎フロンターレ広報が語る
天野春果(東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 イノベーション推 進室エンゲージメント企画部長 / 元・川崎フロンターレプロモーション部部長)
2017.06.20

サッカーをしているだけじゃダメ。それをチーム全体に伝えるため、コミュニケーションには細心の注意を払った。

HIP:「ビジネス」ばかりを優先してはダメで、あくまでも「地域の人に愛される」ことに軸足を置いたわけですね。そうした考えを選手やクラブのスタッフに伝えるには、困難もあったのでは?

天野:もちろん、クラブも選手も基本的には試合の勝利を望んでいるので、いろいろと大変なこともありました。選手にバナナの帽子をかぶらせて地域の方と写真を撮るなど、一見サッカーとは関係ないプロモーション活動をさせているわけですから(笑)。

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かわさき応援バナナ©️川崎フロンターレ

新しい監督やスタッフが加入するときも、ファンとの接点づくりを大事にするという方針を伝えるために、コミュニケーションには細心の注意を払ってきました。

HIP:新しい監督に広報の方針を納得してもらうために、具体的にはどのような伝え方をされるのでしょう?

天野:監督室にスーツ姿で挨拶を交わしに行っても、緊張感もあって、打ち解けるのに時間がかかってしまいますよね。距離を縮めるためには出会いが大切なので、たとえば風間八宏さん(2012~2016年の川崎フロンターレ監督)の就任が決まったときには、ある作戦を考えました。

HIP:作戦、ですか?

天野:はい。風間さんが解説を務めていらしたテレビ番組の収録に、フロンターレのマスコットである「ふろん太」も呼ばれていたんです。それを聞いて、これはチャンスだと思い、ふろん太のなかに潜んで番組に出演したんです。そして収録後に、着ぐるみを脱いで「はじめまして、プロモーション部の天野です」と挨拶したんですよ。

HIP:それは不意打ちですね(笑)。

天野:すごく驚かれてましたよ(笑)。こんなことやる人間はほかにいませんから。ただ、インパクトのある出会いをつくり出せたからこそ、翌日からスムーズに一緒にチームづくりをしていけたと思っています。チームを運営していくうえで空気づくりは大事なんですよ。

HIP:なるほど。地域とチームのつながりを育んでいくために、まずはチーム内の意識を統一させていったのですね。そうした創意工夫の積み重ねの20年間だったと。

天野:J1リーグは1年間で全34試合しかなく、ホームスタジアムでの試合はたった17試合です。ファンの方々にホームの試合へ毎回足を運んでもらえたとしても、選手をじかに応援できるのは1年で17日しかないんですよ。同時にこれはクラブチーム側から見れば、お客さんとのタッチポイントが17日しかないということです。

そんな環境のなかで、「自分たちのクラブ」だと思ってもらえるチームをつくるには、まずぼくたちが地域のために動かなければいけません。試合での勝利はあくまでもその延長線上にあると思います。

勝つチームがあれば負けるチームもいる。そうした「負」の要素が、スポーツの特性だと思っている。

HIP:天野さんは著書のなかで、スポーツが持つ特性として「ヒューマンライン」という言葉をよく使われていますよね。

天野:これはぼくの造語なんですが、日々の生活に必要なインフラを指す「ライフライン」とは別に、生活や人生を豊かにしてくれるものという意味で、「ヒューマンライン」という言葉を使っています。音楽や映画を楽しむこともそうですが、スポーツ観戦もそのなかの1つですね。

HIP:天野さんはスポーツビジネスを考えるうえで「必ずしも勝ち負けのみではない」とおっしゃられていましたが、チームとしては「勝つこと」がファンづくりにつながるのではないでしょうか?

天野:もちろん「勝つ」ことはとても大事です。ただ一方で、スポーツでは引き分けを除けば、勝つチームがあれば負けるチームが必ずいるわけです。むしろ、そうした「負け」の要素を持っていることが、スポーツならではの特性だと思っています。

たとえば、音楽や食の場合は、好きな曲を聴いたり美味しいものを食べたりすることで、関わる人の気分を上昇させますよね。でもスポーツの場合、勝ったり負けたりすることで感情のグラフがギザギザに描かれていく。

この感情の揺さぶりはとても刺激的で、人がスポーツにハマる大きな要素だと考えています。それをふまえたうえで、勝ったらすごくハッピーになるし、負けても楽しい、そういった地域クラブのあり方がないものだろうか、と考えているんです。

HIP:一見、「勝ち」につながらないプロモーション活動は、「そんな時間があるなら選手の練習や休息に使うべし」と言われることもあるのではないでしょうか?

天野:そうですね。これは思想の問題だと思うんですよ。チームは「勝って愛される」と考えるのか、「愛されて勝つ」と考えるのか。ここでアスリートの姿勢が分かれると思うんです。日本ではいま、前者が主流になっている気がしますね。なので、ホームタウンでの地域活動は選手が疲れる、試合以外で活動して怪我をしたらどうするんだ、といった話ばかりになってしまいがちです。

一方、アメリカは後者の考えが主流です。自分たちが勝てるのは、周囲の人たちの協力と応援があり、収入面でも支えられているからだということを選手たちが身に染みて感じている。その違いはとても大きいですね。向こうではカレッジスポーツがプロスポーツ並みに人気があるんですが、学生アスリートも、キッズスクールで競技指導の場に顔を出すとか、試合の日以外の地域活動を厭わないんです。

それは、「愛されて勝つ」ことの重要さ、愛される選手として必要な人間性や発信力というものを、アスリート側がきちんと理解しているからなんですよね。

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アメリカ留学を経験した天野氏が考える。日本のスポーツビジネスとの決定的な「差」、そして日本のスポーツ界がとるべき進路とは?

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