星野佳路・川村元気が語る、世界に通じる東京の文化・アート。『HIP Conference vol.5』
星野佳路(星野リゾート 代表)・川村元気(映画プロデューサー / 作家)
2016.10.31

「文化・アート」をテーマに行われた、第5回『HIP Conference』。セッションⅠには、国内外に36拠点のリゾート施設・ホテルを展開する星野リゾート代表・星野佳路氏が登壇。2016年7月、東京・丸の内に日本旅館「星のや東京」をオープンさせた星野リゾートは、都市観光を視野に「日本旅館」を一つのホテルカテゴリーにすることを目指している。


そして、セッションⅡには『告白』(2010年)、『モテキ』(2011年)、そして現在公開中の『君の名は。』『怒り』『何者』(2016年)、小説『世界から猫が消えたなら』(2012年)、『四月になれば彼女は』(2016年)など、数々のヒット作を送り出してきた映画プロデューサー・小説家の川村元気氏が登壇。「普遍性×時代性」「発見×発明」といった企画の極意も紹介しつつ、物語性やクリエイティビティを創発する場としての東京の可能性について語ってくれた。


星野氏はビジネス、川村氏はクリエイティブと、それぞれのフィールドで活躍するトップランナーたちが文化・アートの視点から見出す、「東京のポテンシャル」とは?


構成:長谷川リョー 撮影:御厨慎一郎

「日本の文化」をしっかり背負わないと、日本のホテルは世界に受け入れてもらえない

森記念財団が毎年発表している世界の都市総合力ランキングによれば、東京は、ロンドン、ニューヨーク、パリに次ぐ第4位の位置にいる。分野別に見ると「経済」では首位を占めるものの、「文化・交流」では先述の3都市に劣っていることが、総合力ランキング4位の要因となっているようだ。オリンピックを4年後に控えるいま、都市としての総合力を高めていくために、文化・アートの存在は無視できない。

セッションIに登壇した星野佳路氏

「星野佳路が読み解く東京のポテンシャル」と題されたセッションⅠの聞き手は、株式会社ロフトワーク代表の林千晶氏が務めた。1904年に創業した星野リゾートの4代目として、代表を務める星野佳路氏が、現在のブランドイメージへと転換させたきっかけは、1990年代初頭のバブル崩壊時に遡る。当時、ホテルなどのリゾート施設は供給過剰状態。そこで星野氏は新規出店を一旦ストップし、「既存のリゾート施設の運営に特化する」という大きな意思決定を下す。時代の需要を見据えた星野氏の経営判断は追い風となり、1995年には、「リゾナーレ」(西洋型リゾート)などのブランド展開を開始、国内外に36拠点を数えるまで成長を続けてきた。

セッションIの様子

2016年7月、星野リゾートは首都圏では初となる日本旅館「星のや東京」を大手町にオープン。これまでは日本の地方を中心に展開してきた星野リゾートだが、日本旅館を東京にオープンさせることは2020年の『東京オリンピック』が決まるはるか前から思い描いていたという。それは、星野氏がコーネル大学ホテル経営大学院を修了し、アメリカでホテル開発に従事していた1980年代、当事の日本のホテル業界の失敗が原体験となっているそうだ。

星野:1983年頃、アメリカの金融雑誌『Institutional Investor』でホテルオークラが世界のベストホテル第2位に選ばれるなど、日本のホテル業界は「エキゾチックで、ジャパンオンリーなホテル」として人気のピークにあったんです。しかし、その後はヒルトン、マリオット、フォーシーズンズなど、欧米のホテルに追随するようなサービス、経営に終始してしまい、そのアイデンティティとともに、人気も失われてしまいました。日本のホテルが海外に進出する場合は、好む好まざるに関わらず、日本文化を背負うことになります。これをしっかり表現しない限りは、受け入れてもらえないという課題意識が、私の一番の根底にあるんです。

東京から世界へ。「日本旅館をホテルカテゴリーの一つにしたい」

「日本を背負わずして、世界に出ていく道はない」と星野氏が1980年代に胸に刻んだ思いを秘め、海外進出を視野にオープンした「星のや東京」。日本旅館の体験、価値は、「東京のような都市、さらには海外でも通用するはず」と彼は言う。星野リゾートにとって「星のや東京」は、その先にある海外を見据えた「ベースキャンプ」としての役割があると力強く語る。

星野:じつは世界中を見ても、一国の文化をそのままテーマにしたホテルはありません。でも、日本旅館での宿泊体験を想像してみてください。建築、サービス、食事の食べ方からお風呂の入り方まで、これらはすべて「日本文化」で統一されているのです。たとえば、旅館では、屋内に入る前に靴を脱ぎますが、靴を脱ぐことを通じて外側と内側に結界を作り、それによって快適性や心地よさを得ることができる。これは日本旅館ならではのサービスだと思います。

モデレーターを務めた、ロフトワーク林千晶氏

星野氏は、機能性や利便性だけでなく、旅館のように「日本ならではの価値」を加えることで、国際的なラグジュアリーホテルとも充分競争できるという。また、「日本旅館にとって不可欠な要素とは何か?」という林氏からの問いかけに対しては、「パブリックエリアの考え方の違い」をポイントとして挙げた。

星野:日本旅館では、自分の部屋はプライベート空間ですが、部屋を一歩出るとセミプライベート空間になっていて、浴衣のような寝巻き姿で館内を歩いていても、まったく問題ありません。セミプライベート空間が建物内に広がっていることで、独特の精神的な快適性があると思います。

星のや東京では、各フロアに客室から自由に行き来できる「お茶の間ラウンジ」を用意しているという。ここではお茶やお酒などがサービスとして提供され、読書やデスクワークといったちょっとした作業を行うことができる。また、ワンフロアごとに、一つの旅館として感じられるよう、コンセプトを作り込むことにもこだわっているという。最後にあらためて、星野氏は世界進出にかける意気込みを語ってくれた。

星野:今晩はステーキを食べようか、それともフレンチか寿司かという会話が当たり前にされるように、「日本旅館」をラグジュアリーなホテルカテゴリーの一つにしたいと思っています。たとえばパリでどこのホテルに泊まろうかと迷ったときに、日本旅館に泊まろうという選択肢を持てるような世界を作っていきたいんです。

面白いテーマや原作を見つけるだけでヒット作が生まれることはありません。(川村)

「東京をもっとクリエイティブな街にするために」をテーマに行われたセッションⅡに登壇したのは、映画プロデューサーの川村元気氏。大ヒット公開中の『君の名は。』も彼によるプロデュース作だが、映画以外にも作家としての一面も併せ持ち、処女作『世界から猫が消えたなら』(2012年)は、100万部を超えるベストセラーとなった。NewsPicks編集長の佐々木紀彦氏がインタビュアーを務めたこのセッションでは、川村氏の過去作品を振り返りながら、企画の極意、そして東京という街が持つ「普遍性」が、物語で発揮する役割について語られた。

セッションIIに登壇した、川村元気氏

映画のプロデュースをするとは、どんな仕事なのか。川村氏は「料理を思い浮かべてほしい」と言う。まず、最初に面白い物語やテーマ(食材)を見つけ、監督、脚本家、俳優と一緒に制作(調理)し、できあがった作品を宣伝(盛り付け)していく。このプロセスのなかで適切な掛け合わせをすることが、ヒット作が生まれるきっかけになるそうだ。

川村:面白いテーマや原作を見つけるだけでヒット作が生まれるということはめったにありません。制作の過程でたくさんのレイヤーが綺麗に掛け合わさることで初めて面白い作品になるのだと思います。

一度、映画制作を開始すると、作品が公開されるまでは、「失敗するかもしれない」というイメージを常に持ちながら、疑うプロセスを繰り返すという。キャスティング、脚本、編集の各段階で、「いまならまだ取り返しがつく」と思いながら、ギリギリまで最善を探る。

では、自身で執筆する小説の場合はどうか。『世界から猫が消えたなら』は、映画には表現できない、文章というメディアだからこそ楽しめる物語を書こうと考えていたときに、タイトルを思いついたのだという。そして、川村氏はこのタイトルを考えつくまでに、その後、自身が着想を得たり、モノを考える際の転換点となるできごとがあったそうだ。ある日、携帯電話を紛失し、途方に暮れながら電車に乗り込んだときのことだった。

川村:ぼく以外が全員スマホを眺めている車内で、窓の外に大きな虹を見つけました。携帯電話を失くして絶望していたのですが、失くしたからこそ、ぼくだけが虹を見つけることができた。「人生ってこういうものなのかも」と思いましたね。以来、何かトラブルがあっても、そのおかげで他の何かをキャッチできるんじゃないかと思う癖が付きました。

ユニバーサルな感情をとらえるために、東京という街を舞台にする。(川村)

人間の「笑える」「泣ける」といった、共通した感情に訴える「普遍性」。川村氏は、そこに「時代性」を加えることが映画のヒットに必要だという。そこで、佐々木氏が「2016年の邦画で最大のヒット作になりそうな『君の名は。』(新海誠監督)と『シン・ゴジラ』(庵野秀明監督)は、両作とも舞台が東京であることに、何らかの時代性があるのか?」と問いかけた。

セッションIIでインタビュアーを務めた、NewsPicks佐々木紀彦氏

川村:『君の名は。』には、「東京の描き方」に時代性があったと考えています。東京ってこれまでは、忙しい人々でごった返す、コンクリートジャングルのように描くことが定番でしたが、この映画では反対に、東京という街の美しさを描いています。新海監督は上京時、高層ビルがキラキラと輝く東京の街を「なんて美しいんだ」と感じたそうで、「東京も地方もそれぞれの美しさがあるのだ」という気持ちが、この作品の根幹にあったように思います。現在の東京の街並みを、日本人監督がポジティブに美しい描写で表現した作品は、これまであまり制作されていませんでしたから。

川村氏がプロデューサーを務め、現在大ヒット公開中の長編アニメーション映画『君の名は。』。物語は田舎町に住む女子高生・宮水三葉と東京に住む男子高校生・立花 瀧の心と体が入れ替わることから始まる。

外国人映画監督が東京の街を美しく撮った作品は少なくない。「『東京画』(1985年、ヴィム・ヴェンダース監督作)や『ロスト・イン・トランスレーション』(2003年、ソフィア・コッポラ監督作)などのように、東京という街には美的感覚に訴えかける何かがあるのかもしれない」と川村氏は語る。

『殺人の追憶』(2003年)などで知られ、川村氏が天才と称する韓国の映画監督ポン・ジュノ氏も東京で映画を撮りたがっている一人だ。ポン氏は飲食店がすし詰めに軒を連ねる高架下を目にし、スペースを無駄にしない街の様子を面白がっていたそうだ。

川村:スペースを埋めることにここまで執着のある国民性もなかなかないというか……。区画整理をやり続けて、無駄を省いていく、それが面白いと言っていました。

東京だけでなく、世界中で恋愛感情が希薄になっている

川村氏は今年、自身3作目となる小説『四月になれば彼女は』を『週刊文春』に連載し、11月4日に単行本として発売を予定している。恋愛をしない人、結婚したが相手に冷めてしまった人、恋愛感情が希薄になっている人が周りに多くいたことが、筆を取るきっかけとなったという。しかもこうした現象はニューヨーク、ロンドン、パリなど、世界中の都市で普遍的に起きていることにも気がついた川村氏。「恋愛感情を失った人たちの物語を書くには、そんな普遍的な現象が起きている都市でもある東京を舞台にするのが一番良いと思った」という。

四月になれば彼女は|川村元気

『四月になれば彼女は』 著者:川村元気 出版社:文藝春秋

作品作りにおいて鍵となる「普遍性×時代性」。川村氏がプロデューサーを手がける公開中の映画『怒り』(李相日監督)の舞台としても東京が印象的に登場する。劇中に登場するような怒りを堪える人々は、何も東京だけでなく、世界中の都市の生活者にも見え隠れする。

映画『怒り』(李相日監督)。「怒」という血文字を残して未解決となった殺人事件を巡って、千葉、東京、沖縄を舞台に描かれる物語

時代性だけでなく、こうした普遍性を捉えることは、ヒットを生み出す元となることも多い。川村氏が各界のトップランナーたちと30代前後に取り組んでいた仕事について語り合った対談集『仕事。』(2014年)のなかで、詩人の谷川俊太郎氏は「人間はみんなで『集合的無意識』とでも呼ぶべき、一つの大きな脳を持っている」と語っている。まだ世の中に表出していないけれども、誰しもが潜在的に欲しがっているものにアプローチできるかどうかが作品の成否を握っているそうだ。

リゾート・ホテル運営と映画プロデューサー・作家という、一見まったく異なる分野で輝きを放つ両氏が登壇した『HIP Conference vol.5』。「星のや東京のオープンは、日本旅館を世界のホテルカテゴリーの一つにするための布石である」という星野氏、「東京の人が抱えている感情は、ニューヨーク、ロンドン、パリといった世界中の都市の人も同じように抱いている」という川村氏。二人はともに、「東京」という都市を起点に、世界のまた別の都市の風景を見通している。経営者やクリエイターが「文化・アート」の側面から東京の可能性をさらに切り拓いていくことで、世界の都市の中での「東京」の位置づけも変化してくるだろう。

Profile

プロフィール

セッションⅠ

星野佳路(星野リゾート 代表)

1960年、軽井沢町の「星野温泉」4代目として誕生。1983年慶應義塾大学経済学部卒業後、コーネル大学ホテル経営大学院にて修士課程修了。1991年星野温泉(現星野リゾート)社長に就任。現在、「星のや」「界」「リゾナーレ」などのブランドで国内36拠点を運営するほか、バリ島(2016年開業予定)など海外2拠点にも展開。2016年7月20日には星のや東京をオープンした。

林 千晶(株式会社ロフトワーク代表取締役/MITメディアラボ所長補佐)

1971年生。2000年にロフトワークを起業。Webデザイン、ビジネスデザイン、コミュニティデザイン、空間デザインなど、ロフトワークが手がけるプロジェクトは年間530件を超える。書籍『シェアをデザインする』『Webプロジェクトマネジメント標準』などを執筆。MITメディアラボ 所長補佐も務める。2015年4月、「株式会社飛騨の森でクマは踊る」を設立、代表取締役社長に就任。

セッションⅡ

川村元気(映画プロデューサー / 作家)

1979年横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、映画プロデューサーとして『電車男』『告白』『悪人』『モテキ』『バケモノの子』『バクマン。』『君の名は。』、『怒り』、『何者』などの映画を製作。2011年には優れた映画製作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少で受賞。2012年には初小説『世界から猫が消えたなら』を発表し、100万部突破の大ベストセラーとなり映画化。その他著作に『億男』『仕事。』『理系に学ぶ。』『超企画会議』など。2年ぶりとなる最新小説『四月になれば彼女は』が11月4日発売。

佐々木紀彦(株式会社ニューズピックス 取締役 NewsPicks編集長)

1979年福岡県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業、スタンフォード大学大学院で修士号取得(国際政治経済専攻)。東洋経済新報社で自動車、IT業界などを担当。2012年11月、「東洋経済オンライン」編集長に就任。リニューアルから4か月でビジネス誌系サイトNo.1に導く。2014年7月より現職。NewsPicks編集長業務と合わせて、ビジネスモデルの開発などに取り組む。

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