INTERVIEW
出過ぎた杭は打たれない。YKK AP「未来窓」開発者が語る常識破りの仕事術
東克紀(YKK AP株式会社 事業開発部 部長)

INFORMATION

2019.11.29

SHARE

住宅やビルの建材を手がけるYKK APが、近未来的な製品を開発中だ。その名も「未来窓」。最大の特徴は、自宅の窓にAIスピーカーやインターネットを接続できること。これにより、窓から天候情報を得られたり、住空間のさまざまな家電をコントロールしたりすることができる。

まさに、「未来」を感じさせるこのプロジェクトの仕掛け人は、事業開発部長の東克紀氏だ。大企業特有の文化に逆行したことがきっかけで、「未来窓」の斬新なアイデアに行き着いたという。「出過ぎた杭は打たれない」と語る東氏に、大企業のなかで従来のやり方にとらわれないための秘訣を訊いた。


取材・文:末吉陽子(やじろべえ) 写真:熊原哲也

窓を条件に、家探しする人はいない。もっと窓に関心を持ってもらいたかった

HIP編集部(以下、HIP):「未来窓プロジェクト」は、2016年に始まったそうですね。その名のとおり「近未来的な窓」を開発していますが、なぜ斬新な窓をつくろうと思ったのでしょうか。

東克紀氏(以下、東氏):その疑問にお答えする前にうかがいたいのですが、引っ越しを検討する際、窓を条件に家探しをしたことはありますか?

HIP:正直、そこまで重要視していないかもしれません……。

東氏:それが一般的なご意見だと、私も思います。住宅において、窓はとても重要な建材にもかかわらず、多くの方は窓のことをほとんど気にしません。その意識を変えてもらえるように弊社の営業も日々努力しています。ですが、どうしても部屋の間取りや浴室、キッチンなどの優先順位が高くなりますし、そもそも設計図面ができ上がる頃には、窓の種類や位置は決まっているのでなかなか難しい。

それに、家を売る営業の方も、「どんな性能を持った窓なのか」「どんなガラスでできているのか」なんてマニアックな説明をお客さまにいちいちしません。窓は気軽に変えられない部分だからこそ、きちんと説明していただきたいところではありますけどね。

YKK AP株式会社 事業開発部 部長の東克紀氏

HIP:たしかに、そうですね。住み始めてから結露などが気になって、リフォームを検討する人がいると聞いたこともあります。

東氏:はい。窓の性能が低いと、結露や騒音など暮らしにくさがつきまといますからね。窓を主軸事業とする弊社としては、性能を高めることはもちろん、「もっと窓に関心を持ってほしい」とつねに考えていました。それで、行き着いたのが「未来窓」なんです。

HIP:なるほど。では、あらためて、未来窓がどういった性能を備えたものなのか教えてください。

東氏:窓の基本性能を保ちながらAIやインターネットに接続し、より生活を豊かにすることを目指した窓です。たとえば、天気や室内環境をもとに窓を自動開閉して換気できたり、遠く離れた人と対話やお絵かきメモを残せたりする機能を備えています。現状、発売は未定ですが、さらなる改良を重ねている最中です。

未来窓「Window with Intelligence」。その日の気分により、窓から見える景色を壁紙のように変えることも可能(画像提供:YKK AP)

東氏:また、そうした未来窓の開発で得た知見やスキルは、ドアにも応用できると考えました。それで生まれたのが、2018年に発表した、未来ドア「UPDATE GATE」です。家から外出する人に合わせて必要な情報をAIが与えてくれたり、その日の天気や交通情報などの情報を教えてくれたり、顔認証システムによりドアが自動開閉したりと毎日の暮らしをアップデートします。

未来ドア「UPDATE GATE」。家族やペットを見守る機能なども搭載(画像提供:YKK AP)

革新的なアイデアを生む難しさ。「従来の考え方」から脱却する方法とは?

HIP:「未来窓」も「未来ドア」も、かなり斬新な機能が盛り込まれていますね。プロジェクト自体はどのような経緯で始まったのでしょうか?

東氏:もともと、会社のトップから「窓に対する世間の意識を上げるために、何か新しいことをやってほしい」と言われていました。一人で革新的なアイデアを出すのはなかなか難しいので、選抜した社員とプロジェクトチームをつくったんです。しかし、出てくるアイデアは、樹脂やガラスの素材を変えてみるといった「従来の窓のつくり方ありき」の発想ばかりでした。

HIP:窓をつくる専門家だからこそ、発想の転換が難しかったのかもしれませんね。

東氏:そのとおりです。ですから、もっと違う角度から攻めないといけないなと。そこで、異業種の外部とコラボすれば、「従来の窓づくり」にとらわれないアイデアが出るかもしれないと思ったんです。それで、縁あって協業することになったのがクリエイティブラボ「PARTY」です。

彼らはこれまで、世間を驚かせるような意外性のある企画や、斬新かつ面白い広告などを手がけてきた会社。クリエイティブディレクターの中村洋基さんをはじめ、同社のメンバーの方々とお会いしたときに、良い意味で「飛んでる」感じがしたんです。この人たちとだったら、面白いことができるかもしれないと。

しかも、飛んでるけど、飛びすぎていない。ちゃんと商売として成り立つ計算もしているところが魅力的でした。ほかにも、われわれの技術をつかってイノベーティブなことができそうなベンチャー企業とも協業しています。

デスクトップから面白い情報は得られない。新しいものが生まれるきっかけは、外にある

HIP:他社と協業することで、学びはありましたか?

東氏:とにかく「動く」ことの大切さですね。「発想力の発達」は、自分自身の移動距離に比例すると私は思っていますから。しかし昔ながらの大企業は、「指定された時間にタイムカードを押して、指定された机にデスクトップのパソコンがある」のが当たり前。

私も以前は、会社の席が「自分の居場所」だと思い込んでいました。ですが、それだとせいぜいネットで見た情報を頼りに「他社がこんな新商品を出したから、うちも出そう」くらいのことしか浮かばない。

そのことに気づいて、机の上にデスクトップを置いて仕事するのをやめたんです。ノートパソコンと携帯を持って、積極的に社外で仕事をしたり、異業種の交流会に参加したり、ときには講演に登壇するなど、意識的に行動を変えてみました。すると、いろんなベンチャー企業やイノベーターに会う機会が格段に増えました。それこそPARTYもそのうちのひとつです。

そういった場で出会ったイノベーターや気鋭なクリエイターたちもまた、人と出会うことで、まだ世に出ていない情報をいち早く得ていました。ゼロからイチを考えることは難しくても、人から吸収した面白いネタを取りまとめて、それらをアッセンブルしたり掛け合わせたりすることで新しいものが生まれるんだと思います。

HIP:面白いネタをよく知っている人と、関係性を築くために工夫したことはありますか?

東氏:自分も面白いやつになることですね。「あいつを呼ぶと、何か面白いことが起きそうだぞ」と周りから思ってもらうために、さまざまな情報を収集して、自分なりの考えを持つように心がけています。

スタートアップの起業家やクリエイターなどと会う際、話を聞くだけではなく、自分の考えも話すようにしています。そうすることで、自分のことを理解してもらえたり、好きになってもらえたりする。話が盛り上がれば、気が合いそうな方をどんどん紹介してもらえるようになって、横のつながりも自然にできてきます。

社内の根回しが大変な大企業。新規事業を持続させるための「二刀流」とは?

次のページを見る

SHARE

お問い合わせ

HIPでの取材や
お問い合わせは、
下記より
お問い合わせフォームにアクセスしてください。

SNSにて最新情報配信中

HIPでは随時、FacebookやWebサイトを通して
情報発信をいたします。
ぜひフォローしてください。