INTERVIEW
「UXデザインを重視しない企業に未来はない」。その重要性を安藤昌也氏が語る
安藤 昌也(千葉工業大学 先進工学部知能メディア工学科教授)

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2018.03.05

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「その製品に求めること」を直接ユーザーに尋ねても、答えが出てくるわけではありません。

HIP:まず1人のユーザーをモデルにした「理想のユーザー体験」があって、そこに向けてデザインを行っていくことが重要だと。

安藤:そうですね。「本当に求められていることは何か?」を問い続けることが大事です。ただ、「その製品に求めること」を直接ユーザーに尋ねても、答えが出てくるわけではありません。リサーチでわかるのは、現在の状況におけるニーズです。そのニーズを丁寧に分析し、本当に求められるものは何かを徹底して考え、少しジャンプしたアイデアと組み合わせて理想のユーザー体験を考える。そのうえで、プロトタイプをつくり、ユーザーの評価を得て、改善・改良していく。こうしたプロセスを辿ることで、ユーザーの本当にやりたいことに向き合った製品やサービスを実現することができるのです。

たとえば、ぼくの研究室に所属している学生の卒業研究の作品なのですが、「WEB飲み会」を楽しむためのアプリをつくっているんです。

HIP:「WEB飲み会」はビデオ通話サービスを通じて、ユーザー同士がコミュニケーションをとりながら、それぞれが自宅で飲酒をするアクティビティーですね。

安藤:WEB飲み会には、テレビ会議システムが利用されたり、最近では専用のアプリも開発されたりしているようです。でも、この学生のアプリが優れている点は「ビールを注ぐ」機能にあります。もちろん、実際にお酒を注ぐことはできないので形式だけのものではありますが。相手を選んでスマホを傾けると、その相手の画面に、ビールが注がれる映像が出るわけです。たまにビールが溢れる映像が出て、「おっとっとと」とか言って(笑)。注がれた人は、その映像が出たら、実際に自分でグラスにビールを注ぎます。

安藤研究室の山田系哉さんが開発したWEB飲み会支援アプリ「KANPAI」。競合アプリにはない「お酒を注ぐ」機能が特徴

HIP:ユニークな機能ですね。

安藤:現在、一般に行われているWEB飲み会では注ぎ合いはできませんので、ほかのWEB飲み会アプリのユーザーに尋ねても、「注ぎ合い機能が欲しい」という意見は出てきません。でも、この学生のアプリのユーザー評価を行ってみると、参加者は面白がってくれていますし、会話のきっかけになる可能性があることがわかります。

このアプリには、学生らしいバカバカしさがありますが、お酒を注ぎ合う文化には、相手を気遣うことでコミュニケーションのきっかけをつくる役割があったことに気づかされます。WEB上でより豊かなコミュニケーションを実現できる可能性を感じる作品だなと思います。

多様な体験や感情を理解できる人でないと、新しい体験をデザインすることはできない。

HIP:良いUXデザインとはどういったものなのでしょうか?

安藤:そのサービスを使っている瞬間だけなく、サービスとユーザーが接触する可能性のあるすべての時間を考慮したものが理想的なUXデザインのあり方だと思います。

先日、JリーグのクラブチームV・ファーレン長崎の社長で、通販大手の「ジャパネットたかた」の元社長高田明さんのニュース記事が出ていました。高田さんは、クラブ経営の立て直しを図るために、サッカーの試合を90分だけではなく、試合の前後を含めたスタジアムで過ごす5時間として捉え、スタジアムのサービスを見直したそうです。

チケットの予約、座席までの誘導、物販や飲食など、その周辺にはさまざまな体験がありますよね。ユーザーはそのすべてを含めて「サッカー観戦」の体験だと認識します。なので、サービス全体にまで行き届いたUXデザインを行うことが大事なんです。

HIP:試合前後の体験はおまけではなく、UXデザインにおいては本質だということですね。

安藤:そうなんです。ただ、「良い体験」を提供するためにユーザーのわがままをきいて「なんでもやってあげればいい」と誤解をしている人もいます。しかし、必ずしもそういう体験がいいというわけではありません。そこがUXデザインの難しいところです。

HIP:提供するユーザーの体験を考えるにはどんなポイントがありますか?

安藤:ユーザー体験を検討する方法には、いろいろなアプローチがありますが、方法論よりも最近ぼくが大事だと思うことがあります。それは、体験をデザインする人が、さまざまなサービスや製品の利用体験に対して敏感であり、さらに、その感覚を説明できることです。

HIP:どういうことでしょうか?

安藤:たとえば、ぼくが昔使っていた海外メーカー製の携帯電話は、メールを受信すると画面にアドレスだけが表示される仕様でした。メール受信時に差出人の名前が表示される日本製の携帯電話と比べて、なんと不親切な設計なんだと思っていたんです。だって、差出人全員のアドレスを覚えているわけがないじゃないですか(笑)。

でも使っているうちに、メール本文さえ読めば誰が差出人なのかがわかるようになってきて、名前が最初に表示されないことが気にならなくなったんです。さらには、「これ、すごく使いにくいんだよ」と、知人の前で携帯電話の文句を言っていたとき、そう言いながらもその機種を気に入っていることにハッと気づいたんです。

HIP:文句を言いながらも、欠点に慣れていったんですね。

安藤:慣れたことに加えて、ダメな製品を紹介することの楽しさ、という体験もあったんです。すると、製品は使いにくくて嫌なのですが、同時に「愛着」も湧く。そういう複雑な感情が自分のなかにあることを気づきました。いわゆる「クソゲー」に熱中するユーザーの心理と同様、欠陥があっても、周囲との関わりのなかではその商品に魅力を感じてしまうことがあるんですね。

体験にはいろいろなものがあり、いつも「いい体験」ばかりではありません。大事なのは、製品やサービスとのやりとりの期間を広くとらえて、そのあいだの行動や感情の関係と変化を理解することです。

ほかにも、京都大学の川上浩司教授らが提唱する「不便の益」も、日常によくある体験の例です。わざわざ使いにくく面倒な作業をすることを通して、上達したりそれによる達成感を得たりする。こうした体験は、直接的にUXデザインに活かせることは少ないかもしれません。ですが、多様な体験や感情を理解できる人でないと、新しい体験を意図してデザインすることはできないと思います。

企業をUXデザインで変えるために必要なのは「トップの理解」と「現場のパッション」

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