基礎研究で得られた成果を迅速に社会実装することがメタジェンの使命
HIP:腸内環境を改善できれば、健康に対してポジティブな影響を与えることができるとわかりました。福田さんが大学に所属する研究者でありながらバイオベンチャーを設立したのはなぜですか?
福田:私は大学では主に基礎研究を行っています。例えば、腸内環境に良いとされる食品成分やプロバイオティクス(人体に良い影響を与えるとされる微生物)を摂取したときに、どのように腸内環境の改善に役立つのか、その分子メカニズムの解明などの研究です。またその逆で、腸内環境のバランスの乱れが、病気の発症にどのように関わっているのかについても研究を行っています。
これらの基礎研究の成果は論文として発表していますが、メタジェンではこういった基礎研究で得られた成果を迅速に事業化・製品化し、社会に還元することを目的としています。つまり、基礎研究で得られた成果を元に、新たな機能性食品やプロバイオティクスを開発したり、腸内環境評価技術として活用したり、さらには腸内環境を標的とした創薬も視野に入れています。一般社会から得られた資金で、世の中に必要とされる研究をさらに推し進め、そこからまた新しい事業やサービスを生み出すことで人類に貢献する。そういう意味では、研究のために「メタジェン」を設立したという側面もあります。
HIP:ビジネスが、研究にも影響を与えるということですね。
福田:はい。ただ、ビジネスをしているとはいえ、私たちの目的は商売ではなく、実社会とのエコシステムを構築し研究成果を社会実装すること。それができてこそ、初めて研究に価値が出ると思っています。
HIP:理論と実践の両輪が必要ということですね。それらを同時に行っている研究者は、日本ではあまり多くないように思います。なにか、そう考えるに至るきっかけがあったのでしょうか?
福田:学生時代の恩師が常々言っていた、「農学とは実学。研究成果は人間社会に活用する形で還元して初めて価値が出る」という言葉ですね。
HIP:研究で成果が出れば、社会に還元できるのではないですか?
福田:以前は私も、良い内容の研究論文を発表すればそれを活用することで社会が変わり、結果的に世の中のためになると思っていました。しかし、例えば多くの研究者が掲載を目指す科学雑誌『Nature』に年間何報の研究論文が掲載されているかご存じですか?
HIP:掲載されるためには厳しい審査があることでも知られていますよね。100報ほどでしょうか?
福田:その数、およそ800報です。そのなかで実社会にすぐに還元されて、役に立っているものがどの程度あるか。私も幸いなことに発表した論文の何報かは『Nature』誌に掲載されましたが、すぐに実社会で活用されるというものではありませんでした。その理由は簡単で、論文に掲載されている現象が仮に重要なことだったとしても、他の誰かが実用化をする場合は、その成果を活用する際にマーケットがあるかどうかや、実用化までコストがかからないかどうかなど、多くの場合短期的なスパンで判断されてしまうためです。当然といえば当然ですが。そこで私は「得られた研究成果を実際に社会に還元するためには、リスクをとって自分でやるしかない」と考えるようになったんです。なぜなら、その研究成果の重要性を一番理解しているのは自分なわけですから。
重要なのは研究者が、自分たちの言葉で、正しく、わかりやすく研究成果を伝えていくこと
HIP:なるほど。福田さんが考える「社会への還元」とは、具体的にはどういった内容ですか?
福田:「だれもが健康になれる社会」をつくることです。そのためには、最先端の研究をしている研究者が、自分たちの言葉で、正しく、そして一般の人にもわかりやすく研究手段や成果、その活用方法を伝えることも重要だと考えています。正しいことがわかりやすく広まれば、皆が実践できるでしょう。私は自らの研究で見つけたものを、自らの手で、自らの責任で世の中に還元していきたい。これができれば、腸内デザインによる健康長寿社会を実現できると考えています。
HIP:実際に、起業に向けて動いたきっかけはなんだったのでしょうか。
福田:学部生の時に研究室で腸内細菌に出会ってから、研究成果を社会還元したいと常に思っていました。しかしなかなか実現しなかったのですが、転機は2014年でした。私の所属する慶應義塾大学先端生命科学研究所は山形県鶴岡市に所在しているのですが、ここでは毎年『高校生バイオサミット』いう高校の生物部の甲子園のような発表会が開催されています。私は審査員として毎年参加していたのですが、そこに農学博士でありながらリバネスという会社の代表も務める丸幸弘さんがいらっしゃることになったんです。
HIP:リバネスといえば、大学や地域に眠る経営資源や技術を組み合せて新事業の種を生み出す会社。孤独を解消するロボットをつくる「オリィ研究所」や次世代風力発電機を開発する「チャレナジー」など、多数のベンチャー企業の立ち上げにも携わっていますね。
福田:代表の丸さんが鶴岡市にいらっしゃる機会を、リバネス副社長の井上浄さんからうかがい、これは逃してはならないと。丸さんにお会いした瞬間に直接「腸内環境をコントロールすることができれば、健康維持や疾患予防につながり、人類の役に立ちます!」と熱弁しました。2014年8月3日のことです。日付まで覚えていますよ。
HIP:先ほどお話しいただいた、腸内フローラのバランスの乱れが健康を害するという話ですね。
福田:はい。医療ではやはり現在進行系で患者さんがいますので、当然「治療」が重要なわけですが、例えば病気にならずに人生をまっとうすることができれば、それほど良いことはないのではないかと。そのためには、腸内環境を適切に制御し、良い状態を維持することが重要だと考えています。病気になってしまう前に、便の分析から健康状態を把握し、その腸内環境に合わせた食品成分などを摂取することで腸内環境を改善できれば、病気を未然に防ぐことも可能になるのではないか。こういった内容の話をしました。
HIP:丸さんの反応はどうでしたか。
福田:「よし、やろう」と。事業化することがその場で決まりましたね。