投資家も自動車会社もたくさんある。スタートアップがホンダと組む意義は?
- HIP
- シリコンバレーに進出する大企業が増えるなかで、「スタートアップから選ばれる存在」になるための競争もあったのでしょうか。
- 杉本
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そうですね。当初、スタートアップコミュニティに入っていっても「はぁ? シリコンバレーに自動車会社が何をしに来たの?」という反応をされることもありました。
というのも、当時のスタートアップ界隈では、モビリティはあまり注目されていませんでした。年間数十万台しか売れない自動車よりも、スマホやPCのように年間数億台スケールで流通するデバイスのほうが、圧倒的に魅力的なマーケットだったからです。私たちは、そうした環境のなかで、IT技術とモビリティの掛け算で何ができるかを模索していました。
自動車という「デバイス」にも新たな価値があることをどう伝えるか、スタートアップの視点を変えてもらう必要があったんです。
それでもシリコンバレーには、ドイツ勢を皮切りに日本勢やアメリカ勢などの自動車メーカーが次々と進出していきました。CVCを通じて出資を行い、資金面から関係性を築こうとする企業も多かったですね。
このやり方が必ずしも悪いとは思いません。私たちも最初は同じ手法で始めました。でも、シリコンバレーにはベンチャー投資家は何千という単位で存在します。スタートアップに「ホンダと組みたい」と思わせる独自の存在感が必要でした。
スタートアップはホンダに何を期待するのか。それは実際の製品への技術導入を後押しし、実装のハードルを乗り越えるためのサポートでしょう。ホンダにはその豊富な知見がありますから。
そこで2015年からは「Honda Xcelerator」(ホンダ エクセラレーター)という名前で協業プログラムをPRしてきました。従来のアクセラレーターの取り組みを超えていく。そんな思いで「X」を付けています。

- HIP
- ホンダ側では、協業相手のスタートアップにどんなことを求めているのですか。
- 杉本
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「既存の技術より10%コストを抑えられる」といった程度では、私たちは興味を持ちません。求めているのは、「なんでそんなことができるの?」「どうやったらそんな事を思いつくの?」と率直に驚くような技術です。社内ではそれを「Wow(ワオ)」と呼んでいますが、スタートアップと一緒に何かを企画するときは、「それってどれだけ大きな『Wow』なのか?」を常に判断基準にしています。そしてそれを実際に形にしていく。
私たちは、パズルの足りないピースをスタートアップに埋めてもらうという小さな発想ではなく、スタートアップ発の革新的な技術がまずあって、それをもしホンダの知見と掛け合わせたら、どんな新しい未来がつくれるのか、という順番で物事を考えています。そのほうが、既存の延長線上では生まれない、まさに「Wow」のあるイノベーションにたどりつけると思います。
最近では日本のスタートアップも「Wow」と感じるような革新的な技術やアイデアを生み出すようになりました。特に、大学の制度改革により、研究成果を事業化する大学発スタートアップが増えてきています。そうした変化を受けて、私たちホンダがシリコンバレーで培ってきたスタートアップとの協業や技術探索の経験を、日本国内でも活かせる環境が整いつつあると感じています。
現在はホンダ・イノベーションズ株式会社を日本に設立し、ここをヘッドクォーターに世界中のスタートアップをソーシングしています。出資予算は年間100億円規模。今後は新たな「Wow」を見つける取り組みを加速させていきます。私たちが目指す「Wow」とは、単なる技術の目新しさではありません。産業構造やユーザー体験の根本を変えるような変革こそが、本質的な「Wow」だと考えています。

ITスタートアップとの協業で得た、新たなものづくりの視点
- HIP
- ホンダ・イノベーションズが考える「理想の協業」のあり方を教えてください。
- 杉本
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どんな取り組みも、最初は小さなトライから始まります。成功確率は低くてもいいので、とにかく大きな「Wow」を狙うのが基本スタンスです。
うまくいきそうならホンダの新規事業や商品に生かし、スタートアップ側でもその成果を使って事業につなげていきます。長期的にはスタートアップのIPO(新規株式公開)などのExitがあれば、お互いに理想的なシナリオです。今もまさに、年間100件単位で新しいプロジェクトが動いているんですよ。
たとえば、数年前から出資・協業するシリコンバレーのHelm.aiというスタートアップとは、自動運転技術を共同開発しています。将来ホンダ製品に導入することを視野に入れつつ、Helm.aiでは他の自動車メーカーとのビジネスも構想しています。

- HIP
- 「ホンダだけを見ろ」というスタンスではないのですね。
- 杉本
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それはケースバイケースですね。
ホンダとしてはもちろん、自動運転の分野でも先陣を切りたいと考えています。ただ、業界全体で研究を進めている現状を鑑みると、本当にいい技術をホンダだけが独占するのではなく、他社と共有し広めた方がより安全な社会の構築につながります。ホンダだけの利益にとどまらず、自動車業界全体の未来を後押しする、そんなインパクトをスタートアップとの協業を通じて生み出していくことが重要と考えています。
一方、ホンダだけを見てほしいケースもあり、その場合はHonda Xceleratorから発展してM&Aに至ることもあります。運転者向けのアプリ開発を行うスタートアップとして2014年に創業したDrivemodeはその代表例ですね。2015年から協業の後に2019年に買収し、現在はホンダのコネクテッド領域の中核部隊となっています。
もともとホンダ内にもコネクテッドを考えるチームはありましたが、IT領域のスタートアップのアプローチはクルマの開発とは全く違う。従来のホンダでは企画から商品化まで数年かかることもざらにありましたが、アプリの世界ではまずプロトタイプを作り、世に出して日々改良を重ねて進化させます。こうした発想やプロセスをホンダに持ち込んだことにも大きな意義がありました。
社内と社外、それぞれを知るエキスパートが集結したチーム
- HIP
- シリコンバレーで活躍してきた先駆者として、日本のビジネスパーソンに伝えておきたい失敗事例はありますか?
- 杉本
- 失敗は挙げるとキリがないですね。もとから失敗も良しとする前提でやっているので、日々失敗しています(笑)。それは本田宗一郎が残した「成功とは99%の失敗に支えられた1%だ」という言葉にも表れていますね。
- HIP
- ホンダ・イノベーションズのような成果を生み出していくために、日本企業の新規事業部門はどのような組織作りを実践すべきでしょうか。
- 杉本
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私のチームを例に取ると、グローバルで20数名のメンバーです。約半数がホンダの技術部門からの出向で、残りは外部から採用したスタートアップや新規事業、投資の経験者です。ホンダ内外のそれぞれのエキスパートが集まっているわけです。
ホンダの技術部門出身者は、スタートアップ協業は未経験からのスタートです。ただ、それぞれが専門の技術領域を持ち、出身部署との橋渡し役を担ってくれるので、チームにとって大きな支えです。
- HIP
- 働き方や評価の面で工夫していることはありますか。
- 杉本
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「働いている」という感覚は、私にもメンバーにもあまりないかもしれません(笑)。「面白いからやっている」というのが適切でしょうね。社外に飛び出して新しい「Wow」を見つけられるよう、できる限り制約をなくし、各自の裁量で自由に動けるようにしています。
私たちが追い求めている「Wow」を実現するのは、いわば特大ホームランを打つようなものです。チーム全体でも年間に1、2本打てればいいほうです。その意味では、個人の業績を細かく査定するよりも、出会ったスタートアップとホンダでどんな大きな社会インパクトを作れるか、をクリエイティブに考えることを重視していますね。
こうしたアウトプットはもちろん重要ですが、私はそれ以上に、メンバー自身のキャリアに大きなメリットをもたらしてくれる仕事ではないかと思っているんです。社内では現場の技術者だけではなく経営陣ともコミュニケーションし、多くの議論の場に立ち会います。そのため、技術部門から出向しているメンバーは格段に視座を高めて元の部署へ戻っていくんですよ。
- HIP
- ホンダといえば、ものづくりにおいていい意味での自前主義を貫いてきた企業だという印象を持つ人も多いのではないでしょうか。なぜここまで、柔軟にスタートアップと協業できるようになったのですか。
- 杉本
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ホンダは高性能なエンジンを中心にさまざまなモビリティを作ってきました。今でも年間数千万台のエンジンを生産し、車だけでなくバイクや発電機にも搭載しています。このエンジンの分野であれば、ホンダがスタートアップの力を借りる必要はありません。
しかし時代は変わりました。ホンダは「2050年に企業活動を通じた完全なカーボンニュートラルと死亡事故ゼロを実現する」と宣言しています。自前主義でカーボンニュートラルや死亡事故ゼロを達成できるならいいのですが、現実はそうではありません。
自分たちの技術に強いこだわりを持ちつつ、スタートアップの持つ革新的なアイディアにもリスペクトを持ち、そこからさらに一歩視座を高めると、ホンダとスタートアップが力を合わせることで、ホンダのスローガン「The Power of Dreams」の実現につながっていくように思います。
目指すのは、ホンダの従業員が持つ夢と、世の中のスタートアップ経営者のさまざまな夢をつなげること。そうして夢と夢をかけ合わせて、世の中に新たな「Wow」を届けられるなら、それもまたホンダらしいのではないでしょうか。
